
シャングリラ
ストーリー 佐藤充
出演 遠藤守哉
タイのバンコク。朝の4時。
カオサンストリートから5分ほどの
元精神病棟を改装したと噂の真っ白な部屋と
窓ひとつないところが特徴のゲストハウス。
そこで10歳以上年上の日本人に
トランプでボロ負けをしていた。
「大人気ないですよ」
「勝負に年齢は関係ないだろ」
「このままだとバンコクの思い出が嫌なまま終わります」
「トランプに勝って記憶を上書きしたらいい」
という口車に乗せられてこの日も負けを重ねようとしていた。
朝5時になると僕らが10バーツラーメンと呼んでいる屋台がはじまる。
そこのラーメンにナンプラーをたっぷり入れて食べ、
宿に戻って昼過ぎに起きるのが日課のようになっていた。
なんでこんな生活をしているのか。
2ヶ月の休みを何して過ごすのか。
何も決めずに来たのが全てだった。
当時の僕はとりあえず日本からバンコク行きのチケット買って、
そこからの予定は着いてから決めればいいと思っていた。
バンコクに行けば世界中からバックパッカーが集まっている。
そこでいろんな人におすすめの場所を聞いてまわったり、
当時はゲストハウスそれぞれに旅ノートというのが置いてあって、
それを読めばだいたいのことが書いてあった。
現地のおすすめの飲食店から
国や都市やゲストハウスの情報、
安く移動する方法、ビザを簡単に入手する方法、
合法なのか違法なのか本当なのか嘘なのか
わからないことまでいろいろ。
僕はそれを読むのが好きだった。
そこに気になる一文があった。
「シャングリラは、本当にある」
シャングリラって理想郷や空想の世界を指す言葉じゃないのか。
チャットモンチーの『シャングリラ』や、
電気グルーヴの『Shangri-LA』は知っているけど、
本当に存在する場所なのか。
いかがわしい違法すれすれなお店の名前じゃないのか。
僕にトランプで大勝ちして
機嫌をよくしている日本人に聞くと、
「中国の雲南省の方にある」と言う。
旅程が決まった。
シャングリラに行こう。
決まると早い。
例の如くお金はないけど、時間はあるので、
トランプを切り上げ、バスで向かうことにした。
ラオスを抜けて、
陸路で中国に入り、
大理や麗江などいろんな街で (ダーリー)(リージャン)
寄り道、道草、遠回りをして、
3週間くらいかけてやってきましたシャングリラ。
シャングリラとは
チベットの言葉で
「心のなかの太陽と月」を意味する。
標高3300メートルに位置する
チベット文化を色濃く残すこの街は、
経文が印刷された青白赤緑黄色の旗が
あちこちに掲げられて風に揺れていた。
風が旗をはためかせることで、
風に乗った経文が周囲の環境や人々を浄化し、
幸運や平和が広がると信じられている。
宿で自転車を借りて、
ナパ海の方まで行くことにした。
ナパ海。
こんな山奥なのに海という名前。
山に囲まれたこのあたりは、
雨季になると、水が満ちて、
空色をした湖ができるらしい。
その様子は
天空に浮かぶ湖と呼ばれ、
空と水の境界線が消えて幻想的な景色が広がる。
今は乾季で、
赤やピンク、紫の花が広がっていた。
立派なツノを持つ野生のヤクが
野放しになって、草を喰んでいる。
もしも自分が陸上選手なら、
ここで高地トレーニングしたいと思う。
でも陸上選手じゃないので
今はここでビールを飲んだらうまいだろうなと思っている。
自転車を止めて、
草の上に腰をおろす。
手が届きそうなほど空が近い。
気持ちのいい風が吹いている。
青白赤緑黄色の旗が揺れている。
水が満ちたこの場所を想像する。
山と空とカラフルな旗が反射した湖が広がっている。
それを青島ビール飲みながら眺めている。
「シャングリラは、本当にありました」
バンコクのカオサンにあるゲストハウス。
次の誰かにバトンを繋げるような気持ちで、
僕は旅ノートに書いている。
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