
「満たされない水瓶」
ストーリー 安藝哲朗
出演 遠藤守哉
水瓶は今日も満たされない。
デザイン会社で働く水瓶は、
クライアントへの提案帰りに
四谷の小料理屋で仲間と打ち上げ。
ビール、ちくわの磯辺揚げ、苺と蕪の赤酢漬け、
ピーマンの塩炒め、富山の日本酒、
うどとこごみの天ぷら、安納芋のバターのせ、
青森の日本酒、鯨の竜田揚げ、柚子おむすびと赤だし。
水瓶は「おいしすぎてやばい」とか言っているが
実はインフルエンザ明けで嗅覚を失っており
味がよくわかっていない。みんなの盛り上がりに
水を差すのもアレだから、なんとなく調子を合わせてしまう。
満たされたのは、胃袋だけ。
水瓶は今日も満たされない。
水瓶は、ひと月半に一度、
鎌倉の美容室で髪を整えてもらう。
「春も近いし、思い切って
ジーン・セバーグみたいなショートにしようかしら」と、
ここ2年ほど言い出せなかった自分的には思い切った提案を
あたかも今思いついたかのように美容師に告白した。だが、
「この髪質だとモンチッチっぽくなるかもです
やめておいたほうがいいかもです」と真顔で返される。
人が月へ住もうとする時代に、自分には
こんな小さな冒険も許されないのか。水瓶は空しい。
一方、鎌倉の大仏はかなり冒険した頭だな。さすがです。
帰りの電車の窓に映る水瓶は、
ひと月半前と何の変わり映えもない。
水瓶は今日も満たされない。
水瓶は、日頃の満たされなさを
AIに相談してみた。プロットはこんな感じ。
「近頃なんだか満たされない気持ちなんだけど、
どういうこと?」そしてこんな感じの答え。
「満ち足りていると、人は次へ進もうとしなくなる。
満ち足りていないのは、幸せへののびしろが
あるというしるしなのです」つまらない。
励ましてくれているけど、つまらない。
ありがちな一般論。どこか安い占いのような。
キミの優しさはありがたい。けどごめん。
AIは悪くない。悪いのは私。
水瓶は今日も満たされない。
水瓶には微妙な関係の海亀がいる。
海亀にも満たされなさについて問うてみた。
「満たされないということはさ、」海亀は語る。
「幸せになる一歩手前なんじゃないかな」
お前もそんなこと言うか。びっくりした。
あなたAI?そんなに退屈な亀だったっけ。
一万年生きていてそんなもんか。
水瓶は鏡に映る自分を覗き込む。
一滴の水もない。完璧な空っぽだった。
私もうダメかもしれない。
ダメかもしれない。
かもしれない。
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出演者:遠藤守哉
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