張間純一 2017年5月14日

harima1705

ぼたん

    ストーリー 張間純一
       出演 齋藤陽介

時は寛宝、まだ東京を江戸と申しました頃、
牛込の町に幽霊が出る、という噂があった。
年は十七八、色あくまで白く、佇まいはどこかのお武家のお嬢樣。
こざっぱりとした年増の女中が灯篭をかざしてそのお嬢樣に付き添い歩く、
その灯篭に描かれた牡丹の花の見事なこと。
しとしとと小雨の降る夜に、どこからともなく現れて、どこへともなく消えていく。
そして朝になると、付近の若い独り身の男が必ずひとり息絶えているんだとか。
布団の中には首を噛まれて事切れた男と寄り添うように、
若い女の細い骨と無数の牡丹の花が美しく散らばっている。
噛み跡に残ったお歯黒、お骨の白、牡丹の赤が合わさって
現場はたいそう風情だったそうで。
死んだ男の数は両手で足りず、いつどこへ現れるかもわからないというので
噂の立ち始めた二十年前ほどから夜になると表通りには人っ子ひとり出歩かない。

そんな牛込の町に男が引っ越してきた。
その男が若くて独り身だっていうんで
近所の世話好きが、あくまで噂だけどもと断りながら話をしてやった。
「どうも今晩は小雨模様らしいから、
 牡丹の灯篭を提げた二人連れの女の幽霊に気をつけた方がいい。」
「ぼたんの灯篭。そりゃ面白い。」
「面白いことがあるか。取り憑かれて噛み殺されて死んじまうんだから。」
「わかった。気をつける。」
「牡丹の灯篭な。」
「ぼたんの灯篭か。」

さてその晩も幽霊は現れた。
といっても、目抜き通りの遠くに
ぼうっと灯篭の明かりを見た者がいるっていうだけで
だれも怖がって近くで確かめちゃいなかった。
さあ、夜が明けたら町中がざわざわと、若い男の家めぐり。
こっちは生きている。あっちも元気だ。
全員の居所を確かめたところ、不思議とみんな死んでいない。
さては誰かの聞き間違い、見間違い。

幽霊の正体みたり、枯れ尾花。

「昨日も幽霊が出たらしいんだ。」
「なんと、昨日もですかい。」
「ところが誰も死んじゃいねえってんだ。」
「そりゃめでてえ。」
「めでてえのかどうか。とにかく、一安心だが、
 昨日は見間違いで次は本物ってこともあるから
 気をつけた方がいい。」
「気をつけやす。
 ・・・ところで、昨晩奇妙な来客がありましてね・・・

二人連れの女でした。
若えのと年増のと。
へえ。
若えのの色は透き通るように白かった。
なんせ背中のローソクが透けて見えてたから。
戸がガラガラっと開いて、あっという間に部屋に上がり込んできやがった。
履物?
履いてなかったはずはねえが、脱いだようには見えなかったな。
そういや土間に濡れた足跡がなかったな。
で、気がついたら目の前に座ってやがった。
由緒あるお武家のお嬢樣だが、家に居づらい事情ができたとかで
別宅で蟄居してたとき、ふと訪ねてきた若え男をふと好いてしまった。
それからしばらく会うことがないうちに、恋煩いはひどくなるばかり。
恋に焦がれて身を焦がされて、会えねえことに死ぬほどの苦しみを、
ええ、死ぬほどって言ってました、苦しみだったとか。
好きが転じて憎しみにってんで、男の居所を探す毎日。
毎晩女中と連れ立って探したが、ようやく見つけたときには
男はその店子だった強欲な夫婦に殺されちまってた。
それが、二十年ほど前のことだってんで。
ええ。
年は十七八に見えやした。
それで代わりになる若え男を探して小雨の降る夜に町を歩くんですっていいながら
スーーーッと手を俺の胸元に伸ばしてくる。
スラリとして白魚みてえな綺麗な指が俺の喉元にかかった、、
へえ。
びっくりしやしたよ。
ええ。なんせ、ボタンの外し方を知らねえんですから。
ええ。最近流行りの洋服ってやつを着ておりましてね。
で、無理やり引っ張ったもんだからボタンが取れて落ちやがった。
ア!ボタンが落ちたって俺がつい叫んだ次の瞬間、消えやがりまして。
ええ。
え?
灯篭?
持ってましたよ。
綺麗な赤え花が描いてあったな。 
ありゃ何て花です?
牡丹ってんですか?
牡丹の灯篭。
なるほど。
てっきりこっちの洋服ボタンかと思ってました。
ボタンの灯篭。

ああ、そりゃ噛み殺されなかったわけだ。
ぼたんの掛け違いで、噛み合わねえ。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属


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