水下きよし「ねじ巻きラジオ」


ねじ巻きラジオ (水下きよし七回忌特集 )

          ストーリー 川野康之
             出演 水下きよし

キイ、キイ、キイ(ぜんまいを巻く音)

(雑音とともに聞こえてくるアナウンス)
続いて天気予報です。

季節は夏が終わり、そろそろ秋が始まります。
空が青く澄み渡り、うろこ雲がさわやかな風に乗って流れていく。
果樹は色づき、田畑は収穫のときを迎えます。
去年の今頃はそうでした。

東京地方は今日もあいかわらず厚い黒い雲に覆われています。
これまで120日間、日照ゼロの日が続いています。
気温は低く、冬のような寒さです。
午後はにわか雨が降るでしょう。

この放送は、日比谷公園放送局から自転車を利用した
自家発電システムでお送りしています。

では次のニュースです。

野犬に襲われる被害が増えています。
町には、飼い主を失った犬が群れを作って、
食料を求めてさまよっています。
桜町の田村さんは、ある朝、部屋の外に出たところ…
(途切れる)

キイ、キイ、キイ(ぜんまいを巻く音)

気がついたらまわりは犬に囲まれていました。
犬は牙をむき、うなっていました。
正面にひときわ凶暴な顔をした白い犬がいました。
その犬がボスのようでした。
田村さんはじっとみつめるしかなかったそうです。
やがて白い犬は牙をおさめ、悲しそうに鳴いたと思うと、
くるりと後ろを向いて去って行きました。

助けに来た人に田村さんは泣きながらいいました。
「サスケだった。あの日、置き去りにしたサスケだったんだ。
生きていたんだ。」

(途切れる)

キイ、キイ、キイ(ぜんまいを巻く音)

川上町の萩野さんからのお便りです。

春も寒く、夏も寒く、真っ暗で、
季節の移り変わりはもうなくなってしまったけれど、
それでも地球は回っているんですね。
もうすぐ私の誕生日がやってきます。
毎年この時期は、窓を開ければいつもすがすがしい風が吹いて、
外に出ると頭の上に青空があるのがあたりまえのように思っていたけど
いまはそれがなんて贅沢だったんだって思います。
でもね、地球は動いているんです。
いつかきっとまた四季が帰ってくるって信じたいと思うんです。
その日まで自分の心の中に残るあの美しい空の色を
忘れないようにしようと思います。

お知らせです。
ねじ巻きラジオ、新しく6台作りました。
放送局まで取りに来られる人は来てください。
近くにご年配の人や、希望を失いかけている人がいたら、
その人たちのために取りに来てください。

なお一時間以上の外出は控えてください。
雨には濡れないようにしてください。
(途切れる)

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/


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