村山覚 2021年5月2日「身勝手な手紙」

「身勝手な手紙」             

ストーリー 村山覚
   出演 清水理沙

海外に行くと、ホテルのフロント横にある小さなショップで、
ポストカードを5枚買う。今回、手に取ったのは

ステンドグラスが美しい宮殿/民族衣装ではにかむ子ども
英雄らしき人が馬にまたがる銅像/夕陽に照らされた旧市街

ラストの1枚は、変なカードを買うのがマイルール。
謎の楽器を老人が演奏しているカードにした。
何年も売れていないのか、少し色褪せているのが妙にしみじみする。

エアコンが効きすぎている部屋に戻る。
ポーカーで勝利を確信したときのように5枚を机の上に並べていく。
見事にばらばらだ。

電話の横に備え付けられているホテルのロゴ入りのペンは
信用ならないので、リュックの中から三色ボールペンを取り出す。
まずは赤いペンの出番。“AIR MAIL”と書き、
その下に線をひくという作業を5回繰り返す。
手紙を書くときの準備運動。

1枚目、母へ。
“パンがおいしい。羊がおいしい。ビールも最高”
この国の魅力を端的に伝えようと思ったのだが
思い浮かぶのは食べ物のことばかり。しかし嘘は書いていない。

2枚目、甥っ子へ。
街で見かけた猫の絵を描いてみる。
“ニャー”と吹き出しをつければ、どんな下手な絵でも猫になる。

3枚目、仕事を押し付けた後輩へ。
本気の感謝や謝罪はメールではなく手紙で伝えるべし
というのがうちの社風だ。“すいません!”
大きな字で一言だけ。感謝であり、謝罪でもある。

4枚目、来週の自分へ。
“これを読む頃には、あなたは退屈な日常に
戻っているのでしょう。ざまあみろ〜”

5枚目、の宛先は決まっていなかった。
ケータイのアドレス帳を「あ」から一番下まで
スクロールしていく。懐かしい名前がたくさん。

決めた。
このカードが似合うのは、この人しかいない。
SNSなんて絶対やらないから近況がまったく分からない人。
半年だけ好きだった人。

まだこの住所に住んでいるかな?
ま、届かなくてもいいや。

“特に深い意味はないんですけど、
異国の地であなたを思い出したので送ってみます。
どうか、お元気で!”

日付を書き、その横に名前を書こうとして、やめた。

“p.s. 私は誰でしょう?”



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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