中山佐知子 2015年3月29日

1503nakayama

ひと文字の神さま

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

ひと文字の神さまがいた。
「さ」という名前の神さまだった。

ひと文字の神さまは
長い名前の神さまが生まれる前から山にいて
生き物を増やし、
木の実草の実を実らせてくれていた。

人が山を降りて土地を耕し
作物を育てることを覚えたとき
ひと文字の神さまは
みんなの願いを聞き入れて
ときどき里に降りて来るようになった。
「さ」という名前の神さまが降りてくるから
この現象を「さおり」と呼んだ。

山から里に降りた神さまは
自分の座る場所をさがした。
ちょうど花を咲かせている木があった。
「さ」という名前の神さまはその木に宿った。
神の座る場所は「クラ」と呼ばれる。
「さ」の神が宿る「クラ」で「さくら」
こうして木の名前が決まった。
サクラの花は農作業をはじめる時期を教え
また豊作を占った。

神さまが山から降りてくると
サクラの花が咲く。
冬ごもりが終わって人々が田んぼで働きはじめる。
田植えをする女は「さおとめ」
植える苗は「さ苗」
おっとその前に、
ひと文字の神さまに飲み物と食べ物を捧げて、
そのおさがりを自分たちで食べる儀式があった。
神さまが口をつけたものだから
「さけ」そして「さかな」
飲み物にも食べ物にも
神さまの「さ」という名前をいただいている。

この国の歴史がはじまる以前のほの暗い時代には
ひと文字の神さまがいた。
「さ」という名前の神さまだった。

やがて長い名前の神さまと
それを操る人間がこの国を支配するようになって
ひと文字の神さまは忘れられたように思えるが
それでも毎年、春には桜が咲き
咲いた桜の下で我々は
「さ」のつくものを飲んでは食べ
浮かれて騒ぐのだ。

みなさん、今年も楽しいお花見を

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/


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