中村直史 2012年10月8日

     ストーリー 中村直史
        出演 大川泰樹

私が生まれたのはいつのことだったかその記憶はもちろんない。
覚えている最初の記憶は、
雨がふると息苦しくなって地面から顔を出したくなるけれど、
鳥の餌食になるから絶対にダメだと言われたことだ。
それを伝えたのは親だったのか仲間だったのかそういうことは覚えてない。
私たちはほかの私たちに似た生き物のように、
土を口から取り入れ栄養を吸収し大きくなるのではなく、
体全体から塩分を吸収して大きくなるという、変わった成長の仕組みを持っていた。
土の中にいてもはるか遠くに塩の気配を感じることができ、
より塩分の多い場所を求めて地中をさまよった。

多くの仲間は海辺の近くの土の中に住み着くことになった。
海辺の近くは塩分を手に入れやすいが
ひとたび高潮になるとすぐ溺れてしまうリスクの高い場所だった。
私は私の仲間たちよりも体が大きくなった。
私が住みついたのは学校のグラウンドだった。
その場所はとりわけよい環境をしていた。
人間の中でも若い個体はよく体液を出すものだが、
このグラウンドの上で活動をする若い人間たちはとくに多くの体液を分泌した。
ただグラウンドをぐるぐるまわりつづけたり、
小さなボールを追いまわすことでとめどなく汗をながしつづけた。
先生と呼ばれる大人の個体に大きな声で罵倒され涙を流す者もあった。
そのようにしてこぼれ落ちた塩分の多い液体すべてが私の体にしみこみつづけた。
もちろん私の仲間が遠くからこの塩の香りをかぎつけないわけもなく、
つぎつぎと集まってきたが、
すでに私の体はグラウンドの半分を超える大きさになっていたため、
新参者の体に塩分がたどりつくまえに、すべて私の体がすいとってしまった。
しかも巨大化した私の体はどん欲であり、さらなる塩分を求め、
集まった仲間たちの体にたまった塩分を体液とともに吸いつくした。
集まってくる仲間たちは、このグラウンドから逃げ出すすべもなく、
すべてひからびていくのだった。

なにも私の望んだことではなく、巨大化する体も私の意思ではなく、
とはいえ、その状況を変えたいという意思もなかった。
年に1度はそのグラウンドに町中の人間があつまり、
大声をだしあって、走り、綱を引き合ったりした。
このときもまた私の体の巨大化は進んだ。

季節は巡り、私は若い人間からこぼれ落ちる塩分を吸収し続け、
とうとう私の体はグラウンドからその姿をのぞかせることになった。
どんなことがあっても地面から頭を出してはいけない、鳥の餌食になるから、
という言葉が遠い記憶の中から思い起こされたが、
巨大化し、土まみれの私の体をもはや好物の生き物だと気づく鳥はいなかった。
人間たちもグラウンドに小高い山ができているといって、
私の上で遊ぶだけだった。

土の中にしみこんだ塩分を取り込むのと違い、
垂れ落ちてくる体液を直接自分自身の体で受け止めるのには、
これまで一度も体験したことのない快感があった。
さらなる快楽を求め、いつしか私の体はグラウンドの表面全体に露出した。
グラウンドに突如増えた奇妙な凹凸に学校関係者たちは首をかしげたが、
それが巨大なひとつの生き物と気づくものはなく、
私は日々ひたすら若い人間の個体からしたたり落ちる塩分の
濃い体液をむさぼり続けた。
人間が何の疑いもなくより多くの体液を流せるよう、
地面に露出した自分の体を真っ平らにすることも、
グラウンドの土と全く同じように見せかけることも、
いつしかできるようになっていた。
初めてこの学校のグラウンドにやってきてからどれほど月日が流れたのか、
気がつけば、私の体はこの広いグラウンドそのものと化していた。
 

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 



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