中山佐知子 2013年6月30日

不老不死

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

帝は不老不死の薬を何度も手に取ったが
それを使おうとはなさらなかった。

帝は一天万乗の君であり
女人に関しては望めばかなうお立場であったので
恋というものをしたことがなかったし
またそんな煩わしいことをする必要もなかった。
したがって、これは初めての恋であり
初めての失恋だと思われた。

三年前、たったひと目見ただけの姫君に魂を奪われ
それから文のやりとりだけを生き甲斐になさって
他の女人を近づけることもなく孤独に過ごして来られたのだったが
いまその恋しい人は月という途方もなく遠いところへ去ってしまい
文をお届けするすべさえもはやない。

かの姫君が去り際に残した不老不死の薬を飲めば
再びめぐり会うときまで生きられるのか、と帝はお思いになる。
いや、それは望むべくもない。
不老不死になればこの悲しみが永遠につづくだけのことだ。

そうしてしばらくは食もすすまず
病みついたようになっておられたが
ある日、大臣をはじめとする臣下を召しておたずねがあった。

この国でもっとも天に近い山はどれか。

ある人が駿河の国にある山のことを奏した。
帝はお使いに不老不死の薬を持たせ
また恋しい歌をしたためた文を持たせ
その山の頂で燃やすようにお命じになった。

やがてものものしい武具に身をかためた一団が山を登り
頂上に達すると
帝がお命じになった通り不老不死の薬に火をつけて燃やした。
山は冨士の山と呼ばれ、長く煙を天に昇らせていた。

国の頂点に立つ権力者は言うまでもなく
科学者から哲学者、詩人に至るまで
洋の東西を問わず不老不死をさがし、研究をした記録は
枚挙にいとまがない。
けれども、日本の竹取物語には不老不死を望まない帝の姿が
描かれている。
いったん不老不死の薬を手にしながらそれを手放し
悲しみを心に沈ませて限りある生を選ぶ帝のおわす国を
しみじみ美しいと思う。

秦の始皇帝は不老不死の願いにとりつかれ、
不老不死の薬をつくらせていたが
皇帝の命を受けた研究者たちがつくりだしたものは水銀だった。
始皇帝はそれを飲み、命を縮めている。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/


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