吉岡虎太郎 2013年7月21日

「ナイフのような人」

             ストーリー:吉岡虎太郎
                出演:前田剛

「あの人は、ナイフのような人だ。」

そう言われるような人物は、相当な切れ者だろう。
頭の回転が速く、仕事ができる。
が、しかし、少々冷淡なところがありそうだ。味方であっても、
いつなんどき、寝首を掻かれるかもしれないので油断は禁物だ。
そんな危険な雰囲気に女性は吸い寄せられるだろうが、
切って捨てられるだけなので、決してお薦めはできない。

「あの人は、ワイフのような人だ。」

一文字変わっただけで、途端に生活感に溢れた、
堅実な人物の姿が思い浮かぶ。
料理上手できれい好き、内助の功に長け、
こまかいことにもよく気がつくに違いない。
時には背広の内ポケットからキャバクラの名刺を見つけ出して
逆上するところなどは、
よく切れるナイフと似ていると言えるかもしれない。

「あの人は、サイフのような人だ。」

途端に下世話な、周囲からいいように使われている好色そうな親父の顔が
目に浮かぶ。極上カルビを前に
「食えよ食えよ、遠慮なんかするな」と豪快に笑い、
「パパ、私シャネルのバッグが欲しいの」と言われれば、
「ベンツでもマンションでも何でも買ってやるよ」と答えてくれそうだが、
それじゃ「サイフのような人」ではなく、「サイフ」そのものである。

「あの人は、スイスのような人だ。」

一転して、今度は、色白で澄まし顔の紳士が頭に浮かぶ。
永世中立を気取り、決して事を荒立てることを好まず、
常にケンカの仲裁役を引き受けていそうだ。
お金にもきっとスマートであるに違いない。
なぜだか夜の生活が激しそうな気がするが、
それはスウェーデンと混同しているだけだろう。

「あの人は、座イスのような人だ。」

うららかな午後の茶の間。
座イスに腰かけたおじいちゃんが
のんびりと時代劇の再放送を見ているかたわらで、
お婆ちゃんは黙々と豆の皮をむいている。
このほっこりとした平和な時間が、突然の祖父母の死によって、
幼いあなたから永遠に奪われてしまうなんて、
座イスはなんにも教えてくれなかった。

…当たり前だ、座イスはしゃべらない。
理由はイスだからだ。「座イスのような人」なんて苦しすぎる。
そんな人はいない。
この原稿のお題が「ナイフ」だからといって、
切れのいいオチを期待していたなんて、
聴いているあなたの方がどうかしている。

出演者情報:前田剛 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

 


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