
カントクと神さま
ストーリー 川野康之
出演 仁科 貴
死んでしまった。
うかつだった。
いつか死ぬのはしかたがないことだが、
まさかこんな死に方をするとは思わなかった。
500円の焼肉弁当を買って、おつりの500円玉を落とし、
コロコロと道路に転がって行くのを追っかけた。
そこにトラックが走ってきたのである。
泥がついた焼肉弁当をぶら下げて、私は雲の階段を昇ってきた。
腹が減っていた。
死んでも空腹は感じるようだ。
天国とはどんな場所だろうと思っていた。
まさかこんなだとは想像もしてなかった。
カウンターがあって、椅子が5つほど並んでいる。
カウンターの向こうには痩せた男がいて、皿を拭いている。
どう見てもバーであるが、私はなぜここが天国だとわかったのだろう。
皿を拭いている男が神さまだとわかったのは、
男がその皿を(よく見ると皿ではなく輪っかだったが)
自分の頭の上10センチのところに浮かべてこっちを見たからだ。
「なにしまひょ」
神さまはなぜか関西弁だった。
「とりあえずハイボール」
つい私は言った。
言ってからすぐ後悔した。
神さまに対する一言めとしてこの言葉は果たして適切だったのだろうか。
初対面なのだからもう少し挨拶のしかたがあったのではあるまいか。
のちのち、最近の新入りは挨拶一つできないと言われるのではないか。
私はうじうじと気をもんだ。
死んでもこんなことに気を使っている自分が少し情けないような気がした。
神さまは私の前にハイボールを置いた。
泡がプチプチと弾けて、グラスの表面を水滴が滑り落ちた。
喉が渇いていた。
一口飲んだ。
冷たい泡が、舌の上を、それから喉をプチプチしながら通って行った。
神さまが私の顔を見つめている。
「どうや?」
「おいしい」
「そやろ!」
神さまが言った。
「500円」
私は自分の右手の中を見た。
命と引き換えに拾った500円玉が少し変形してそこにあった。
金を金庫にしまうと、神さまは紙切れとペンをよこした。
紙切れには「リクエスト」と書いてある。
カラオケをリクエストする紙とよく似ていた。
何をリクエストするのだろう。
しばらくもじもじしていると、神さまが言った。
「誰か会いたい人がおるんちゃう?」
「会いたい人って…?」
「一人だけやで。サービスや。その紙に書いてリクエストし」
「死んだ人でも会えるんですか?」
神さまが呆れた顔をした。
「あたりまえや。ここは天国やで。死んだ人しかいてへんがな」
「誰でもいいんですか?」
「ジョン・レノンでも尾崎豊でもボブ・ディランでも誰でもオーケーや」
そう言いながら神さまは両手でギターを弾くしぐさをした。
きっとロックが好きなんだ。
(でもボブ・ディランはまだ死んでなかったと思う。)
私は考えた。
誰に会いたいだろう。
ちょっと考えてから、カントクの名前を書いた。
10年前に突然死んでしまったカントクの名前を。
神さまはその名前を見てちょっと黙り、
それから壁の受話器を取って誰かに電話した。
ほどなくドアがあいて、カントクが入ってきた。
きっとここではみんなヒマなんだと思う。
「なんだお前か」
まったく変わっていない。
なつかしかった。
カントクは私の隣に座ると、私のハイボールのグラスを勝手に取って飲んだ。
「なんか持ってきたか」
「・・・」
「なんかあるだろ、明太子とか」
「すみません、急だったもんで」
「それは何だ?」
カントクが目ざとく見つけたのは、カウンターの上に置いた私の焼肉弁当だ。
「よこせ」
うまそうに最後まで食べた。
食べ終わってから、神さまにハイボールを注文した。
「こいつにも一杯やってくれ」
私の分も頼んでくれた。
「1000円」
神さまは私にむかって手を差し出した。
「もうお金ないんですけど」
「しょうがないなあ、つけにしとくわ」
「神さまのくせにキッチリしてるなあ」
と言ったら、神さまは怪訝な顔をした。
「神さま?ぼくが?」
「違うんですか?」
神さまはぷっと吹き出した。
「ちゃうちゃう。ぼくは神さまとちゃうよー。
神さまは、」
そう言ってカントクのほうをちらっと見た。
「え、カントク?まさか!?」
「知らんかったん?
その人、神さまやで。ずっと前からそうやったんや。この天国に来る前から」
私はびっくりしてカントクを振り返った。
カントクはもうそこにはいなかった。
出演者情報:仁科貴 03-3478-3780 MMP

