李和淑 2016年11月20日

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門番の日々

     ストーリー 李和淑
       出演 清水理沙

高校3年生のとき、門番をやっていた。
朝、校門の前に立ち、登校してくる学生のカバンを開いて、
持ち物検査をする役目。
勉強と部活に関係ないものはすべて没収。
みんなからは、いまいましく「門番」と呼ばれていた。

取り締まりみたいなことをやるのは気が進まなかったけど、
優等生で通していた私は、先生に逆らうこともできず、
「門番」業を淡々とこなしていた。

毎朝、男女数人の門番が、学生たちを待ち受ける。
「おはよう」と声をかけながら、
ひとりひとりのカバンを開き、中をチェックする。
女子から取り上げるものは、
たいがい、お菓子、雑誌、化粧品、アイドルの写真。
男子からは、漫画、ジャックナイフ、ゲーム機、ときにはタバコ。

「門番」は、ふつうの学生たちからは当然悪者(わるもの)扱いされ、
それがイヤで、門番を辞めていく子もいたけれど、
私は辞めなかった。
なぜなら、ひそかな楽しみがあったからだ。

毎朝、私めがけてやってくる後輩らしき男の子。
学年も名前も知らなかったけど、
眼がくりっとしていてまつ毛が長く、童話のバンビに似ていた。
馬鹿丁寧に「おはようございます」とあいさつし、
自らカバンをがばっと開いて私に見せる。
その中身が、いつも面白かったのだ。

はじめて彼のカバンをのぞいた日は、よく憶えている。
「亀」が入っていたからだ。
黒くて、ごつごつして、手のひらほどの大きさもあるそれは、
首も手足もすぼめて、微動だにしなかった。

「生きてるの?」と聞いたら、
「ひとりで留守番かわいそうだから」と、ひそひそ声で彼は言った。
生き物の持ち込みはもちろん校則違反だけれど、
没収して殺処分になっては可哀想なので、
私はなにも見なかったようにカバンを閉じ、彼を通してあげた。

そんなことをきっかけに、
彼は毎朝、わざわざ私の前にやってきて、カバンを開いて見せた。

ある朝は、プリンが入っていた。
数えたら10個もあった。
「お菓子はダメだよ」と言うと、「今日のお弁当です」と彼は答えた。
「お弁当にプリンはダメって、校則にありましたっけ?」
あまりにも幼稚な決まり文句に、私は不覚にも笑ってしまい、
思わず彼を通してしまった。

ある朝は、パジャマが入っていた。
「なんでパジャマ?」ときくと、
「具合が悪くなって保健室で寝ることになったら使うから」と言う。
なるほど。妙に納得した私は、やっぱり彼を通してしまった。

ある朝は、ロン毛のかつら。
「ボクの帽子なんです」と言う。
まあ、かぶりもの、という意味では同じたぐいだし。
なので、やっぱり彼を通してしまった。

トンカチ。
古い結婚式の写真。
オレンジ色の壺。
マトリョーシカ。
かたっぽだけの下駄。
ホラ貝。
犬の首輪。

彼のカバンの中身は、どれも没収に値するものばかりだったけど、
持って来た理由や言い訳がとても愉快だったので、
私はついつい許してしまった。
それは、彼と私だけの、楽しい秘密のゲームだった。

そうして4月から始めた門番も、3月の卒業式を前にして
とうとう最後の日になった。
その朝も、彼は私の前にやってきて、
いつものようにカバンをがばっと開けた。

口紅が一本、転がっていた。
高校生でも知っている外国の有名ブランドのものだった。
「最後に、没収させてあげる」と彼がささやいた。
「先輩のポケットに没収して」

私は戸惑いながら彼の顔を見た。
やっぱりバンビみたいだな、と思いながら、
言うとおりに口紅を没収した。
そして、言われたとおりに、制服の上着のポケットにしまった。
彼はにっこり笑って「卒業、おめでとうございます」と言い、
からっぽのカバンを肩にかけ、すたすたと校舎のほうへ歩いていった。

いまでも、朝、ひっきりなしに校門を通り抜ける学生たちを見ると、
あの門番の日々を思い出す。

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/


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