中山佐知子 2018年11月25日「三人の未亡人が」

三人の未亡人が

    ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

三人の未亡人が落ち葉を掃いている。

そこは片側に六軒づつ家が並ぶ坂道で
未亡人通りと呼ばれている。
もちろん正式な名前ではないし、
古い地元の人しかその名前を知らない。

未亡人通りと呼ばれるだけに
多いときは5人の未亡人がいた。
6軒と6軒で12軒、
奥まった家を入れても15軒で5人というのは
未亡人率がかなり高い。

いちばんしっかりものの未亡人はもと学校の先生で
戦争でご主人を亡くした。
年金のほかに戦没者の遺族がもらえる恩給があって
暮し向きの心配もせずに済み、
80歳を過ぎても毎朝元気にプールに通っている。
ただひとつ寂しいのは
結婚した娘がスウェーデンに行ってしまったことだ。

そのお向かいに住む未亡人は
いつも笑顔のおっとりとした人だが
人の話を正しく聞いて間違いがない。
なのに、なぜ
あんな早とちりばかりする息子ができたのだろうと、
これはご近所の噂である。

三人めの未亡人はもとオペラ歌手で、
若い頃は海外公演にもよく行ったらしい。
お天気のいい朝は
ソプラノの発声練習が聞こえることもある。
三人の中ではいちばんお出かけが多く、
白髪のおかっぱに赤いセーターがよく似合う。
ある日、この未亡人がいつも使っている箒と塵取りが
道端に置いたままになっていて
掃除の最中に気分でも悪くなったのかと
ご近所さんが集まってヒソヒソと心配したことがあった。
けれども、インターホンからはけろっとした元気な声が聞こえ、
はやまって救急車を呼ばなくてよかったと
みんなでホッとしたそうだ。
箒と塵取りがなぜ道端にあったかは謎のままである。

桜の葉、梅の葉、ハナミズキに木蓮、アブラチャン。
ケヤキの葉は少し離れた佐藤さんのお屋敷から飛んでくる。
イチョウの黄色い葉はさらに遠くの公園からだ。

三人の未亡人が落ち葉を掃いている。

おっとりした未亡人の息子は
また早とちりしてご近所の家の奥さんを怒鳴りつけ、
未亡人に叱られて謝りに行った。
しっかりものの未亡人の娘は1か月の予定でもうすぐ帰国する。
オペラ歌手の未亡人はホームパーティの案内状に
「駅を降りたら地元のタクシーに乗って、
お化け屋敷通りから未亡人通りに入ってください」と
道案内を書いた。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2018年10月28日「欲望という名の電車に乗って」

欲望という名の電車に乗って

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

「欲望という名の電車に乗って墓場に乗り換え…」
というセリフから始まるテネシー・ウイリアムズの戯曲は
ニューオリンズを舞台にしている。
「欲望ストリート」という道路が本当にあって
そこを走る電車の表示板に「欲望」と記されていた。
テネシー・ウイリアムズがこの戯曲を書いた頃は電車だったが
蒸気で走ったりロバが牽いた時代もあったそうだ。

ニューオリンズはその土地の70%が海抜0メートル地帯で
まわりを湿地に囲まれている。
だいたいがジメジメと暑い気候で嫌な臭いもする。
3センチ足らずの雨が降ると水害が起きる。
台風が来ようものならえらいことになる。
昔は夏が来ると疫病が流行り、湿った墓場と呼ばれた。
過去1年以内に移住したアメリカ人の3分の1が死んだ年があった。
ヨーロッパから来た人々がほとんど死んだ夏もあった。

あまりに死が身近にあったので
ニューオリンズでは、死ぬことは生きることからの解放と
考えるようになった。
低賃金の生活苦から解放され、疫病の心配からも解放され
死んでめたしめでたしというわけだ。

葬式はだんだん盛大になった。
ジャズを演奏しながらパレードをする。
まるでカーニバルだ。
その一方で、死人を埋葬しても洪水になるとプカプカ浮かんで
どこかへ流されてしまったりもした。
まあ、仕方がない。そういう町なのだ。

「欲望という名の電車」には
メキシコ人の花売りが登場する。
Flores. Flores. Flores para los muertos
フロレス パラ ロス モエタス
死者に手向けるお花はいかが。

そのスペイン語を聞くと、
ニューオリンズはメキシコ人が母国語で商売ができるくらい
移民が多いのだなと思う。

ところで、
メキシコの死者に捧げる花はマリーゴールドで
死者を導く花といわれる。
コスモスと同じキク科の花で、コスモスと共にメキシコ原産だが、
ニューオリンズの花売りが売るのはけばけばしい造花だ。

Flores para los muertos
Flores para los muertos

低所得者が住むこの区画では
本物の花を買う余裕のある人がいないのかもしれない。
ニューオリンズの狂気のような暑さが
花を枯らしてしまうのかもしれない。

Flores para los muertos

欲望という電車に乗って墓場に乗り換え天国通りに行くと
テネシー・ウイリアムズが戯曲を執筆した家があるそうだ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2018年9月23日「その馬は星を眺める (2018)」

その馬は星を眺める
            ストーリー 中山佐知子
               出演 遠藤守哉

その馬は星を眺めるのが好きだった。
たぶん故郷の草原を思い出すからだろう。
馬の故郷ははるか西のキルギスに近い草原で
遠い地平線を見渡すことができたし
西に沈む星に向かってどこまでも駆けることができた。

馬が連れて来られた洛陽の都には草原がなかった。
地平線がどこにあるのかもわからなかった。
星は大きな建物のてっぺんにぶら下がっていた。

その馬は一日千里を走った。
二世紀の中国で千里といえばおよそ400kmだ。
その能力の高さゆえに馬はときの権力者への贈りものにされたのだったが
馬としてはそんな人間を背中に乗せるつもりは毛頭なかった。
そこで最初の持ち主はこの言うことをきかない馬をある武将に与えた。

その武将は強かったが、義に疎く節操がなく裏切りを繰り返した。
ある意味ではとてつもなく自由でありその奔放さが馬と似ていた。
馬は呂布というその武将を乗せて戦場に出向くようになった。
壕(ほり)を飛び越え、城に攻め入って敵を蹴散らすのは面白い、と
馬は思った。

やがて呂布が死に、馬は呂布を殺した男の手に渡った。
男は知謀に優れていたが少々冷酷でもあった。
馬はその男を嫌って大暴れに暴れた。
それから馬は自分の首にあたたかい手が置かれているのに気づいた。
なるほど、自分はまた誰かに譲られたのだ、こんどはどんな奴だろう。
馬はしみるような笑顔で自分を撫でている髭面の武将を見返した。

そのあたたかい手をした髭の武将は名を関羽といった。
信義に厚く部下にやさしいと噂されていた。
また馬術にも秀で
混み合った戦場でも草原と同じように自在に馬を走らせた。
恐れを知らず勇猛に敵を攻めたが
そんなときでも馬をいたわり、危険な目に遭わせることがなかった。

馬はもう星を眺めなくなっていた。
馬はどこにでも草原をつくりだす関羽の手綱に喜んで従い
また、その日の戦いが終わってから自分を撫でる手のぬくもりが
待ち遠しいと思うようになった。

このとき関羽は曹操のもとにあり将軍として仕えていたが
一生の友情と忠誠を誓った相手はほかにいた。
馬が草原をなつかしんだように
関羽もまた慕わしく思う人がいたのだ。
そしてその日、関羽は馬とともに目指す人のもとへ走った。
もし追われても、この馬に追いつけるものはいない。
一日千里を走るこの馬に勝てる馬はいない。
叫びたいほどの開放感が全身を貫き、関羽は馬の背で何度も踊り上がった。

馬もうれしかった。
背中に乗せた人間の喜びが真実自分の喜びだと思えるのがうれしかった。
馬と人はひとつの生き物のように星空の下を走りに走った。

この馬の名前は赤い兎と書いて赤兎(せきと)といった。
やがて関羽が死んだあと、
赤兎は絶食し自ら命を絶ったと伝えられている。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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中山佐知子 2018年9月9日「夜鴉(2018)」

夜鴉

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曳豪

夜鴉はゴイサギだということを僕は図鑑で知った。
祖母のいる田舎の家で蛍を追っていると
暗闇の向こうで奇妙な声が聞こえることがあった。
祖母はそれを夜鴉という鳥だと僕に教え
僕はその不吉な名前におびえた。

夜鴉はゴイサギだ。
知ってしまえば怖がる理由もないと父は言って
僕に鳥の図鑑をくれた。

僕はその年の夏休みのほとんどを祖母の家で暮らしていた。
父は仕事で忙しかったし
母はなめらかな皮膚と黒い髪を持っていたけれど
この星の人ではなく
あきらかに去年より凶暴だった。

小学校の学年が上がるに連れて母は僕を攻撃するようになっていた。
学校で国語や理科の時間を終えて
放課後に鉄棒を3回ほどまわって家に帰ると
水を一杯飲まないうちに母の手が僕をつかんだ。
頭を撫でるかわりに髪をひっぱり
抱き寄せるかわりに突き飛ばし、平手で打った。
理不尽な言葉を吐き出しては投げつけてきた。

僕は母に打たれる原因がどうしてもわからなかった。
どんな僕になったら母の攻撃が止むのかがわからなかった。
母の暴力は日課になり、僕を痛めつけた。
母は僕の敵だった。
敵だと思うことで、僕は自分を強くしていられた。

それでももしかしたら、と僕は考えたことがある。
母の生まれた星ではこうして子供をかわいがるのかもしれない。
それから、あわててそんな考えをやめた。
敵の事情を知ることは自分を弱くすることになる。
宇宙人の図鑑がどこにもなくてよかった。

僕が小学生だったその年の夏
さらさらと流れる川の音を伴奏に
朝は鳥が鳴き、昼間は虫の声が聞こえ
夜は蛍が飛ぶ単純な時間の区切りのなかで
僕は久しぶりに子供らしい日々を過ごしていた。
電話さえ滅多に鳴ることがなかった。

そこに父が来た。
父は、母が星に帰ることになったと僕に言った。
数日後、母が来た。
母は僕の知らない人たちと一緒に来て
僕を見るなり飛びかかろうとした。
それからむりやりクルマに乗せられて
おおんおおんという奇妙な鳴き声をあげながら去って行った。

その晩、僕が蛍を見に行くと田圃に夜鴉がいた。
図鑑によると夜鴉はゴイサギで、
ゴイサギは灰色の翼をたたんで田圃の杭に止まっていた。
近づいても逃げようとせず、片方の目で僕を長い間にらみ
それから、勝ち誇った声で一度だけ鳴くと
バサバサと大きな羽音を残して暗い空に飛んだ。

ゴイサギはやっぱり夜鴉だと僕は思った。
図鑑でどれだけ知識を得ても
どんな名前で呼んでも夜鴉はやっぱり夜鴉で
夜鴉の目は最後に母を見た僕の目に似ている気がした。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2018年8月26日

三国街道は中山道の

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

三国街道は中山道の高崎から分岐し
北陸街道の寺泊に至る道である。

江戸時代後期の戯作者、山東京山が
三国峠を越えて浅貝の宿場に宿を取り
そこからさらに二居嶺(ふたいとうげ)を越えて
三俣という山の宿場に泊まった。
平坦な道はひとつもなく、登り降りの激しい道で、
三俣からは芝原嶺を下って湯沢を目指していた。
いまでいう新潟県南魚沼郡の山の中である。
土用も近い夏のことで、
山を下るにつれて暑さも激しく
汗を拭き拭きふと見ると道の向こうに茶店が見えた。

地獄に仏とばかりよろめく足で駆け込むと
深さ15センチほどの箱に
雪でできた氷を入れてあった。
茶店の親父に勧められるままにそれを頼むと
包丁でさらさらと氷を削り
きな粉をかけて出してくれた。
おかわりをして、今度は手持ちの砂糖をかけた。
ひんやりと暑さを忘れた。

このあたりは、初雪から200日あまりも雪に埋もれる。
冬の雪は家より高く積もり、
春になるとその雪が石のように固まる。
夏のいちばん暑いさかりでも
日が当たらない山の陰や谷間では雪が消えることがない。

この時代
冬に蓄えた氷を真夏に手にすることができるのは
都の帝か江戸の将軍さまか
また、そのお裾分けにあずかれる家臣だろうか。
清少納言の枕草子、藤原定家の明月記にも
貴重な真夏の氷が出てくるが、
汗をかきながら峠を下って
山陰の消え残った雪の氷を食べる涼しさは
尊い人々には決して味わえない快感だったろうと思う。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2018年7月22日

クロムイエロー

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

窓の外で挨拶を交わす声で目が覚めた。
この町では音の響きが鋭く明るく、屈託がない。
音は石の家と石を畳んだ道路にはじかれて
まっすぐに空へ昇っていく。

この明るさだ、と彼は思う。
アルルの街は希望そのものだった。
乾いた夏とあたたかい冬、黄金色に輝く麦畑、
色とりどりの果実が実る果樹園を彼は愛した。
プロヴァンスの透明な光を彼は愛した。
できればこの光を、太陽の光を絵に取り込みたかった。
そのための絵の具も考えてあった。

クロムイエローがその色の名前であり絵の具の名前だった。
クロムイエローは黄金から輝きだけを取り去ったような色だった。
鮮烈で明るく、濃厚で、一度見たら忘れられない。
彼はその絵の具を使って黄金色の麦畑を描き、太陽を描き
ガス灯に照らされたカフェテラスを描いた。
花瓶に挿したひまわりを描いた。
彼は黒猫を描く際にも
クロムイエローにブルーを混ぜ合わせて色をつくった。

彼がクロムイエローに喜びを見いだしたアルル時代から
亡くなるまでの2年余りで描いた絵は400点近くになり
それは彼の油絵のおよそ半分を占める。

ところが、クロムイエローは六価クロムと鉛を含み、
人体に害を与えるが、実はそれだけではなかった。

21世紀になって、4カ国から集められた専門家チームが
彼の「ひまわり」の絵が変色している理由を調べはじめた。
まず当時の絵の具を取り寄せ紫外線を当てた。
さらにアムステルダム美術館所蔵のふたつの絵から
絵の具の粒子を採取し、加速器にかけてみると
クロムイエローの化学変化が認められた。
クロムイエローは太陽光線に含まれる紫外線で
褐色に変化してしまうのだった。

彼はプロヴァンスの光を愛し
アルルの街を愛したが
アルルの人々は彼を気違いと呼んで石を投げた。

彼が、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホがアルルで描いた
クロムイエローの麦畑も太陽もひまわりも
やがて褐色に変わって滅びていくのだ。



出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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