田中真輝 2016年3月13日

tanaka

「葉桜」

        ストーリー 田中真輝
           出演 清水理沙

あなたは、桜が好きな人でした。
それも満開の桜ではなくて、花もあらかた散ってしまって、
若葉が出始めたような中途半端な桜。

ほら花が咲いた、ほら散ったと、かしましい人々を見下ろしながら、
桜は淡々と、しかし力強く命のサイクルを進めていく。
そんな桜の命の営みが見えるような、若葉の頃が好きなんだと、
あなたは言いましたね。
そんなあなたがいなくなって、もう何度目の春でしょう。
数えることも、もうやめてしまいました。

あの狂乱の日々のしばらくあと、あなたが行ってしまう前に、
最後に二人で見上げた葉桜を、わたしは今、一人で見上げています。
あなたのことを想いながら。

あれが起きたのはもう大昔のこと。
日本語では「技術的特異点」というのだと、あなたはわたしに教えてくれました。
「シンギュラリティ」。それは有史以来の人間の日々の延長線上に、
突如としてやってきました。まるで桜が満開になるように。
その日、コンピューターの知性は、ついに私たちの限界を越え、
そして一気に抜き去りました。
そこからは一気呵成。気がつけば、それはもう私達には理解の及ばない、
謎めいた存在になっていました。
神という人もいました。悪魔と言う人もいました。
人々の熱狂と混乱を見下ろしながら、それはやがて人間に静かに告げました。
あなたたちに永遠の命をあげましょう。
あとは好きなように生きればいい。
かつてコンピューターだったものは、今や人間のすべての情報を電子化し、
電子の世界で生かすことができるようになったと語りました。
そこには病気も死も別れも苦しみもないのだと。
究極の自由がそこにあるのだと、はがねの口で語りました。
はじめ、人々は懐疑的でしたが、死を直前に迎えた人々が
そちらの世界に移住し、そこにある自由と解放を語るに至って、
多くの人々が雪崩を打って電子の世界へと旅立っていきました。
こちらの世界に残った人々は、変人とみなされるようになりました。

あの春の日、家族とともに旅立つことに決めたわたしに、
あなたは言いましたね、
永遠に生きるなんてまっぴらだ。
僕は命の営みを手放したくない、たとえそれが死の苦しみに
彩られているとしても、と。
あなたは頑なでした。

そしてわたしは今、この箱庭のような世界で永遠に生き続けています。
いつ、どこ、といった概念を失って、
人々は、生きることの意味も失ってしまったようにもみえます。
皮肉なものですね。どれだけ生きてもいいと言われて、
生きる意味を失ってしまうなんて。
最近では、長い長い眠りに旅立つ人が増えていると聞きました。
それはもはや死と何が違うのでしょう。
死から解放されたはずなのに、死を望む。人間はほんとうに
ままならない生き物ですね。

近頃ずっと、わたしは、あなたと別れた17歳の姿で、
ここで散り続ける桜を眺めています。もうどのくらいここに
いるのかもわからなくなりました。

あなた。今、あなたがいるところにも桜は咲きますか。
あなたが好きだった、中途半端な葉桜がありますか。
あなたのいる場所と、わたしがいる場所は、
似ているような気がします。
そう、すぐそばに、あなたを感じることがあるんですよ。
そんな瞬間が恋しくて、わたしはここで、散り続ける桜を
眺め続けています。いつまでも、いつまでも。

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/


  

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田中真輝 2015年8月16日

1508tanaka

耳サラダ

       ストーリー 田中真輝(まさき)
          出演 遠藤守哉

みなさん、こんにちは。
耳で聞くサラダ、耳サラダの時間です。
今週もみなさんのお耳に、
フレッシュな素材の組み合わせが
奏でるハーモニーをお届け致します。

まずはそろそろ夏本番、この季節に
ふさわしい一皿をどうぞ。

プルシアンブルーシャングリラ
インディゴスリーパーパパラッチ
スカンジナビアンシークリーチャー

いかがでしょう。透明感の中にも
力強い陽射しの香ばしさを
感じて頂けたのではないでしょうか。

次は、和風の耳サラダ。
さっぱりとした瑞々しさから
濃厚でしっかりした味わいへの変化が
楽しめる一皿です。

過酸化水素水毘沙門天
伊藤一刀斎脱ダム宣言
環太平洋パートナシップ泥沼

いかがでしょう。
後味のかすかな苦みもまた格別、
といったところでしょうか。

最後は、通好みの熟成感と
弾けるようなスパイス。個性的な
耳サラダをお届けいたします。

墾田永年茶カテキン
ラーマーヤーナと棒状の鈍器
モホロビチッチ不連続面でじょんがら節ジョコビッチ

申し訳ございません。熟成素材の一部が
傷んで少々くどくなっていた可能性がございます。
ここにお詫び申し上げます。

さて、いかがでしたか、本日の耳サラダ。
時折思い出して口ずさんでみると、
その味わいが舌の先に蘇ってくる、
そんな楽しみ方もお試し頂ければ幸いです。
ちなみに私のお気に入りは、
伊藤一刀斎脱ダム宣言、でございます。
では、またの機会に。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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