佐藤義浩 2025年5月11日「手のひらに太陽を」

手のひらに太陽を

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 遠藤守哉

朝起きたら透明人間だった。

ラッキーだと思った。
透明ならいろんなことができる。
誰にも気づかれずにいろんなところにも行ける。
悪いことだってできそうだ。
考えてみれば、いいことのない人生だった。
いつもオドオド、こっそりと生きてきた。
それでもなぜか、
偉そうな奴らに見つけられてはやたらと絡まれた。
いくら自分は目立たないつもりでいても、
問題はいつも向こうからやってくる。

だから日頃は人と目を合わさないように
いつも下を向いて歩いていた。
だけど今は他人を気にする必要はない。
やっと前を向いて歩くことができる。
そうだ。いつも嫌がらせをしてきた
アイツに仕返しをしよう。
気づかれずに後ろから忍び寄って
頭を殴って逃げよう。

そう思ってはみたものの、
いざやろうと思うと問題はある。
まず武器が持てない。
手に持つものは透明にはならないからだ。
そっと近づいて、
その辺の石でも拾って殴るしかないか。
服を着ることもできないが、
どうせ見えないんだから関係ない。
そう思ったらちょっと気が楽になった。

家を出た。
雨上がりで道は濡れている。
水たまりに気をつけながら歩く。
なんだ結局、また下を向いてるじゃないかと思う。
いきなり車に轢かれそうになった。
相手から自分が見えないとはこういうことか。
下を向いている場合ではない。
気を取り直し、360度、
周りに注意を払いながら慎重に歩いてゆく。

いた。
まだ誰かに絡んでいる。本当に嫌なヤツだ。
後ろからゆっくりと近づく。
濡れた路面が小さな音を立てるが
気づかれている気配はない。

まだ届かない。あと一歩。気が早る。
今だ。思いっきり手を振り下ろした瞬間、
水たまりで足が滑って大きく空振りした。
勢い余ってすっ転ぶ。
バシャンと大きな音がして水が跳ねた。

これだけ派手な音がしたのに
ヤツは全く気づく様子もなく、
何事もなかったように誰かに絡み続け、
そのまま歩き去ってしまった。

なんだ、こんなに自己主張をしても
気づかせることもできないのか。
俺って本当に透明なんだな。と
思ったら急に可笑しくなって、
声を出して笑ってしまった。

驚いたカラスがバタバタと飛び立った。

誰にも気づかれずしばらくそのまま
地面に這いつくばっている。
目の前に水たまりがあった。

いつの間にか雨は上がっていて、
水たまりに青空が映っていた。
ゆっくりと起き上がり、
一度前を向いてそれから上を見上げた。

眩しい。
手をかざしたが透明な手のひらは
光を遮ってはくれなかった。

その先には青空があった。
透明な手のひらの先にある太陽は
いつもより眩しかった。



出演者情報:遠藤守哉


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