中山佐知子 2019年10月27日「麦畑」(リバイバル)

麦畑

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

あたり一面の麦畑だったな。
ところどころに背の低い柳の木があった。

その細い一本道を
馬と一緒に行軍しているときだったな。
耳元でバリバリと音がしたかと思ったら
馬とおまえが血を流して倒れていたんだよ。

麦畑なんて
隠れるところもないもんだから
何十頭の馬はみんな撃たれて死んで
兵隊もずいぶん死んで
威張ってた連隊長も死んだけど、おまえも死んだ。

それから
知らない間に戦争が終わって
知らない国に置き去りにされて
それでもなんとか船に乗って帰って来たら
村の麦畑は石ころだらけで土もボロボロになっていた。

これはきっと
知らない国の麦畑で鉄砲を撃ち合って
死んだ馬とおまえを置き去りにした報いだと思ったんだ。

それから
石をどけ、麦をつくり、麦わらを鋤きこんで土を肥やして
三年たったら、麦の穂は重く実り
麦わらはお日さまにつやつやと輝くいい色になった。

その麦わらを水につけると柔らかくなる。
やわらかくなったら帽子が編める。

かぶるとだぶだぶの麦わら帽子。
大きくて、風が吹くとすぐに飛ばされて
狭いところでは邪魔になって
帽子のなかでいちばん戦争に向いていない麦わら帽子。

どこにもいかず
ずっと麦わら帽子をかぶって働いていればよかったな。
戦争になんか行かなきゃよかったな。

麦わら帽子を編んでいると
おまえが死んだ麦畑を思い出す。
踏み荒らされた麦畑、
機関銃の弾や人や馬の死体でいっぱいだった
あの麦畑はいまも麦畑なんだろうか。
誰かが世話をして、いい麦がとれて
残った麦わらで麦わら帽子を編んでいるだろうか。

そうだといいなあ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2019年9月29日「コロンブスの手紙」

コロンブスの手紙

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

2010年のことだった。
ある稀覯本の専門家がバチカン図書館収蔵の
コロンブスの手紙を見て首をかしげた。
「これは本物だろうか?」

ここで言うコロンブスの手紙とは
1493年に新大陸から帰ったコロンブスが
スペインの国王と女王に出したものだ。
手紙はもともとスペイン語で書かれていたが、
次の航海の資金集めに役立てるために
ラテン語に翻訳し、15部の印刷物をつくって
ヨーロッパ各国の宮廷に送ったその一通を
バチカン図書館が所蔵していたのである。

複製とはいえ500年以上も昔の貴重な資料で
誰でも自由に手に取れるものではなかった。
誰が、いつ、すり替えたのだろう。
そして巧妙な偽物をこしらえたのは誰だろう。
何年にもわたる調査が続いた。

2018年、アメリカのコレクターの遺産の中から
それは発見された。
コレクターは2004年にコロンブスの手紙を
87万5千ドルで買い取っていたそうだ。
コロンブスの手紙はバチカンに返還されたが、
盗難品を返すのは当然のこととはいえ、
亡くなった夫の形見であり、
しかも100万ドル以上の価値に跳ね上がっている手紙の返却は
未亡人にとってつらいものであったろうと思われた。

さて、この事件が解決を見る前の2016年、
アメリカ合衆国の議会図書館からコロンブスの手紙が
フィレンツェのリッカルディアーナ図書館に返還された。
またコロンブスか?またコロンブスだった。
バチカンと同じ2010年に偽物説が浮上して
これもまた数年にわたる調査の結果、
本物はニューヨークの書店が入手し、
オークションにかけられ、
最終的にアメリカ合衆国議会図書館に寄付されていたことが
判明したのだ。

さらにあまり大きなニュースにはならなかったが、
バチカンと同じ2018年、アメリカ合衆国政府は
バルセロナのカタルーニャ図書館に
コロンブスの手紙を返還している。

コロンブスの手紙はなぜ盗まれるのだろう。
なぜコロンブスなのだろう。

完全なオリジナル、つまりコロンブス直筆のスペイン語の手紙は
現在ニューヨーク公共図書館にあるらしい。
我々が手に取ることもできない貴重な文献には謎が多く、
「ある」とは言い切れないので「あるらしい」と言っておく。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2019年8月25日「18時20分に出た火は」

18時20分に出た火は

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

18時20分に出た火は屋根に広がり
19時53分には高さ96メートルの塔の先端が
炎に呑み込まれて崩れ落ちた。
リラの花咲く春のパリでの出来事だ。
火が出たのは800年の歴史を持つ
ノートルダム大聖堂だった。

20時8分、屋根が焼け落ちた。
20時42分、太陽が沈むと
骨格だけになった屋根が炎にライトアップされ
その全貌をさらした。

消火活動は火事の拡大を阻止することと
文化財の保護に限らざるを得なかった。
たとえば空中消火の手段を使って空から何トンもの水を落とすと
建物全体が崩落しかねないからだ。
消防車の他に消防船も出動し、
建物の強さと水圧を計算しながらセーヌ川の水をかけていた。

火事の火は赤く、ときにはオレンジに輝き
またピンクや紫になった。
炎のありとあらゆる色が集まったかのようだった。
それは爆撃のようでもあり、花火のようにも見えた。

集まって火事を見守る市民の中から最初の歌声が聞こえた。
ボーイソプラノだった。
歌詞からアヴェマリアという言葉が聞き取れた。
そうだ、この大聖堂の名前はノートル・ダム。
その意味は我らが貴婦人という
聖母マリアをあらわす言葉だと気づいた。
歌はやがて大勢のコーラスになった。
指揮をする人とともに歌うコーラス隊もあらわれた。
祈っていた人も泣いていた人も
いっとき歌に加わった。
パリはこうして燃え上がる聖母マリアを見守っていた。

火災発生からおよそ9時間経った午前3時半、
火事はほぼおさまったと発表があった。

中心部の屋根は燃えてしまったが
正面の部分と北の塔は残り
文化財のほとんどが無事と報道された。
燃えた屋根の30メートル下で飼育されていた
18万匹のミツバチも
火事のときはうまく退避したらしく
無事に巣箱に戻った。

あのとき市民がうたった歌のなかで
ひとつだけ聞き覚えがある歌があった。
フランスの修道士が作曲した教会音楽で
聖母マリアを祝福する歌だった。
その歌の最後は
「アーメンアーメン、ハレルヤ」と
いつも通り締めくくられている。

火事が消えた朝、夜明け前から鳥が賑やかに鳴いた。
やがてバラ色の夜明けが来ても
放水はまだ続いていた。
             

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2019年7月28日「信じてはいけない」

信じてはいけない

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

信じてはいけない伝承がある。

「晴れた日には津波は来ない。」
「寒い時期に津波は来ない。」
「冬の晴れた日に津波は来ない。」
「強い揺れがあったとき津波は来ない。」
「日本海側に津波は来ない。」

こんな言い伝えには何の根拠もない。」

「津波はお節句の日に来る。」
いやいや、節句の日に来たのは2回だけだ。

「津波の前には井戸の水が引く。」
それを見に行って逃げ遅れた人もいる。

「地震から津波までにはご飯を炊く時間がある」
こんな言い伝えのあった地域は
1944年の津波で
1200人を超える死者行方不明者を出した。

津波を経験した人は
津波を理解し、記憶し、伝えようとする。
しかし津波は原因も性質もひとつではない。
1917年カナダのハリファックスでは
船の爆発で津波が起き、港町が流されたし、
1958年アラスカのリツヤ湾では山の斜面が崩れて
高さ524メートルの津波が起きている。

信じてはいけない伝承がある。

旧約聖書の詩篇第104章には
洪水の後で神が世界を再生させる様子が描かれている。

水は退き、山は立ち上がり
谷は定めの場所に沈んだ。
神は水の境を示され
水がそれを越えないようにされた。
水が再び地を覆うことのないようにされた。

信じてはいけない伝承がある。
「水はここまで来ない」というのがいちばん危険だ。

水は高層ビルよりも高く立ち上がり
ジェット機の速度でいつでもあなたを襲う。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2019年6月23日「道の長手」

道の長手

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ天の火もがも

この歌を万葉集に残したのは
狭野茅上娘子という人で、(さののちがみのおとめ)
8世紀奈良時代真ん中へんの宮中に仕える女官だった。
宮中に仕えるといっても下っ端の方で
掃除なんぞをする天皇家の女中さんのようなものだ。
ついでに言うと
狭野茅上娘子と言う名前も単なる呼び名で本名ではない。
この頃の女の人はむやみと名前を明かさない。
名前を教えることはすなわち
「私をまるごとあげるわ」という意味だったので
名前を知っているのは両親と配偶者くらいだった。
ちなみに紫式部も清少納言も
いまだに本名がわかっていない。

さて、この狭野茅上娘子、
面倒なので茅上ちゃんと呼ばせてもらうが
茅上ちゃんが恋をした。
相手は中臣宅守という下級官僚だった。
お似合いといえばお似合いだが、問題がひとつあった。
恋が成就した途端にヤカモリくんが流罪になってしまったのだ。

どういう罪に問われたのかがわからない。
ヤカモリくんのケンカが原因だという説もあるし
ヤカモリくんにはすでに妻がいたのがまずかったという話もある。
それから、そもそも宮中に仕える女性は
天皇以外の男と自由恋愛をするなよという問題もあった。

もっとも、当時のミカドは聖武天皇、皇后は光明皇后で、
皇后の両親は藤原不比等に橘美千代だ。
こんな恐ろしい嫁と嫁の実家があるのに
ミカドが女中に手を出すとは考えにくいが
だからと言ってヤカモリくんが出していいものではなかったようだ。
ヤカモリくんはあえなく流罪。
いまの福井県あたりで謹慎することになった。

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ 天の火もがも

あらためて歌の説明をすると、こんな意味になる。
ヤカモリくんが旅する長い道を手繰り寄せてたたんで丸めて
燃やす火が欲しいんだけど。

茅上ちゃんはせっせとヤカモリくんを思う歌を詠み、
ヤカモリくんもそれに応えた。
ふたりの歌は63首も万葉集に収録されているが、
茅上ちゃんの気の強そうな歌を見ていると
ある意思が伝わってくるような気がする。

ヤカモリくんは私のものだからね。
誰も手を出すんじゃないわよっ!

茅上ちゃんは堂々と世間に向かってそう宣言しているのである。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2019年5月26日 つながれ只見線

つながれ、只見線

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

只見線は車窓からの景色が世界有数の美しさと言われる
ローカル線だ。
福島県の会津若松駅から新潟県魚沼市の小出駅まで、
そのほとんどが只見川に沿って走り
日本のふるさとの原点のような山の景色、川の景色が
展開されていく。

会津若松と小出の間には34の駅があるが、
そのほとんどが無人駅で
駅らしき建物もなく、山の中、あるいは川のそば、
あるいは畑の真ん中にホームがポツンとあるだけだ。
なかには秘境駅のランキングに名を連ねている駅もあるし、
一日の乗客が二人という駅もある。
もちろん赤字路線だが、なぜ廃止されないかというと
冬の豪雪で道路は必ず閉鎖されるし、
そうなるとこの只見線しか交通手段がないからだ。

2011年7月、只見線を豪雨が襲った。
雨は四日間降り続き、700ミリを超える記録的な雨量で
壊れたり水につかった家は500戸を超えた。
道路は各地で分断された。
只見線は3つの鉄橋が流され
新潟寄りの6つの駅の区間は列車が通れなくなってしまった。

橋を新しく架け直し、再び列車を通すには
85億円の予算と4年を超える工事期間が必要だった。
毎年数億円の赤字を出しているローカル線には
気の遠くなる数字だ。
あくまでも鉄道の復旧を望む住民側と
不通になった4つの駅は見捨てたままで
バスを運行させると主張するJR東日本の話し合いは
平行線のまま長く続いた。

「つながれつながれ只見線」
こんな横断幕が只見町の役場に掲げられたのは
いつだっただろう。
「つながれつながれ只見線」
駅には同じ言葉で幟が立った。
応援団ができた。
寄付金が積み立てられた。
乗客を集めるためのアイデアも募集した。

もともとがファンの多い路線である。
あの洪水で水没した温泉宿には
週末になると常連客がボランティアとしてやってきて
泥まみれの布団や食器を運び出していた。
ここへ来る人はみんな、あたたかい人情で繋がっている。

つながれつながれ只見線。
只見線復旧工事は2018年6月15日に起工式が行われた。
悲願の全線復旧は、洪水から10年め、2021年の予定だそうだ。
つながれつながれ只見線。つながれつながれ、只見線。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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