
居酒屋あき
仕事帰り。私の居酒屋センサーがビビッと反応する。
お店の名前は「居酒屋あき」。シンプルな暖簾と店構えがいい。
居酒屋の引き戸をおそるおそる開ける。がらららら。
「あ、一人です」そう言いながら人差し指を3秒立てる。
そして無害で善良な人間ですよという顔をつくる。
断られたらすぐにUターンできるよう、ちょっと猫背で返事を待つ。
「カウンター席どうぞ。おひとり様用にハーフサイズができる
メニューもあるので聞いてくださいね」と丸顔の女性店主が
言ってくれた。はい、もうこの時点でいいお店です。
まずは瓶ビールを注文。「お通しはなめこおろしと銀杏が
選べるんですけど、どちらがいいですか?」と聞かれ
「なめ、銀杏でお願いします」と答えた。
迷ってるのバレバレで恥ずかしい。ほんとは両方食べたい。
A4サイズの白い紙に書かれたお品書きを右から読んでいく。
戻り鰹のたたき、茄子の煮びたし、里芋のそぼろあんかけ、
きのこのバター醤油炒め、鮭と三つ葉の炊き込みごはん、
さすが、秋の味覚が充実しているぞ居酒屋あき。
でも春夏秋冬の秋じゃなくて名前だろうなぁ居酒屋あき。
私以外のお客さんは三人。みなさん常連だろうか。
日本酒が好きで、あきさんの料理が好きで通っているのだろうと想像。
あ、この時点では女性店主があきさんだから「居酒屋あき」というのは
私の中でほぼほぼ確定していたんだけど、カウンターの一番奥にいる
いかにも常連、日本酒マニアっぽいおじちゃんが
「なっちゃん、お通しの銀杏もう一回ちょうだい」と言ったので驚いた。
たしかに言われてみれば、女性店主はなっちゃん顔だ。
なっちゃん顔で、あきちゃん顔ではない。しかしワンチャン、
あきなちゃんという可能性もあるかな〜と仮説パート2を
立てようとすると…「ともこさん、さんまのビリヤニください」
と後ろのテーブル席の女性が言った。ともこさん? ともこさん?
そうか、夏川ともこさんだ。それで、なっちゃん、かつ、ともこさん。
しかしあきはどうなる。
そして俄然気になるのは突然のビリヤニ。
お品書きにはビリヤニのビの字もないし、黒板や壁にもない。
私が左右や背後の壁を確認していると店主が言った。
「ビリヤニ好きですか?よろしければお客さまのぶんもお作りしますよ」
先ほどまで心に決めていた鮭と三つ葉の炊き込みごはんには
本当に申し訳ないが、私もさんまのビリヤニを食べることにした。
茄子や里芋をつつきながら、日本酒をちびちびと堪能。
そして、人生初のさんまのビリヤニとご対面。
「常温の山廃がきっと合いますよ」となっちゃん兼ともこさんに言われて
追加で注文。うん、全部おいしい。居酒屋あき、大当たり。
◇
お会計しながら「秋らしい料理、いっぱい食べられて最高でした」
と伝えると「なんせこのお店は居酒屋あきですからね〜」という返事。
チャンス到来。酔った頭で考えたたくさんの仮説が証明される時だ。
「居酒屋あきのあきは、春夏秋冬の秋、ではないですよね?」
「オーナーの名前があきおなんです。それで、居酒屋あき」
カウンター奥の男性が手をぶんぶん振る。「俺! 俺があきお!」
そっちかいと思いながら、手をパーにして振り返した。
指1本ではじまったあき物語が5本になったなぁと思いながら
引き戸を開けて店を出た。秋の心地よい夜風が頬を撫でた。
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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属
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