武田義史のカンヌの誘惑-⑧

帰国後から始まるカンヌ第2ラウンド

先週の土曜日、Grand Prix for Good部門の発表で今年のカンヌが終了しました。
日本としては、お家芸であったCyber部門での受賞数が
3点であったことに表れるように、
例年に比べると若干、受賞数は少なめだったようです。
しかし、最終日に最も権威あるTitanium部門で
Sound of HONDAが見事グランプリを獲得。
2008年のUNIQLOCK以来の栄誉を日本にもたらし、
一矢報いた結果となりました。

今年の詳細は後任の執筆者にお任せして、
このコラムではカンヌで得た経験を使える知識として定着させ、
実務に活かす方法を紹介したいと思います。

帰国後、宣伝会議のセミナーや有志グループ、各会社内などで
続々とカンヌ報告会が開催され、
「今年のカンヌの傾向は…。キーワードは…。」
といった議論に触れる機会が多いと思います。
そのようなトレンド分析は審査員や有識者の方にお任せして、
記憶が冷めない間に持ち帰った膨大な事例を分析することをオススメします。

ベーシックなところでは、表現や仕組みの分析です。
例えば、Sound of HONDAでは
「無機質なデータを光と音のインスタレーションとして表現化し、
生命感のある体験装置に仕立てた」という具合です。
また、アウトプットの背景にある戦略を想像することも有意義です。
前回のコラムでも紹介したVOLVOのJCヴァンダム股割り“The Epic Split”であれば、
「グローバル規模でも絶対数が少ないトラックバイヤーに向けて、
マス広告を大量出稿するよりはタレントに広告予算を割き、
機能訴求となるクオリティ高いバイラル動画で周囲からリーチさせる方が効率的」
という感じです。

ここまででも、十分実務に使える分析ですが、
もう一歩踏み込んだ分析をすることで“心が動く、
行動を喚起する”アイデアを創造する足掛かりをストックすることができます。
心が動いた、人が動いた原動力を
人間の本能や根源的な欲求に遡って分析することです。
例えば、前述の“セナ”の事例は、
「亡くなった大切な人にもう一度会いたい」という
人間の根源的な欲求を満たしているのではないでしょうか。
不慮の事故で突然この世を去ったからこそ、
もう一度あのセナに会いたいという気持ち持っている人は多いと思います。
その願望を適えてくれたHONDAとのエンゲージメントが
深まることは想像できますよね。

このような人間の本能や根源的な欲求といった心を動かす、
行動を起こす原理を発見する意味では、
言語、人種、文化の壁を超えて賞賛される最高峰の事例が集まるカンヌは、
正に世界最高の場なのです。

“心を動かし、行動を喚起する原理”の引き出しを多く持つことは、
グローバル案件のみならず、階層化、クラスターの細分化、
メディアの多様化と向き合う国内案件で、
それらを飛び超えて波及する“強いアイデア”を創造する一助となってくれるはずです。

余談ですが、今年のカンヌでBBHのサー・ジョン・へガティと
Droga5のデヴィッド・ドロガのトークセッションの中で
サー・ジョン・へガティ
「本当にオリジナルなアイデアなんてない。
 何かしらの影響を受け合っているのがアイデアだ」
デヴィッド・ドロガ
「社会と深く、正しい関係を築かずにメジャーなブランドになれる時代ではない」
と語っていたそうです。

これらは“人間共通の普遍性の上に、
表現、仕組み、ストーリー、プロダクト、技術としての新しさを持って、
生活者と企業・ブランドとの関係を築くこと”とも
解釈できるのではないでしょうか。

このコラムのタイトルを「カンヌの誘惑」と名付けるくらい、
カンヌは華やか雰囲気に包まれ、
刺激的な場であることが魅力そのものであることは間違いないのですが、
もうひとつの意味は“人間を深く洞察して生み出される、
普遍的で強いアイデア”の創り手に自分がなりたいという衝動に
駆られることが魅力だと考えています。
これが計8回のコラムを通じて、お伝えしたかったカンヌの“誘惑”です。

今回でコラムは最後となりますが、
来年はぜひ、カンヌ現地でお会いできればと思います。
開催期間は6月21日〜27日です。
期間中、朝イチのエキシビション会場、特にプロモ、ダイレクト、
メディア、PRの展示の辺りで彷徨っているアラフォー日本人を見かけましたら、
私なのでお気軽に声をかけてください!

約1年に渡り、ご愛読いただきありがとうございました。

※画像引用:canneslion.com

(下のムービーは、Sound of HONDA」)

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武田義史のカンヌの誘惑-⑦

2014カンヌ、勝手に受賞予想

2013年のカンヌレポートと言いつつも、既に2014年5月下旬。
今年のカンヌが間近に迫った中、
第3回目のコラムで
“カンヌに渡航する前に予習をした方が何かと便利”と申し上げた手前、
紹介した方法で今年のカンヌで受賞しそうなエントリーを
いくつかピックアップしてみました。

本来であれば、
カテゴリー毎にめぼしいものをいくつか紹介する方が
実際のカンヌの進行に沿っていて理解しやすいと思われますが、
私自身、明るいがインタラクティブ、プロモ、ダイレクトであること、
近年のカンヌアワードはカテゴリー間の重複が甚だしいことから、
以下の3つの焦点でまとめたいと思います。

ユーティリティー:生活者にとって便利機能となり
かつ企業にとってはブランド体験となる、
いわゆる“使える広告”なのですが、
その範囲は個人に何か便益をもたらすツールだけでなく、
世の中の課題を解決する仕組みも含む。

コンテンツ:フォーマットとしては、映像、グラフィック、
音楽、ゲーム、リアルイベント、Webサイト、
デジタルインスタレーション、
最近では”Snackable”といわれるSNSの投稿画像にいたるまで、
広告と変わらないですが、
広告であることを忘れさせてしまうエモーショナル体験を生活者にもたらし、
それらを消費する行為そのものが楽しめる制作物。

コミュニティ:リアルやオンライン問わず、
コミュニティを新たに創造する活動はもちろん、
既に興味・関心・嗜好などで繋がっているオープンな集合体(いわゆるトライブ)に
働きかけるニュースを提供することも含む。

なぜ、この区分けなのか?
ご存知のとおり、カンヌの冠からAdvertisingが外れて、
Creativityが加わりました。Creativityって何?と考えたときに、
生活者と企業や団体の関係構築に新たな創造性を発揮するものかなと。
そこで、去年のサイバー、プロモーション、ダイレクトの
ショートリスト以上の全エントリーを生活者の立場から眺めたところ、
「ユーティリティー」「コンテンツ」「コミュニティ」のいずれか、
もしくはその組み合わせに当てはまることに気づき、
人に説明する際に用いると分かりやすいと評判を得たので、
これらで整理した次第です。

ユーティリティー
ブランド:Milka タイトル:Last Square

Milkaというフランスの板チョコのプロモーション。
板チョコの一片(=Square)が欠けた商品を販売し、
その一片を親しい人に
自分の気持ちを伝えるために届けてくれるという仕組み。
“お裾分けすることは親しい関係を築くきっかけとなる”という
インサイトを捉えて、
上手く商品特性と掛け合わせて試したくなるユーティリティーしたのは見事です。

ブランド:UTEC タイトル:Air purifying billboard

UTECは昨年のカンヌで“空気中の水蒸気を濾過して、
水にするビルボード”で受賞したペルー工科大学。今年もやってくれました。
今度は、空気中の大気汚染物質をフィルタリングして、
キレイな空気に浄化してくれるビルボードです。
水を濾過するビルボードも、
社会課題を解決するということでは価値あることですが、
今年の空気清浄ビルボードは
大気汚染に悩む世界中の国からのニーズが高いのではないでしょうか。
個人的には、エアコンメーカーがこれをやったら面白いと思いました。

ブランド:Burberry タイトル:Kisses

これはあのGoogle Art &Code Projectとバーバリーのコラボで、
ちょうど昨年のカンヌの会場で発表されたものです。
唇を画像キャプチャーすることで
自分のキスマークでメールの封筒に封緘できる、オリジナルMailer。
文字だけの無味乾燥なメールに
このようなエモーショナルな機能を付加することで感情を伝え、
しかもバーバリーの口紅のプロモーションにもなっているという
機能的かつ素敵な体験をもたらすツールですよね。

コンテンツ
ブランド:Volvo Truck  タイトル:The Epic Split

もうこれは言わずもがな、ONE SHOWでBest of Show、
D&ADでもBlack Pencilを獲得し、
個人的にも近年観たCMの中で最も好きな
ジャン・クロード・ヴァンダムの“股割り”動画。
映像としての素晴らしさはもちろんのこと、
いわゆるタレント広告は賞を獲りにくいという常識を覆し、
タレント文脈と商品文脈を見事に融合したクリエイティビティ、
グローバルB to B広告として、メディアではなく、
制作に費用をかけてバイラルさせるという戦略に脱帽です。
これは、今年のカンヌで注目されるもう一つのエントリー、
セナの“Sound of HONDA”でも言えることなのですが、
ネット時代、タレントの文脈が世界中で共有しやすくなった現れなのかなと思います。
今年のカンヌはヴァンダム祭り、セナ祭りの予感です。

ブランド:British Airways タイトル:Magic of Fly

これも広告クリエイティブ系のサイトをチェックしている方なら
ご存知だと思いますが、
飛行機の運行時間のデータを活用し、
空を飛んでいる飛行機と屋外サイネージの映像をシンクロさせて、
一つの表現に仕立てた試み。このようなデータ×サイネージや、
有名なスウェーデンの“地下鉄ホームの
突風で髪の毛がなびくサイネージ”にみられる、
センサー×サイネージといった、テクノロジーを活用して、
リアルタイムクリエイティブを具現化したエントリーが今年は旬だと思われます。

ブランド:Coca Cola タイトル:Happy Beep

スーパーのレジで店員さんが
バーコードを読み取ると鳴るピッという音(Beep)が
コカコーラのCMでおなじみのサウンドロゴになるというもの。
一見するとシンプルな小ネタですが、
ハッピーな気分をもたらすことがコカコーラらしさを表し、
かつ口コミで聞いたら実際にお店に行って確かめたいという
気持ちを駆り立てるのではないでしょうか。
エージェンシーは、あのOgilvy Brazilです。

コミュニティ
ブランド:Toyota Prius タイトル:Try my Hybrid

既にプリウスを所有しているオーナーの方々に呼びかけて、
所有しているプリウスを試乗車として提供してもらい、
オーナー自身が検討客にプリウスの素晴らしさをプロモートしてもらう仕組み。
まだ普及途上の商品の場合、
オーナーはこだわりを持ったアーリーアダプターであることから、
①オーナー間のコミュニティが形成され、
情報伝播されやすい②希少品は他人に自慢したい、
というインサイトが想像できるのではないかと思います。
それらインサイトを巧みに突いて、
オーナーをブランド普及のアンバサダーにしたアイデアが素晴らしいですね。
スウェーデンという国土面積の割に販売網が薄いという
チャネル課題をも解決しているのも見事です。

ブランド:HORNBACH タイトル:The Hornbach Hammer

HORNBACHというドイツのDIYストアが仕掛けた顧客拡大と
WEBストアのトラフィック増を狙ったプロモーション。
ロシアの戦車を買い取り、
その戦車を溶かしてリサイクルした鉄で作ったハンマーを
WEBストア限定で販売したというもの。
ターゲットは、DIYファンはもちろんのこと、
濃いミリタリーマニア、第2次世界大戦の敵国の戦車ということでは
愛国者までも含まれるのではないでしょうか。
特定のコミュニティにその中で“確実に共感されるニュース”を投下し、
共感からバイラルを誘発し、
自社商品とのエンゲージメントする顧客を広げるという、
まさにソーシャルメディア時代のお手本のキャンペーンですね。

ブランド:ABTO タイトル:Bentley Burial

ブラジルの臓器移植支援団体が仕掛けたPR。
エキセントリックで有名なブラジルの億万長者が、
ある日「エジプトの歴代のファラオが宝物を埋葬するように、
自分も4000万円する高級外車ベントレーを自宅の庭に埋葬する」
という記事を自分のFacebookに投稿。
国中のメディアが報道し、“なんて馬鹿げたこと”という世論が形成。
“埋葬”の当日、メディア集めて埋葬しようとした時に、
突如、記者会見を行い
「自分のことをなんて馬鹿げたことをするのだろうと思っているだろうが、
 みなさんは自分以上に馬鹿げたことをしている。
 このベントレー以上に価値ある臓器をなんのためらいもなく、
 埋葬している。このことは世界で最ももったいないことだ」
と宣言し、臓器提供PRだったことを告白した。
どの国にもゴシップ好きの“トライブ”というのは、
マスボリュームで存在するもので、臓器提供をゴシップ文脈に変換し、
ニュースとして世の中ごと化を狙ったという戦略が見えます。
“臓器提供しないのは、もったいない”というパーセプションチェンジを行うために、
巧みなストーリーテリングで
国中のメディアを巻き込んだ壮大なドッキリ仕掛け、
鮮やかな課題解決ですね。

以上のケースは、前哨戦となるアワードの受賞状況、
海外の広告系サイトの評判、Youtube上のケースビデオの再生回数を元に、
私自身が「これは面白い。評価されるべき」と思ったものをセレクトしました。
全てのケースで共通するのは「ターゲット設定」「インサイト発見」
「ストーリー構築」「表現」「仕掛け」といった企画制作を構成する要素に、
従来の発想を超えた“クリエイティビティ”があり、
課題解決の原動力になっているというところです。
なので、ここでの“面白い”とはそれら要素に、
理性としての“なるほど”と感性としての“Wow”があり、
加えて、カンヌ60年の歴史を語る上で業界の進化を前進させたもの、
と言い表せるのではないでしょうか。

今年のカンヌに参加する人はもちろん、
現地に行かない人であっても、
“もし自分が審査員であったら”という視点で事前に様々なケースを見て評価し、
会期に“答え合わせ”することは、
世界の人に普遍的に受け入れられるクリエイティビティを養う
トレーニングとなります。

年に1度のこの機会に皆さんもゲーム感覚で
トライしてはいかがでしょうか?

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