直川隆久 2020年7月19日「顔のある空」

顔のある空

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

四月七日。
春らしい、青空。静かだ。

そして、今日も太陽と反対側の位置に、それはある。
――空の三分の一ほどを覆って浮かぶ、総理大臣の顔。

その二つの目はときどき、右に、左に動き、
地表で生きるすべての人間を見守っている。
口元は、ほんの少し開かれて、何か言葉を…
「あ」と声を発する一瞬前のように見える。

この街は、気密性を保つため、全体がセラミック製のドームでおおわれている。
青空も、総理大臣も、その内側に投影された映像なのだ。

ぼくは、生まれてから、この空しか知らない。
「顔のない空」を想像してみても、なんとなくとらえどころのない、
ただのっぺりとした広がりにしか思えない。

総理大臣の二つの目がぎゅる、と動いた。
北の方の街区を見つめている。
総理大臣の顔がみるみるくずれ、泣き顔になる。

「ああああん」

口から、赤ん坊のような泣き声が響く。
その声は、地を揺らすような響きになって、街を覆いつくす。

「あああああん」

恐怖…秩序が乱れることへの恐怖…が、ドームの内側の空気を満たす。

北街区の方から銃声が聞こえた。
二発…三発。
銃声がやむと、総理大臣は泣くのをやめた。
そして、さっきの「あ」と言いかけた顔に戻る。

誰かがまた脱出をはかろうとしたのだろう。
愚かな。外の空気が入ってきたら、どうするというんだ。
平和な静けさが、街をふたたび覆った。

ドームに投影する翌日の天気は、ネット投票によって決められる。
だが、「雨」にわざわざ投票する人間が多数派になることはない。
ここ二十年続いた青空は、明日も総理大臣の顔とともに、
僕らの頭上にあるだろう。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 


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