空は青色だけじゃありません
「空は青色だけじゃありません」
そう先生に言われるのがいつも嫌だった。
「何色で塗ってもいいんですよ」と
やさしく言われるたびに
私の絵の具を持つ手が止まる。
初めのうちは真に受けて
自由に、というかむしろ、
しっちゃかめっちゃかに、
いろんな色を塗りたくっていた。
しかし色を重ねるたびにどんどんと
雲行きはあやしくなっていく。
乾くのを待てないから
乾かないうちに塗って
そこがにじんでまた汚くなる。
出来上がる頃には
悪魔が降ってきそうな
どす黒い空になっている。
塗ってしまったら元には戻れない。
あぁ、こんなことなら
青一色で塗ればよかった。
つまらないといわれようが
まごうことなき青一色の空がよかった。
図工嫌いが始まったのは
絵の具の授業が始まった頃
だったのかもしれない。
そんな苦い記憶を掘り起こすように
子どもが学校の授業で
絵の具で絵を描いてくるようになった。
持って帰ってきたのは一本の木が描かれた絵。
そして空はやはりどんよりと曇っている。
そうだよね。
色を塗り重ねると曇るよね。
やっぱり青い空にしたかったよね。
そんなことを思っていたら子どもが
「それ、暗黒世界」
と絵を指さして言った。
「その木は地獄に落ちたときに
一番さいしょに襲ってくる木」
なんだそれと思いつつ
そうか、と思った。
そもそも現実の空を
描こうとしなくてもよかったんだ。
青空を描くんじゃなくて
好きな空を描けばいいって思えば
あんなに残念な気持ちに
ならなかったのかもしれない。
とは言ってもなぁ。
そうして窓の外を見ると
春の空は今日もどんよりと曇っている。
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出演者情報:阿部祥子 出演者情報:阿部祥子
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