佐倉康彦 2015年12月13日

1512sakura

灯台
           
     ストーリー 佐倉康彦
        出演 西尾まり

冬型の気圧配置がゆるみ
大陸の高気圧が北へと後ずさると、
うずくまっていた低気圧が
のそのそと西から東へ、
太平洋南岸沿いに成長しながら進みだす。
そうなると、
この街にも大雪が降ることがある。

その日も、それに近い気配があった。

こんなときわたしは、
明かりを灯す半導体の
硫化カドミウムの性質を無視して、
街の灯りを一本一本、
明るいうちから早めに
点けてまわることにしている。
これが意外と重労働なのだ。
1224本目。
さすがに嫌気がさしはじめた頃。
灯りのスイッチが自動的に入るほどの
暗さに辺りがなった時分に、
その男は、ぼおっと現れた。

男は、
スマホをなくしてしまったのだと言う。
正確に言えば、
GPSをなくしてしまったのだと言う。
それはつまり、
じぶんの
今の居場所をなくした、ということらしい。

居場所をなくした男は、
暗くよどんだ怪しい雲行きの宙と
ちかちかと点いたり消えたりを繰り返す
点灯不良の水銀灯を交互に見上げながら
ゆらりしゃべり出した。

「このあたりの街路に立つ、
いくつかの灯を頼りにしながら、
わたしは、
わたしの行き先を検索しているのです」

男の言葉は、
どこか他人事で、
それほど困っているふうでもなく、
この薄暗い街路で出くわしてしまった
白いトレンチコートの女に、
今のじぶんの身の上をどう語るべきか、
少しだけこちらの出方を
窺っているようにも見えた。

灯台守のわたしにとって、
じぶんの居場所を、
行き先を見失った男ほど気になる存在はない。
わたしは、
点灯不良の識別番号を頭の中に素早くメモした。
そして、
役場のふやけ顔の担当をどやしつける
自分の姿を想像しながら、
目の前の男に、
灯台を守る者として心から謝罪した。

「もうしわけありません。
点いたり消えたり。
これでは本当に迷ってしまわれますね」

居場所を失った男は、
明滅を繰り返す光を見上げたまま
すこし眩しそうに目をしばたたかせながら、
灯台守のわたしに向かって
微笑んだ。

「いえいえ、
このちかちかが、
わたしにとっての生命線なのです。
やっと、
わたしの居場所がわかりました。
行き先が見えてきました。
陸(おか)で時化に遭うのははじめてで。
ほんとうに、
命拾いしました」

男は、
そう謝辞を述べると、
つぎの灯りがあるであろう場所へと向かって
足早に歩き出し、
ワンブロック先の辻の角へと消えた。
思わず先回りをして灯りを点けようと思ったが、
おそらく、もう大丈夫なのだ。

ちかちか、ちかちか、ちかちか。

わたしの頭上で明滅するそれが、
先ほどから降り出した
水分を多く含んだ大粒の雪を
光が届く空間にだけ
浮かび上がらせ、
そしてまた、
闇に溶け込ませたりを繰り返している。

夜に降る雪は、いい。
闇の中で音もなくおり立ち、
淡く堆積しながら、
街の音を、
わたしのまわりの音を吸い込んでゆく。
光だけは、
やわらかに受け止めながら。

ちかちか。

わたしの足許に薄く積もった
濡れそぼった雪の下で
小さなディスプレイの光が、
GPSの明かりが
仄暗く点灯した。そんな気がした。_

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー


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