中山佐知子 2018年7月22日

クロムイエロー

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

窓の外で挨拶を交わす声で目が覚めた。
この町では音の響きが鋭く明るく、屈託がない。
音は石の家と石を畳んだ道路にはじかれて
まっすぐに空へ昇っていく。

この明るさだ、と彼は思う。
アルルの街は希望そのものだった。
乾いた夏とあたたかい冬、黄金色に輝く麦畑、
色とりどりの果実が実る果樹園を彼は愛した。
プロヴァンスの透明な光を彼は愛した。
できればこの光を、太陽の光を絵に取り込みたかった。
そのための絵の具も考えてあった。

クロムイエローがその色の名前であり絵の具の名前だった。
クロムイエローは黄金から輝きだけを取り去ったような色だった。
鮮烈で明るく、濃厚で、一度見たら忘れられない。
彼はその絵の具を使って黄金色の麦畑を描き、太陽を描き
ガス灯に照らされたカフェテラスを描いた。
花瓶に挿したひまわりを描いた。
彼は黒猫を描く際にも
クロムイエローにブルーを混ぜ合わせて色をつくった。

彼がクロムイエローに喜びを見いだしたアルル時代から
亡くなるまでの2年余りで描いた絵は400点近くになり
それは彼の油絵のおよそ半分を占める。

ところが、クロムイエローは六価クロムと鉛を含み、
人体に害を与えるが、実はそれだけではなかった。

21世紀になって、4カ国から集められた専門家チームが
彼の「ひまわり」の絵が変色している理由を調べはじめた。
まず当時の絵の具を取り寄せ紫外線を当てた。
さらにアムステルダム美術館所蔵のふたつの絵から
絵の具の粒子を採取し、加速器にかけてみると
クロムイエローの化学変化が認められた。
クロムイエローは太陽光線に含まれる紫外線で
褐色に変化してしまうのだった。

彼はプロヴァンスの光を愛し
アルルの街を愛したが
アルルの人々は彼を気違いと呼んで石を投げた。

彼が、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホがアルルで描いた
クロムイエローの麦畑も太陽もひまわりも
やがて褐色に変わって滅びていくのだ。



出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/


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