小野田隆雄 2019年12月15日「思い出のホワイト・クリスマス」

思い出のホワイト・クリスマス

        ストーリー 小野田隆雄
       出演 大川泰樹

キリストがゴルゴタの丘で処刑されたあと、
だいぶ時が流れてから
キリストの弟子たちが、ローマの街で
布教活動を始めた。その頃の話である。
当時のローマで、人気のある宗教があった。
ペルシャから入ってきたミトラス教である。
ミトラスは太陽の神で、
昼の時間が一年でいちばん短い冬至(とうじ)に生まれ、
いちばん日が長い夏至(げし)にいちばん元気になる。
そして次の年の冬至の前に死んで、
また冬至に生まれてくるのである。
ミトラス教では冬至の日に、
神の誕生を祝う儀式をする。
牛を殺して、その血をミトラスにささげ、
信者たちは血の代わりに赤いワインを飲む。
それから祈りをささげ、最後に牛を焼き、
その肉をみんなで食べて儀式は終る。
このミトラス教の儀式に
キリストの弟子たちが、ひそかに参加した。
彼らは一生けん命に布教していたが、
なかなか信者がふえずに困っていた。
そこで見学に来たのである。
彼らは赤ワインを飲みながら、
ひとつのアイデアを思いついた。
冬至の日をキリストの誕生日にしよう。
その日に赤いワインを飲み
パンを食べて、キリストの愛に感謝し、
幸福を祈る聖歌を歌おう。
こうしてクリスマスが始まったそうだ。
クリスマスとは古代ギリシャ語で
キリストの祭日の意味である。
けれどその日が12月25日になったのは、
4世紀のことで、それまでは何日だったのか、
いまはもう、わからない。

このような話を、私の友人が話してくれた。
彼はローマ・カトリック教会の信者である。
なんだか照れくさそうな声だった。
私たちは軽井沢のホテルのバーの
カウンターで飲んでいた。
彼はカメラマンである。
葉を落としたカラマツの林を撮るために、
12月の20日(はつか)過ぎ、軽井沢に来たのである。
けれど着いた日から静かに雪が降り続き、
その日も仕事にならず、
夜はゆっくりと、2人でお酒を飲んでいた。
このホテルのバーは別館にあって、
本館から廊下でつながっている。
バーにくるとき、廊下の窓から、
本館の玄関の前の、
大きなクリスマス・ツリーが見えた。
雪で白くおおわれたモミノキに
赤や黄色や青の豆電球の光が
天使のまばたきみたいに、キラキラしていた。
その光景が、頭に浮かんできて
私は彼に聞いてみた。
「ベツレヘムでも雪はふるのかい?」
「さあ、どうなんだろう」と彼は言った。
柱時計が10時を打った。
バーのカウンターにいるのは、
私と彼だけになった。
私たちがクリスマスの話を
していたからだろうか。
バーのマスターがクリスマスソングの
レコードをかけてくれた。
「ホワイト・クリスマス」が聴こえてきた。
私の田舎はカラッ風が吹く北関東だった。
幼い頃のクリスマス・イヴには
町役場につとめていた父が
小さなクリスマスケーキを買ってきた。
母は煮込みうどんを作ってくれた。
変な組み合せだったが、おいしかった。
雨戸をカラッ風がコトコト鳴らす。
誰かがたたくように。
その音をサンタクロースが来たのかなと、
小さな妹が言ったこともあった。
そんな思い出を、私は彼に話した。
彼が、思いついたように言った。
「赤ワインとパンを注文しないか?」
もちろん私も賛成した。
赤ワインのグラスと黒パンをひと切れ。
それを前にして、ふたりはしばらく眼を閉じた。
彼が小さくアーメンとつぶやいた。
その声を、いまでもときおり思い出す。
昭和時代が終る頃のことだった。
彼はもういない。イエスに呼ばれてしまった。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/


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