ストーリー

佐倉康彦 2008年2月22日



ゆびきり

               
ストーリー さくらやすひこ
出演  深浦加奈子

 
指の美しい男だな、と思った。
それ以外は、たぶん何の取り柄もない。
その男の心根は、
もう随分とすり切れ、薄汚れていたし、
その面相も、
おおむね醜男の範疇に入るだろう。
男は、
世の中に不満を持ち続け、
今の自分を呪い、
まわりに不平を垂れ流す。
それにもまして
始末に負えないのは、
心を斜めにしたまま
優しい言葉を
時折、投げつけては
人を傷つけることだった。
「でも、好きなんだ」
許せないひと言。
ニセモノで、
おしゃべりで、
浮気で、
偽善者で、
卑怯で、
欲情の奴隷で。
見下げ果てた男。
あたしも他人を
とやかく言えるほど
品行方正でもなければ
眉目秀麗でもない。
そんなことは
これまでイヤというほど思い知らされてきた。
裏切るし、
狡賢いし、
見栄坊だし、
毒を吐くし、
物見高いし。
性根が腐ったあたし。
それでも、
男よりは
この世の中で息をすることが
許されるのではないかと思えてくる。
被害者と被害者、
加害者と加害者。
こんなにもいびつで不完全で、
醜悪なふたつの塊が
もがきながら
ひとつに結びつこうとするキセキ。
崇高でも神聖でもない、不器用な奇跡。
「でも、好きなんだ」
繰り返された二度目の言葉も
その行き先を見失ったようで、
男の指先は、
虚空で小さくゆっくりと
ただ揺れている。
はじめから
不変の愛なんて
誓えるはずもないのに。
その証にあたしの小指を切るなんて
できるはずもないのに。
もう、「ゆびきり」なんて
できないこと
わかっているのに。
あたしの目の前で組まれている男の、
その両手の、 
絡み合った指から目が離せない。
指の美しい男だな、
あたしは、まだ思い続けている

*出演者情報 深浦加奈子

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小野田隆雄 2008年2月15日



ひなげし公園にて
          

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

 
それは、五月のことでした。

公園の日曜日は
ひなげしの中に
うづまっていました。
ときおり、
花びらが散りましたが、
高く舞いあがっていく、
すこし小さい花びらは、
それは、やはり、蝶々でした。
見あげると、あちらこちらに
けやきの木があって、
風が、その若葉の茂みに、
勝手に自分の通り道をつくり、
その中を、サラサラと走って、
青く晴れた空に
帰っていくのでした。

時が水のように流れていきます。
子供たちは、アイスクリームを食べて、
なかには、ノースリーブの
ワンピースの少女もいました。
風車(かざぐるま)を売るおじさんの自転車は、
いつものように、公園のすみに。
編物をするおばあさんは、
中央のベンチに。
そして、若者がひとり
花壇の前のベンチに、
ぼんやりと、もう
二時間もすわっています。

若者は、今年、大学生になりました。
昨夜、友人のちいさな部屋に
五人で雑魚寝をしました。
男子、さんにん、女子、ふたり。
安いお酒を飲み、歌をうたい、
楽しく騒いだあとでした。

それは今朝の
明け方に近い時刻でした。
窓の外で雀が鳴き、
彼が眼をあけたとき、
彼を見つめている視線がありました。
彼女の視線は、何かを
耐えているように、動かずに
彼をみつめていました。
ほかのひとびとは、
軽い寝息をたてています。
せまいアパートの畳の上、
彼が手をのばすと
同じように彼女の手ものびて、
ふたりの、のばしきった指が、
二、三本、触れることが出来ました。
畳のひんやりする感触の上で、
ふたりの指は熱く、
部屋のすみで、コチコチ鳴る
目覚まし時計の音が、
触れあっている指と指の、
ふたりのドキドキする脈搏と
重なっていく。けれど、
けれど、声を出すことも、
体を動かす余地も、
ふたりの置かれた関係では、
なすすべは、ありません。

その時、誰かが、
あっ、いま何時だろ、と言いました。
ふたりは、もういちど見つめあい、
指をからませたあと、
視線も指も離れていきました。
ゆっくりと、
行きすぎる舟のように。
もう、出会うこともないように。
たった、それだけのことでした。

でも、指が離れていくとき、
「今日の午後、
 ひなげし公園で…」
彼女のささやきを、
彼は聞いたかと思いました。
いいえ、聞きたかっただけ、
だったのかも知れません。

公園のチャイムが
五時をつげました。
今朝(けさ)のことを、
僕はいつまで、おぼえているだろうか。
と、若者は思いました。
五月が終れば、
木々の若葉は、重い緑になるのでしょう。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

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岩崎俊一 2008年2月8日



よっちん

                   
ストーリー  岩崎俊一
出演    仁科 貴

よっちんが東京に逃げたという話は、ヒデオから聞いた。

2日前、よっちんはけんか相手にケガをさせた。
木屋町通りを、恋人の今日子さんと歩いていたよっちんは、顔見知りの
3人連れの男にからまれ、今日子さんの肩に手をかけた男の顔面に思いき
りパンチを入れた。男は倒れ、気を失った。

よっちんは、僕より4つ上の24歳だった。もともとは、僕の大学の同
級生であるヒデオの遊び仲間だった。
京都の街なかで育ち、小さいころから男女のやりとりや、大人の酔態を
見てきたヒデオは、僕よりはるかに世間に通じていたけれど、その何歳も
年上で、高校を中退したあと、いろいろな世界を見てきたよっちんの成熟
度は、僕の想像をはるかに越えていた。
気性は激しいけれど、よっちんはやさしい男だった。インテリであり、
熱かった。義に感じて無茶ばかりやり、そのあげく損ばかりしてきた。高
校をやめたのも、職を転々としたのも、ケンカばかりしてきたのも。
うわべしか見ない人は、たぶん彼をチンピラと呼んでいただろう。でも、
よっちんは、チンピラとはまったく次元が違っていた。
そのよっちんが、
「わし、ほれた女できてん」
と照れながら話してくれたのは、一年前だった。シマちゃんも、シマち
ゃんの店の大将も、明石焼きのおばちゃんも、喫茶店のマスターも、ヒデ
オも、僕も、よっちんのためにとてもよろこんだ。
それからしばらくして、よっちんは仕事に就いた。前からやりたかった
インテリアの会社に入ったのだ。もともと好きなことであった上、頭がよ
くて情熱家のよっちんは、その会社ですぐ頭角をあらわした。恋人のため
に働く男は強いと思った。もう前のように一緒に遊べなくなったヒデオと
僕は、ちょっとさびしい思いもしたけれど。

よっちんが東京に逃げたのには理由がある。
2年前に、彼は、やはりケンカで傷害騒ぎを起こしていた。その時は大
事にならずにすんだのだが「次、あると、まちがいなく実刑だから」と警
察に強く釘をさされていたのだ。
一年間、東京に行く。待っててくれと言うよっちんに、昨夜、今日子さ
んは泣いて怒った。
「なんでケンカなんかするんや。あんたは、ケンカしたらあかんのや。
あんたは人をなぐってるつもりかしらんけど、あんたのそのげんこつはな、
うちをなぐってるんやで」

結局よっちんは、東京に2年いた。京都の会社の社長が紹介してくれた
内装関係の店で働き、一人前の職人として京都に戻り、もとの会社に勤め
た。そして3年後独立した。騒動の元になったけんかは、男のケガも大事
に至ることはなく、事件にならずに終息したらしい。
でも、京都に戻ったよっちんに、今日子さんはいなかった。
よっちんが東京に行った3ヶ月後、今日子さんに新しい恋人ができたと
ヒデオから聞いた。それを聞いて、なぜか僕はとても傷ついた。胸がどき
どきして、そして痛かった。
大人になることは大変だと思った。ただ恋人を失うのではない。腕の中
にあった恋人を失う痛手に、大人は耐えなければならないのだ。

出演者情報:仁科貴 03-3478-3780 MMP

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一倉宏 2008年2月1日



私の取扱説明書   (朗読バージョン)

                
ストーリー 一倉宏
出演  光野貴子

はじめに。
私の正しい取り扱いについて
次の警告や注意を必ずお守りください。

私の電源は愛情です。
フタマタ・タコ足は絶対にしないでください。

可燃物・危険物には近づけないでください。
アルコールはすこしなら飲用できます。

夏季(なつ)の閉め切った自動車内や
直射日光が当たる所
冷暖房器具の近くに長時間放置しないでください。
体調不良や絶交の原因となります。

湿気やホコリの多い所
振動の激しい所に置かないでください。
不機嫌になる場合があります。

ゴキブリやハエなど虫の侵入にご注意ください。
確実に絶叫の原因となります。

異常な音を出したり 変な臭いがした時には
知らないふりをしてください。
絶対に笑ったりしないでください。

雷にご注意ください。
雷が鳴りだしたら
すぐに安全なところに避難させてください。

留守にする場合は必ず連絡してください。
長期間にわたる留守の場合には
理由と居場所を明確にしてください。

どのような場合にも
決して乱暴に扱わないでください。
無理やり引っぱったり たたいたり
異物を入れたり 絶対にしないでください。

故障かなと思ったら。

私に異常が感じられたときは
とりあえず手を触れないでください。
やけどをする場合があります。
たいていの場合は
自動修正機能が働いてそのうちに回復します。
万が一症状が重いときには
お近くの私の親友に相談してください。

末長くお付き合いいただくために
日頃のお手入れと定期的なメンテナンスを
おすすめいたします。

ケンカした場合
補修の最低保証期間は
電話打ち切り後2日以内です。

私の製造年月日は
忘れないようにしてください。

他人への譲渡または貸与はできません。
この説明書は大切に保管してください。
LOVE ♡

*出演者情報 光野貴子 03-5571-0038 大沢事務所

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中山佐知子 2008年1月25日



あなたは人差し指と中指を
                      

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

                   
あなたはあなたの人差し指と中指を
付け根から僕に握らせた。
あなたの指はまっすぐに長く
僕の手の幅からふたつの爪がのぞく。
その指を僕は
はじめて玩具を持たされた子供のようにそっと握り
やがて力をくわえる。
それが合図のようにあなたは僕の手を振りほどくと
こんどは自分で僕の人差し指と中指を握った。
あなたの白い手から僕のふたつの爪が顔を出した。

ふたりの手は
爪の形をのぞくと双子のように似ていた。
僕たちは毎日それを儀式のように確かめ合い
お互いの変化を見逃さないようにした。

ひとつのポットに植えられたふた粒の種のように
僕たちはふたりでひとつの未来しかなかった。
つまり先に変化したものが生き延びて成長し
遅れたものは枯れてその養分になるのだった。

だから、ふたりの未来が決まる前に最初の雪が降ったとき
僕たちはお互いの指を握ることやめ
自分の指と指を組み合わせて
この生命が閉じる季節に感謝の言葉を捧げた。

春まで変化はやってこないと思われた。
草が枯れ、樹々が眠る冬になると
僕たちの体は、血液の流れがゆっくりになる。
新しい細胞は生まれにくく
カラダが変化することもないはずだった。

僕たちは指を握り合う儀式のかわりに
手をつなぐようになった。
あなたの指と指の谷間を僕の指で埋めることは
ふたりでひとつのことを祈るカタチだと思った。

その朝は、起き抜けから青空で
夜のうちにうっすらと積もった雪がポタポタと溶けていた。
樹々の枝が雨のように雫を降らし
ポタポタが音楽になって世界にあふれていた。

その朝の僕は
何度も深呼吸をして新しい空気を細胞に取り込むと
勝つために競技場へ向う選手のような晴れやかな気分で
あなたに片手を差し出した。

なのにあなたは僕の手をとらず
自分の人差し指と中指を付け根から僕に握らせた。
あなたの顔は少し青ざめ
あなたの爪は僕の手にすっぽり隠れた。

今日がその日だった。
この美しい日がその日だったんだとぼんやり思った。
それから僕は
あなたの未来を僕のものにするときは
あなたの躯の嫌いな部分も残すことはしないと約束をした。
それしか思いつくことができなかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

*携帯の動画は下記の画面で見られると思います。
5d914973583fa901d3ccc74f3d44f92e.3gp

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坂本和加 2008年1月18日



ソックモンキー ~ 靴下で作ったおさるの話

                  
ストーリー 坂本和加
出演 ぼくもとさきこ

ソックモンキーは、旅をする。
それは持ち主が、変わるということ。
他のおもちゃ仲間に言わせれば、
長く愛されつづける、うらやましいおもちゃ。
おもちゃだけど、プラスチックのおもちゃみたいに
壊れたらおしまいなのとは違う。
ソックモンキーはみんなふかふかで、
だっこするのにここちのいい身体に、長いしっぽと手足。
いでたちは、おさるさん。だけどぼくらは、靴下でつくられる。
だから、ソックスのさる、ソックモンキー。
ぬいぐるみのようだけど、ぬいぐるみとは、呼ばれない。
ぼくらは、ソックモンキーだから。

ぼくが生まれたのは、1977年。
最初の持ち主はヘーゼル色のきれいな目をした
ドイツ系アメリカ人の男の子で、12年をいっしょに過ごした。
旅立ちの日は、とつぜんやってきた。
彼はもうりっぱな青年で、ソックモンキーより
ガールフレンドと遊ぶことを好んだから。
それから、生まれ故郷のミルウォーキーの街を出て、
ぼくはこの30年間で、なんどか旅をした。
持ち主はそのたびに変わって、ぼくは今のところ、6つの名前をもらった。

ぼくらが持ち主に名前をもらうのは、仲間うちではごく普通のことだ。
だけど、たいていのおもちゃはそうじゃない。
ぼくらは、みんな違った顔をしているから、それぞれに名前が必要だし、
顔や姿形が個性的なのは、小さな子供たちの遊び相手として、
大人たちに手作りされるおもちゃだから。

いちばん最初のソックモンキーは、
どこからやってきたのかわからない、
だれが作り始めたのかもわからない。
だけど、子を思う母親たちの間で、人づてに広まって、
今なお、そのスタイルを変えずに愛され、
作り継がれるおもちゃを、ぼくは知らない。
ソックモンキーは、さいしょから深い愛情と愛着につつまれていて、
持ち主が捨てたくないって思うから、世界中を旅する、しあわせなおもちゃだ。

このお話は、ほんとうの物語。
たとえば、アメリカやヨーロッパのある街で、もちろん東京のどこかでも、
旅の途中のソックモンキーたちに、あなたも会えると思う。
ぼくらを見れば、すぐにソックモンキーだって、わかるはず。
かつて靴下だった「赤いかかと」が、口とおしりにあるはずだから。

*出演者情報:ぼくもとさきこ(ペンギンプルプルペイルパイルズ)

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