佐倉康彦 2013年2月10日

補色、不調和

    ストーリー 佐倉康彦
       出演 岩本幸子

それは、
随分と前から私に送られていた。
そのシグナルは、
何度も、その輪郭や匂いを変えて、
繰り返し、繰り返し私のもとに
届いていたはずなのに、
私は気づかなかった。
正確には、
気づかないふりをし続けてきた。
かたちや匂いや、その温度は、
送られる度に変わっていたけれど、
色だけはいつも同じだった。
どこまでも深く押し黙ったままの、
吸い込まれるような青。
きょうも、
私のどこかが感じはじめていた。
なのに意識を押し曲げて、
斜めにして、
歪めたまま、
真逆を向いて遣り過ごす。
いつのまにかそれは、
私のもとから後退り、静かに霧散する。
着信を報せるLEDの青く凍った点滅が、
ゆっくりフェードアウトし、沈黙する。
消えた光の行き先は私にもわからない。
ただ、その光の残像が、
治りかけていた傷口のむず痒さのように
私を甘く幽かに擽る。
瘡蓋を剥がしてしまえば、
その朧気な感覚は、
小さな痛みに変わるはずだ。
そして、
そこから赤い滴が膨らみ、
大きく盛り上がり、
いずれ傷口から流れはじめる。
思わず爪を立ててしまいそうな
自分を制して
私は、フリーズしたまま立ち竦む。
まだ、前に進むことはできない。
20メートルほど先で佇む、
もう一方の私は
真っ赤な光の中から、
こちら側を睨め付けている。
じきに青い光につつまれることを
予感しながら。
それまでは、
ここから一歩も前には進めないことを
私は思い知っている。
私に送られてくる青いシグナルは、
赤い赤い私を補ってくれるのだろうか。
それは、きっと叶わない。
あまりに純度の高い青は、
真っ赤な私のそばにいることを
許されないだろう。
その青と
わたしの赤のせいで
眼も心も眩む。
外科医の羽織る手術着の薄い薄い儚げな青色は、
流れ出た赤の、残像を消してくれる。
そう、血の色は、消せる。
だから、
私には
もう、濃密な青はいらない。

出演者情報:岩本幸子 劇団イキウメ http://www.ikiume.jp/index.html

 


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