川野康之 2018年2月4日

メッセージ                      

       ストーリー 川野康之
          出演 地曳豪

港に着いて、バスに乗ってから、だんだん気が重くなってきた。
海岸沿いを走るバスの中から、青い海が見えた。
やっぱ東京の海の色とは違うよなとか、
黒川次郎のブルーはここから生まれたんだなとか、
そんなことをぼんやりと考えた。

黒川次郎は、一年ほど前に彗星のように東京の美術界に現れた。
彼の絵は人々の心を鷲づかみにして、たちまちスターになった。
雑誌で特集され、今もあちこちで展覧会が開かれている。
だが、彼の経歴については謎が多い。

私は、黒川に依頼されて、この島へやって来た。
ある女に会って金を渡してくれと頼まれたのだ。
黒川は、東京に来る前はこの島にいたらしい。
島の女と一緒になって、暮らしていた。
ひどい貧乏暮らしだったが、
仕事もせずに、酒を飲むか、絵を描くか、
そうでなければぼんやりと海を眺めていたという。
妻が働いた金で、二人はなんとか生きていた。

黒川次郎は私に金だけを預け、何もメッセージを託さなかった。
女と会って、金を渡して、そのまま帰る。
それが私のミッションだった。
それが私の気を重くしていた。

黒川の妻と別れて、私はバス停で帰りのバスを待っている。
午後の光が逆光となって、水面が白く光っていた。
彼女は金を受け取らなかった。
私を問い詰めたり、なじったりもしなかった。
私が帰る時に、彼女はこう言った。
「売れない絵描きの妻が楽しかった。私たちはそれだけでよかったのよ」
これは、誰に向けた言葉だったのだろうか。

岬の方からバスが走ってくるのが見える。
その時、道路の向こう側に一人の屈強そうな若者が現れて、
私に向かって歩いてきた。
たくましく陽に焼けた体がまぶしかった。
私をまっすぐに睨みつけた。
「黒川に会ったら言ってくれ」
と若者は言った。
「はる子は俺がもらった」

バスは海岸沿いを走っている。
不思議なことに、行きの時ほど心は重たくない。
海は青く輝いていた。
黒川に伝えなければならないメッセージがあると思った。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html


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