中山佐知子 2014年12月28日

1412nakayama

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

わずか40kmの距離に七つの駅がある。
そのうち3つは盆地にあり
残る4つは吾妻連峰の山中にあった。
山の4つの駅は峠を隔ててふた駅づつに分かれ
それぞれがスイッチバックの駅だった。
列車はその区間を
冬は豪雪と戦いながら
息を切らせてジグザグに登った。

赤岩、板谷、峠、大沢。
大沢、峠、板谷、赤岩。

赤岩には集落があった。
板谷と大沢には宿場があった。
峠には何もない。
峠という駅は、息を切らせた機関車に
石炭と水を補給するだけの駅だった。
近くに人の住む家もなく
列車が止まっても、乗る人も降りる人もいない。
駅の名前すら、単なる「峠」としかつけてもらえなかった。

峠を越える列車はよく止まった。
線路にちょっと雪や落葉がかぶると
車輪が空まわりして動かなくなってしまうのだ。
そのたびに落葉を掃き、砂をまいた。
日本の鉄道最大の難所に、時刻表はないも同然だった。

列車が「峠」の駅に着く。
駅のそばには茶屋ができて、
乗客は茶屋が売る餅を食べ、
ホームの水飲み場で顔を洗った。
その茶屋の女将さんは、線路に雪が積もると
スコップを持って除雪に駆けつけた。
雪はソリに乗せて何度も何度も運び出した。

そんな雪の季節に列車で峠を通過する人は
線路に燃える小さな炎を見ることがあっただろう。
それは、凍った雪で列車が脱線しないように
ブリキの弁当箱で石油を燃やす火だった。
駅員は24時間交代でその火を守った。
駅員の家族も、峠に住むようになり
雪で動けなくなった列車の乗客に炊き出しをした。

峠の駅はいまも存在する。
この駅に止まる列車よりも
通過する新幹線の方が多い無人駅になり
駅員も駅員の家族もいなくなってしまったが
あれだけ苦労して列車を走らせたスイッチバックが
鉄道遺産になって
峠の茶屋も営業をつづけている。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/


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