上田浩和 2013年4月7日

バイオリン弾きと剣道家とれんこん

       ストーリー 上田浩和
          出演 地曵豪

ある街の、古びたアパートの一室で、
バイオリン弾きと剣道家とれんこんの三人が共同生活をおくっていました。
バイオリン弾きは、ゆでたまごのようにつるりとした顔の物静かな男。
剣道家は、寝る時も含め常に面と胴と小手をつけている風変わりな男。
れんこんは、穴のあいたあのれんこんです。たぶん男です。
三人はバンドを組んでいました。
といっても、ボーカルやギターがいたりするバンドではなく、
彼らなりのちょっと変わったバンドです。
たまにはライブハウスで演奏したりもします。
まずバイオリン弾きがバイオリンを弾きます。
そこから生み出された音符の群れは、豊かな曲をつくり、
観客をうっとりさせたあと、れんこんに引き取られます。
れんこんは、その音符たちを力いっぱい吸い込み、
自分の穴にたくさん詰め込むと、いっきに吹き鳴らします。
トランペットよりもいっそうにぎやかな音色に、観客は熱狂します。
そして仕上げとして、再び空中に舞い上がった音符を、
今度は剣道家がステージ上を所狭しと駆け回りながら
竹刀でひとつひとつ叩いていくのです。
叩かれた音符は、竹刀と共鳴し、新しい響きをともない、
観客の心を震わせました。
ライブ会場は、
いつも割れんばかりの拍手と歓声で埋め尽くされました。
レコードだって一枚だけですが出したことがあります。
でも、三人は、プロではないのでふだんはアルバイトをしています。
アルバイトとは言っても、
バイオリン弾きはバイオリンより重いものを持ったことがないし、
剣道家は防具を取ろうとしないし、れんこんはれんこんだから、
たいした仕事ができるわけでもなく、
バイト代は三人分足してもわずかな金額にしかなりません。
だから常に金欠状態。それでも三人は楽しそうでした。
お金がなくても、そろって音楽さえできればそれでよかったのです。
こんな毎日が一生続けばいいな、三人はそう思っていました。

そんなある日、れんこんの元に黄色い葉書が届きました。
そこには「あなたが辛子蓮根に選ばれました」とありました。
れんこんは目を輝かせました。
れんこんが辛子蓮根になるということは、
野球選手がメジャーリーグに行くくらい難しいことで、
名誉なことなのです。
でも、れんこんのうれしそうな顔は、すぐに悩める表情に変わりました。
れんこんが辛子蓮根になるということは、
れんこんにとっては夢のような人生ですが、三人にとっては、
夢の終わりを意味しているからです。
自分の夢を追うか、三人の夢を守るか。
そんなれんこんの葛藤を、
バイオリン弾きも剣道家も十分に分かっていたので、
笑顔で送り出してやりました。
れんこんも、そんな二人のやさしさを無駄にしたくなかったので、
笑顔で旅立っていきました。

れんこんがいなくなってから、
部屋のなかはとても静かになりました。
しゃべって盛り上げるのはれんこんの役目だったので仕方ありません。
それに二人だけでは音楽をする気も起こりません。
二人は仕事を減らし、部屋にこもるようになりました。
もともと必要な物などないからお金は最小限あればいいのです。

小包が届いたのは、それからしばらくたったある日のことです。
黄色い包装紙を見ただけで二人にはぴんと来ました。
でも、それをすぐ開ける勇気がありませんでした。
二人にようやく箱を開ける決心がついたのは、同じの日の深夜。
れんこんが叶えた夢を見届けてあげようと、バイオリン弾きが言い、
剣道家が頷きました。
中にはやはり辛子蓮根が入っていました。
久しぶりの再会にもかかわらず、二人に笑顔はありません。
これが昔はれんこんだったなんてとても信じられませんでした。
それでも、バイオリン弾きは、じっくり時間をかけて気持ちを固めると、
ゆっくりと手をのばしました。
剣道家はお面を取りました。そして小手を外すとそっと両手を合わせ、
震える声でいただきますと言いました。
口に入れると二人の頬を水滴が流れ落ちていきました。
その涙は、辛さのせいなのかなんなのか分かりません。
シャキシャキ、シャキシャキ。
シャキシャキ、シャキシャキ。
二人が口を動かすうちに、
いつのまにか部屋は軽快な音で満たされていました。
まるで二人の口元から音符が溢れ出してくるようです。
れんこんがそこにいて音楽を奏でているようです。
剣道家は竹刀を手に取ると、
部屋中に舞い上がる音符をひとつずつ叩いていきました。
懐かしい響きが聞こえました。
それに合わせて、バイオリン弾きがバイオリンを弾きました。
三人の音楽がそこにありました。
その夜、三人は、三人の部屋で、三人のためだけのライブを開きました。
それは一晩中つづきました。

翌朝。バイオリン弾きと剣道家は以前のように
アルバイトに出かけていきました。
二人は、二人だけでもう一度バンドをやろうと決めたのです。
そのためにはどうしてもお金が必要です。
誰もいなくなった三人の部屋を、
棚の上から一枚のレコードが見守っていました。
三人のデビューレコードです。
そのジャケットの写真のなかでは、バイオリン弾きと剣道家とれんこんが、
やや緊張した面持ちで笑っていました。

出演者情報:地曵豪(フリー)http://www.gojibiki.jp/


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