櫻井暸 2023年9月10日「焼きうどん」

「やきうどん」

ストーリー 櫻井瞭
出演 齋藤陽介

キッチン込みで、六畳一間。
東京の外れ、せまいせまい、縦長の部屋。

ソファベッドで横になるボク。
その頭のすぐそばで、ピチパチと鳴り始める音、
ただよう醤油の香り。

やきうどん。
付き合いたての頃、彼女がよく作ってくれた。

なぜ、やきうどん、なのか?
やきそば、でも、やきめし、でもなく、
どうして、やきうどん、なのか?

一番かんたんで
一番おなかいっぱいになるから
と、彼女は言っていた。

当時、2人とも大学生だったので、
その言葉には妙な納得感があった。

ただ本当は、
それしか作れる料理がなかったらしい。

でも、そのやきうどんが、
妙にモチモチで、妙に味付けバツグンで、
妙においしかった。

当時のボクと彼女は、
遠距離恋愛だった。

彼女は秋田の大学に通っていて、
秋田でひとり暮らしをしていた。

だから会えるのは、3ヶ月に1回ほど。
遠路はるばる、東京まで来てくれていた。

なのに、当時のボクは、アホだった。

相手の気持ちなんか考えず、彼女が来てくれている日も、
夜の11時から、居酒屋の夜勤のバイトを入れていた。

大学生は忙しいから。
なんて、それっぽい本質めいたことを言い訳にして。

そんな日に、彼女はよく、やきうどんを作ってくれた。
これからバイトだからお夜食に、と。

それが本当においしくて、
本当におなかいっぱいになった。

あれから9年。
彼女は、妻になった。

部屋も少しだけ広くなった。
1Kから、1LDKになった。

キッチンにスペースができて、つい料理が楽しくなってしまい、
今は、2週間に1回、京都から野菜が届くサブスクに登録している。

それから妻も、ズッキーニを豚肉で巻いたりするようになったし、
ボクも、これには岩塩が合うね〜、と平気で言うようになった。

ただ、二人の関係が、
素朴で、自然で、仲良しであることは変わらない。

お風呂に入る前は、ふたりで腹踊りをするし、
お風呂から上がってからも、また腹踊りをする。

そんな感じで、
しっかり新婚をやっている。

これから僕たちは、
いっしょに生きていく。

同じお墓をめざして、
ゆっくり生きていく。

今、妻があの頃のように、
やきうどんを作ったら
どんな味になるんだろう。

当時の幼さや、切なさや、儚さに満ちた
やきうどんもおいしかったけれど、

これから夫婦として生きていく、
清々しさでいっぱいのやきうどんも、
ボクは目一杯ほおばりたい。
.


出演者情報:齋藤陽介 ヘリンボーン所属


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