小松洋支 2014年5月11日

@婚活パーティ  

       ストーリー 小松洋支
          出演 大川泰樹

「生物にはなぜオスとメスがあるか知っていますか?」
大学院で助手をしていると自己紹介した、その女性は言った。

もちろん知らない。
特に知りたいとも思わない。

「生物は、はじめ、分裂して増えていました。
親が分かれて数を増やす。
クロレラみたいな単細胞生物はそうやって増殖します」

話しながら、ときどきセルの眼鏡を鼻のところで持ち上げる。
黒いフレームは顔がきつく見えるから、色つきにすればいいのに。

「その場合、子どもは親の分身なので、
親と子は遺伝的にまったく同じものになります。
一つの親が二つに分かれ、
その二つが、それぞれまた分裂して、四つになる。
次は八つ。みんな同じ生物です」

あのー、聞いてるふりしてますけど、興味ないですよ、僕。
こういう場では、趣味の話とかしませんか、ふつう?

「ところで、この生物に悪影響を与える条件があったとします。
温度とか、ペーハーとか、ウイルスとか。
その際、このタイプの生物は全滅してしまう危険性があるんです。
なぜなら遺伝的な性質がみんな同じだから。
たとえて言えば、凶悪犯がたった一つのカギで、
一族全員の家に侵入できるようなものです。
それくらい、かれらは無防備なんですよ」

彼女は、ワイングラスに手もつけずに話し続ける。
白いブラウス。紺のジャケット。デニムにフラットシューズ。
よく言えば、飾り気がない。
が、勝負する気があるとは思えない。

「そこで生物はある方策を採用しました。
掛け算です。
オスとメスを掛けて、次の世代をつくる。
そうすれば、親と子の遺伝的な性質が、
まったく同じになることはありません。
親の家のカギで、子どもや孫の家のドアが開けられないような
工夫がなされたということですね」

あー、あっちでなにか面白そうに笑い合ってる。
はやく席替えの時間が来ないかなー。

「ということで、」
突然グラスをかかげた彼女は、
「遺伝的な多様性を生みだす選択肢の一人として、
わたしを見ていただけないでしょうか」
そう言って、僕の目をまっすぐのぞきこんだ。

その時、僕がどんな顔をしていたか、自分でも見当がつかない。

ただ、その日の婚活パーティで覚えているのはその人だけで、
数日後には会社の女子社員に、
なぜ生物にはオスとメスがあるのか、
得意げに説明する自分がいたりするのだった。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/


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