関陽子 2023年8月20日「コントラスト」

コントラスト

ストーリー 関陽子
    出演 平間美貴

てっぺんから降り注ぐ太陽は
道に並ぶアパートの四角い形や木々の葉っぱを
くっきりと浮かび上がらせ、
わたしは自分の視力が急に上がったかのような錯覚を覚える。
日傘を差さないのはただ忘れただけだけれど、
この日差しが肌に当たってビタミンDを合成してくれるからね、と
良い方に解釈してみる。
いま、わたしは生きている。あの人も、まだ生きている。

そういう施設はたいてい、
最寄りのバス停から少し歩かなくてはいけない場所にあり、
今日もわたしは黙々と歩く。
そして今日も、施設の駐車場には鮮やかな黄色の車が停まっていて、
隣の玄関には、紫の朝顔が萎れている。

あの人は、いつもかん高い声で文句を言っていた。
食卓で、テレビから流れるニュースに一つ一つコメントを挟む。
母は生返事をしていて、
弟はただ黙っていて、
負の空気の中で、わたしは味噌汁をご飯にかけて
一刻も早く食事を終わらせようとしていた。

世の中にはいつも文句を言っていたけれど、
家族ヘは何一つ文句を言わなかったことに
わたしが思い至ったのは、ついこの間だ。

日曜の昼下がりの部屋には、テレビからのど自慢の歌が流れていて、
わたしはそのリズムに合わせて握った手に力を入れる。
かすかに握り返す力が伝わる。
でも、この部屋には日差しは入らない。
この人の体の中で、ビタミンDはもうつくられない。

また来るね、と声をかけて、部屋を出る。玄関を出る。
明日の朝、
またこの朝顔は鮮やかに咲くのだろうか。
あの人に少しだけ、その力を貸してほしい。
柄にもなく、そんなことを思ってみたりもする。

黄色と紫。コントラストの景色。
それはきっと、
いちばん新しく、いちばん最後の、父との思い出になるのだろう。
.


出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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関陽子 2022年9月11日「トンボの恩返し」

トンボの恩返し

ストーリー 関陽子
    出演 平間美貴

私は今、トンボに乗って空を飛んでいる。
おっきなトンボに乗った小さな女の子・・いやいい歳の女。
月の下を横切っていけば、
E.Tばりのポスターになりそうじゃない?

年に一度、
ここの住人であるトンボや蟻たちには迷惑な人間たちの祭りがある。
地響きするビート、空気を震わせるメロディ、飛び散るお酒や汗、
のんびり茂った原っぱを踏み荒らす足・足・足。
人工ピンクのキャンプチェアの先っちょに一匹のトンボが止まった時、
だから、私はその目を見て、いや、目を見た気になって、
「今日はお邪魔してすみませんねー」と謝ってみた。
3度目の乾杯でふわふわしていたから、かもしれない。

「私、昼間のトンボです」
夜中。トイレに起きてテントを出た私の目の前に
グライダーぐらいのトンボがいた。そして羽をさわさわ揺らして
静かに名乗ったのだった。夢?いや夢じゃないぞ。

「ほんと迷惑なんですよ、この3日間。
子供たちには追いかけ回されるし、大人たちには追い払われるし、
音圧って言うんですか?あれで震えちゃって羽が休まらないし。
でも、あなたは優しく、気遣ってくれた。
ささやかですがお礼をさせてください。
私に乗ってくださいよ。大丈夫、トンボの背中は意外と頑丈ですから」

さて、ニルスのふしぎなトンボは、会場のステージに降り立った。
ステージの上には他にも巨大な二匹のトンボが待っていた。
「お礼に、僕らの音楽も聴かせたいなって。
ドラゴンフライズのハーモニー、聞いてみてください」

さりさりさり・・
しるしるしる・・
せろせろせろ・・
うすーく、広―く、ながーい羽と羽をこすり合わせて、
かき氷のように涼しげで、でも霜柱のようにはかない
三重唱が、夜明け前の一番深い夜空に立ち昇る。
さりさりさり・・りりり

私は、ステージの最前列で、たった一人の観客として耳を澄ませた。
いや、たった一人の人間の観客として。
きっと、地面の下で、草花の陰で、無数の生き物たちが、
このトンボのアカペラを聴いてくつろいでいるのだろう。
「今夜はお邪魔して、すみませんね。
そして、ありがとう」

3年ぶりに出かけた先で
ビールと太陽が生んだ妄想を、物語にしてみました。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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関陽子 2021年7月11日「うすはりと太陽」

うすはりと太陽

  ストーリー  関陽子
     出演  清水理沙

グラスを、買った。
丸い円の縁は、ごくごく細くて薄くて、なのに尖ってはいなくて、
唇に当たるとむしろやさしい。
そんな小ぶりなグラスを、2つ。
ビールを注いで、いい天気の日は太陽がその縁にキラキラ反射して、
喉を鳴らして二人で飲んだ。
やだ、缶ビールなのに美味しい気がする。
それ、ビールメーカーの人に失礼じゃね?
えー誰だっけそれ。
俺だよそれ。
3年たった今も、その会話を覚えている程度には、私は粘着質だ。

その男は、最後に、このグラスどうする?と聞いた私に
さりげなく言った。
「あ、俺はいらない。
ビールはジョッキで飲む方が好きだし」
・・へえ、そうだったんだ。
なにその嫌味、と腹を立てたのはもっと後で。
その時は、
(そうか、たくさんの我慢と言えないことで、この暮らしはできていたのか。)
(南インドのスパイスカレーって家で作れるんだね。とか、
プランターのバジル育ちすぎたから使うね、とか、
そういうのも全部、多分、きゅうくつだったのか。)
と、気の抜けたビールのように思っただけだった。

時々、人生への戒めも兼ねて一人でグラスを引っ張り出し、
キラキラと光る縁を口につける。
苦い。そしてやっぱりジョッキよりうまい。

・・・・・・・

先ほど、
うすはりを包んで、お洒落なカップルを見送りました。
「いいんじゃない」しか言わない彼氏を盗み見ていました。
店番の合間のヒマは、妄想で潰すことにしています。
スコーンと晴れた日ほど、
頭には黒い雲がもくもく浮かんでくるのはなぜでしょうね。
あ。いらっしゃいませ。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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関陽子 2012年5月5日

変身

             ストーリー 関陽子
                出演 平間美貴

83、55、87。

え、すごいナイスバディですって?
うふふ、この数字にはちょっとした裏話があるの。
でも女が自分の話に酔うのはかっこ悪いものよね。
手短かに、お話ししましょう。

「必ず痩せるダイエットに、興味はありませんか?」
新宿で声をかけられたのは3カ月前。
3歳のときにはぷくぷく可愛いわね~とちやほやされた私は、
15歳のころにはデブリンと呼ばれてもニコニコ耐えていた。
28歳のいままで、
何を試したっていちども痩せたことのない筋金入りのデブリンだったの。

でも、その男は言った。
「そういう方にこそ、必ず痩せてもらえるシステムなのです。
 一度コースに参加しませんか?」
魔法のようなすーっと落ち着く声。
そうだ、私は、アヤリンで~す、デブリンで~す、なんて
ちっさいライブハウスでボケてる自分がイヤになっていたんだ。
「この世に必ず、なんかない、とお思いですか? 
 ありますよ。いま、ここに」
男は私の目をじっと見て、そっと囁いた。

数日後、私はとある施設に入った。
フルーの壁。ブルーのソファ。ブルーの部屋着。
落ち着く色の部屋に荷物をおろし、食堂へ向かう。私は男に聞いた。
「やっぱり断食ですか?」
「いえいえ、何を好きなだけ食べてもいいのです」
「え?」
「どうぞおなかいっぱい召し上がってください。
夕飯は麻婆豆腐とステーキと野菜炒めです。おいしいですよ」
どういうことだろう?
私は食堂の椅子についた。
そして、運ばれてきたお盆に目を疑った。
青い麻婆豆腐。青いステーキ。青い野菜炒め。青いごはんに青いお味噌汁。
目の前の食べ物は、すべて青かった。

そう、必ず痩せるダイエットとは、青いごはんしか食べないで過ごす、
ということだったの。
青は食欲をなくす色、それだけのこと。
そして、それだけのことで、私は3週間でなんと-28キロを達成したわけ。

え、そんなに痩せたようには見えない?
そう。
このダイエットのただひとつにして最大の欠点は
青くない食べ物がやたら美味しそうに見えて
ガマンできないことなのよねえ。

83、55、87。
あーあ。リバウンドするの、早かったなあ。

出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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関陽子 2011年1月16日


ある一匹兎のはなし

               ストーリー 関陽子
                  出演 地曵豪

吾輩はうさぎである。名前はまだない。
というか、きっとこれからもない。
この、しおれた灰色の商店街や、
ペンペン草がはびこる神社あたりをうろちょろする野良うさぎとして、
与太話でひまをつぶす老人や、学校帰りの子供に
「のらうさ」と呼ばれてるのは知っている。
「あっ、のらうさだ!のらうさー!」と
叫んで追いかけてくる子供たちを脱兎のごとく引き離すとき、
そこでうさぎの「ぎ」だけ省略するのに何の意味があるんだい、と
ツッコミを入れているが、そんなことは人間も気づくまい。

そんな吾輩にも、1度だけ名前がついたことがある。
いつ頃かの落ち葉の季節、
商店街の銭湯のうらで、夢中で牛乳の空き瓶をなめていた時、
急に銭湯の主に網をかけられた。
牛乳はうさぎにとって毒だが、
あの甘い香りの誘惑に負けてちょくちょく足を運んでいたのがいけなかった。
ずっと、狙われていたらしい。

生まれて初めて、吾輩はピンク色の首輪と、
主の娘の手づくりだという、ぴらぴらした服を着せられた。
あのさー、吾輩、男だっつうの。
とツッコミは入れたが、もちろん人間は気づかない。

「亀の湯」の看板うさぎ、ということで
名前は亀ちゃん、になった。
番台に猫じゃなくうさぎが座るのは珍しいらしく、
なんだかんだ、人が来た。
「うさぎなのに、亀ちゃんって言うんで~す!」
煮詰めた砂糖みたいな匂いのする女が、マイクを手にきゃんきゃん吠える。
あんたは生まれたてのスピッツか。
目と口をムッとつむったら、
「きゃあっ!かわいい!」と、スピッツの鳴き声が10デシベル上がった。

「うさぎの亀ちゃんたい焼き」の行列が消え、
「うさぎの亀ちゃんブログ」というのが10万ヒットしたあたりで、
主が吾輩を抱いて居眠りをしていたスキに、吾輩は亀の湯を脱走した。
主は「あっ!」と声をあげたが、追いかけてはこなかった。
ま、ぼちぼち潮時か、と顔に書いてあった。
耳をなびかせてひゅんひゅん走って、
神社の境内でかじったペンペン草は、一生でいちばん甘い味がした。

吾輩はうさぎである。名前はまだない。
というか、きっとこれからもない。
ないってことは、
あるってことの何倍もすてきだ。
水たまりにときどき映る、首にはまったピンクの輪っかの教訓。以上。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋

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