中山佐知子 2018年1月28日

彼女はイブ

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曳豪

彼女はイブ。
いまこの世界にはびこる人類の母。
彼女がなぜ北を目指したのか、
本当の理由はいまとなってはわからない。
いずれにしろイブとその一族は
故郷アフリカの北東の隅から紅海を渡り
アラビア半島に出て行った。

その当時、中東のあたりにはネアンデルタール人がたくさんいた。
背が高く、金髪で白い肌の彼らと
黒い髪に黒い肌のイブが出会ったときは
お互いにびっくりしたに違いない。
けれど、ネアンデルタール人は
食事にハーブを使い、怪我や病気を治す方法を知り、
宗教さえ持つ当時の文明人だった。
それがわかるとイブは積極的に彼らと交わり、
彼らの文化とDNAを取り込んでいった。

だから、また気候変動が起きて
さらに北へ旅することになったとき、
イブとその一族の肌はもう真っ黒ではなかった。
北で生きられる白い肌に変わっていた。

それからイブの一族は、狩りが得意な集団は獲物を追い、
魚や貝を獲るのが好きな連中は海沿いに移動をはじめた。
北のゴールはバイカル湖だった。
彼らはそこで旧石器時代最高峰の文化圏を築いた。

何万年という長い時間が過ぎていく間に、
数え切れないイブが生まれて死んだ。
イブは母だ。
一族が生き延びるために
優秀な遺伝子を残す交わりを求めた。
優れたマンモスハンター、武器や道具を作る名人、
美しいものを生み出すアーチスト。
そのための異種交配は当たり前だった。
ホビットのように小柄なフローレス人は火の扱いが巧みで
道具をつくるのがうまかった。
デニソワ人はその大柄な体に似合わず
素晴らしい装飾品を作ることができた。
イブはあらゆるDNAを貪欲に取り込んだ。

もう誰もいない。
ヒトに属するものはイブの種属をのぞいて
みんな死に絶えてしまった。
あの金髪の美しいネアンデルタール人も姿を消した。
それはもしかして彼女のせい、
彼女が持ち込んだ病原菌のせいかもしれない。
イブが生まれたのは亜熱帯のアフリカで
さまざまな病原菌の中で暮らしていた。
彼女には免疫があり、彼らにはなかった。

でも彼女はイブ。
彼女が生んだ子供たち、
これから生むこどもたちの体内には
彼女が交わったもの全てのDNAが保存されている。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2917年12月31日

成功の秘訣

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曳豪

「成功の秘訣」を手に入れた。
自己啓発の本などではない。アイテムだ。
さっそく「使う」のコマンドを試したが何も起こらなかった。
アイテムの中では、大事なものに分類されている。
そうか、お守りのようなものかと思った。

これは現実ではない。ゲームの中の話だ。
現実ならば何に使っていいのかわからないアイテムなど
捨ててしまったに違いない。
しかし、これはゲームの話だ。
ゲームの私は「成功の秘訣」を手にしてからツキがまわってきた。
戦闘でひどい目に遭うこともなく、レベルが上がった。
立ち寄ったカジノではスロットで大当たりを何度も出し、
ルーレットでも36倍のストレートアップが立て続けに来た。

私は金持ちになった。
カジノのコインをどんどん景品に換えて、
町の道具屋に売ったのだ。
そのうち町に定住し、同じように旅をやめた仲間を集めて
手広く商売をするようになった。

ゲームの私は世界の敵を倒すために旅をする勇者のはずだったが、
少しも強くならなかった。
雑魚敵に倒されては仲間の足を引っ張った。
私の周りから人は去り
せっかく貯めたゲームマネーも減る一方だった。

ところが商売をはじめると
あっという間に町が買えるほどの資金が貯まった。
人も集まってきた。

そのころからだったと思う。
「成功の秘訣」を買いたいという人が現実世界に現れたのだ。
ゲームのアイテムをリアルなマネーで取引する
RMTという言葉を私はこのときはじめて知った。
通常は多くのアイテムが数千円から数万円で取引されているが、
「成功の秘訣」はゼロの数がまるで違った。
よほどレアなアイテムだ。
もしかしたらバグが原因で突然発生した稀有なものかもしれない。
私は宝箱に鍵をかけて「成功の秘訣」をしまい込み、
増え続ける財産を消費するために難攻不落の要塞を築いた。
ゲームの私はすでに強大な力を得ていた。
いくつもの都市を支配下に置き、
世界を我がものにするのも夢ではなかった。

そんなとき、ひとりの若者があらわれた。
若者は私を倒して世界を救うと宣言した。
えっ何?そういうことだったの?
私は笑いが止まらなかった。
成功を極めると世界の敵になるのか。
なるほど、それは人生最大の発見だ。
私は大笑いに笑いながら
この若者をどうやって仲間にしようかと考えていた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2017年11月25日

マユミ

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

木枯らしが吹いた日の夕暮れに
マユミが暇乞いに来た。
毎年ほぼ同じ時期だ。
敷居際にぴたりと両手をついてお辞儀をし、
多少恨みがましい目つきでこちらを見て言う。

新しい人もおいでですから
この冬はさほどお寂しくはございませんでしょう。

この春に植えた山茶花のことだなと思い当たるが
面倒なので返事をしないでおくと
帯の間からハンカチを出してそっと目に当てている。

仕方がないので
この夏はお天気が悪くて苦労しただろうと慰めてやると、
いえ、雨が多くてラクでございましたと返事をする。
私は庭のマユミの多少ねじ曲がった幹や枝を思い出して、
姿がああだから気持ちも素直でないのだろうと考えた。

マユミは私がこの家に住む以前から庭にいた老木で、
他の木の領分にまで枝を広げている。
初夏に咲く花は地味で目立たないし、
多少ねじ曲がって育つ傾向はあるが
ニシキギ科の一族の特徴として
秋になると目にも鮮やかに紅葉する。
引っ越してきた最初の秋、
朝に晩にその紅葉を眺め楽しんでいたら
冬が始まる頃にマユミと称する女が暇乞いに来た。
それからは毎年のように来る。
庭には他に木もあるのに
なぜマユミだけが人の姿になるのかわからない。
人の名前のようだからというならば
藤やサツキはどうなのだ。
黒文字なぞは粋な姐さんに化けそうな気がするが
そういう気配はまったく見せない。
あくまでも樹木としての分を超えようとはしない。

マユミは、秋の葉の美しさを褒め、枝に下がる実を褒め、
ついにはあの地味な花まで褒めているうちは
いい気分のようだったが
近頃では褒め言葉も尽き果ててしまった上に
冬枯れの庭の寂しさについ山茶花を1本植えたのが、
このたびのマユミの拗ねた顔つきの原因らしい。

かけてやる言葉も見つからず、
玄関まで送るよ言って外に出ると、
人待ち顔で立っていた若い男がぺこりとお辞儀をし、
マユミが慌てて、「これはお隣の」と言う。
そういえばかねがねうちのマユミの紅葉に感心していたお隣さんが
梅雨前に植木屋を呼んでマユミの若木を植えたのだ。
マユミはイチョウと同じく雄株雌株があるが
さてはお隣さんの庭のマユミは雄株だったかと思う。

連れ立ってというよりは
まだ主従関係のような後ろ姿だが、
何にしろうちのマユミに道連れができたのはありがたい。
うまくいってくれればいいがと見送って庭に戻ると
山茶花が赤い蕾をつけて
春までの楽しみを約束してくれていた。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2017年10月29日

旅をする魔法使いと

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

旅をする魔法使いと出会った。
魔法使いは、若い頃にかけた魔法を「調整」するために
旅をしていると言った。
魔法を調整?
すると魔法使いは、
「例えば水に不自由している国に与えた井戸を枯らすのも調整だ」と答えた。

水のない国に井戸を与える。
すると誰かがその井戸の権利を主張し、
水を汲む人々から代金を取り立てることがある。
「そんな井戸は枯らしてしまうのさ」と魔法使いは言う。
井戸を枯らして、今度は水脈を見つける方法を教える。
みんなで探してみんなで掘った井戸はみんなのものだからな。

魔法使いが若いとき、
悲しみに沈んだ国へ行った。
土地は痩せ、耕しても収穫は少なく
育たずに死ぬ子供も多かった。
情深い王さまはそれを見るに堪えず
この国から悲しみを取り去るよう魔法使いに頼んだ。
それはあっという間だったそうだ。
泣きながら畑で働いていた国民は笑うようになり
子供が飢えて死んでも涙を流す母はいなくなった。
子供たちは世話をしているヤギが死んでも
明るく笑うだけだった。

どうにもまずいことをしたものだと魔法使いは思ったが、
いったんかけた魔法は取り消しができない。
しかも悲しみを与える魔法はあっても
悲しむことを思い出させる魔法はないのだった。

その国の悪い評判を聞くたびに
魔法使いの心はチクチクと痛んだ。
しかし、やっといまになって、と魔法使いは言った。
「やっといまになって思いついた方法がある」
そう言って魔法使いはポケットから小さな瓶を取り出した。

この瓶の中身は酒だ。
酒は何からでもつくれる。
穀物、芋、果物。蜂蜜に水を混ぜても勝手に酒になる。
あの国に酒のつくりかたを教えようと思う。

それを聞いて私は首を傾げた。
酒は悲しいことを忘れるためにあると思っていましたが…
すると魔法使いはニヤッと笑った。

その通りだ。でも考えてもごらん。
忘れるためには思い出さないといけないじゃないか。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2017年8月27日

nakayama1708

天の川

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

むかし天武天皇が壬申の乱の戦に勝利したことを感謝し、
吉野の奥の山の麓に社を建てた。
社には伊勢の荒祭宮の瀬織津姫を祀り
その社の名を天安河(あまのやすのかわ)の宮と申し上げた。
すると付近を流れる熊野川の源流は天ノ川(てんのかわ)と呼ばれ、
ここに地上の天の川が出現したのである。

天ノ川(てんのかわ)は深い谷を穿って蛇行し、
地表に湧く泉の水、崖から落ちる滝の水を集めて流れた。
人が住まない秘境であり、聖地であるゆえに
水は一度も人の手が触れたことがなく
これ以上ない清浄な水だった。
天安河の宮の瀬織津姫は水の神であり、
穢れを祓い浄める神だったのである。

吉野から熊野に至る大峰山脈の稜線を
龍の背中を渡るようにして歩く修行者たちは
この土地に来ては
夏冬変わらぬ水温10°Cの湧き水で身を浄めた。

やがて修行者のための宿ができ、村になった。
空海が籠り、道長が参詣し、西行は歌を詠み、
南朝の帝が隠れ住んだ。
たどり着くだけでも容易ではない山奥のそのまた奥の天ノ川は、
不思議とそのときどきの権力宗教と結びつく。

なぜだろうと考えたことがある。
天武天皇は再起をはかってこの地へ来た。
道長は政権争いの渦中にあった。
西行は世を捨てて生まれ変わった。
もしかして、この水はリセットの水なのか。

夜空を横切る天の川を盥の水に映して眺めれば
盥の大きさの宇宙ができる。
地上の天の川、天ノ川(てんのかわ)は盥に映した宇宙、
縮小された宇宙。
だから人はその川の水で禊ぎをおこないリセットをしたのか。

それを思うとき、1000年の昔の科学の暗がりの
美しさと心地よさに触れた気がする。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2017年7月23日

170723naka

あかあかや

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

コロコロとかわいい鳴き声がカジカ、
それに較べると
ヒグラシは歯ぎしりだと茶店のおばちゃんがかわいい声で言う。

ここは京都の北西にある山の中だが
名所といわれる三つの寺があるおかげで
谷川に沿った道には足を休める茶店があるし、
鮎を食べさせる料理屋もある。

湿気がまとわりつくような暑い日で
茶店でラムネを飲んでもちっとも涼しくならないが
川から聞こえるカジカの声が
わずかな風を呼んでいるように思える。

あのお寺さんは、と、おばちゃんは
いちばん小さな寺の噂をはじめた。
前の住職さんが亡くなって、
後継ぎの住職さんは副業で学校の先生してはって
それから明け六つの鐘の鳴る時間が遅うなりました。

なるほど。
名所の寺とはいえ近ごろの事情というものがあるようだった。

ところで、「あかあかや」って知ってますか、と
おばちゃんに尋ねてみた。
おばちゃんは、カジカみたいな歌どっしゃろと言って
明恵(みょうえ)上人の歌を詠じてくれた。
 あかあかや あかあかあかや あかあかや
 あかあかあかや あかあかや月

なるほど。
おばちゃんのかわいい声で
「あかあかや」と同じ音の繰り返しを読むと
カジカのように聞こえなくもない。

「あかあかや」の歌を詠んだ明恵上人は
このあたりでも観光客が多い寺の開祖で、
その寺のおかげで商売をする茶店ならば
有名な歌のひとつも覚えて客の相手をするのだろうと思った。

 あかあかや あかあかあかや あかあかや
 あかあかあかや あかあかや月

そういえば「あかあかや」の寺ができた頃の日本の家は
屋根と床と柱のみで壁というものがなかった。
暑さも寒さも光も風も、
カジカの声もそのまま受け入れる家だった。
居ながらにして月の明るさを知ることもできた。

日本人はいつの頃から
夜になると雨戸を閉めて玄関に鍵をかけ
月の光を締め出すようになったのだろう。
この国の人間の弱体化がわかったつもりになった。
自分も含めての話だ。

コロコロとカジカが鳴いて
カナカナとヒグラシが唱和する。
山は日暮れが早い。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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