中山佐知子 2012年2月26日

秒速8キロメートルで飛ぶ

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

秒速8キロメートルで飛ぶステーションは
1日に地球を16周し
45分の昼と45分の夜が16回繰り返されます。

その1時間半の昼と夜を一日と数えると
僕は1年で16歳も年を取ることになります。

同い年のはずだった僕が
16歳も年上になって帰ってくるのはイヤですか。
そんなメールを書いたら
イヤです、と、きっぱり返事をくれたあなたが
僕はとても好きです。

ステーションの窓から眺める45分の夜には
金色の砂粒で描かれたような絵が見えます。
人がともす灯りが都市の形を浮かび上がらせているのです。
こちらに来たはじめの頃は
自分の国の灯りを、そして
自分が住んだ街の灯りをよくさがしていましたが
いまはただ、灯りの多さと灯りを使う人の多さを思い
このおびただしい灯りがひとつも消えることのないようにと
願うだけになりました。

地上の灯りは人々の暮らしがそこにあることを告げています。
僕はここに来て以来、人がともす灯りが大好きになりました。

あなたの街に灯りがともりはじめる夕暮れの空に
流れ星より明るい光が移動するのを見つけたら
それが僕のステーションです。
けれども、地上に届く僕たちの光は
僕たちが仕事をしたり食事をしたりするための灯りではなく
電池パドルやラジエーターが太陽の光を反射している光です。
もしステーションから人が消えても、命の気配が消えても
その光は消えることなく軌道をまわりつづけます。

だから、あなたはあなたの灯りを大事にして
毎日を生きてください。
僕がそれを眺めていることを
ときどきでいいから思い出してください。

実は報告があります。
ステーションに勤務する期間が少し延びました。
45分の昼と45分の夜が16回繰り返される日があと1年続きます。
もう1年、45分の昼と45分の夜を一日と数え続けたら
あなたと同い年だった僕は
32歳年上になって帰ることになります。
そんな僕はイヤですか?

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2012年1月29日

木簡が語る日本古代史

           ストーリー 中山佐知子
              出演 毬谷友子

では、木簡の講義をはじめます。
木簡とは、木で作られた札、或いはカードです。
七世紀から八世紀にかけてさかんに使われたこのカードには
看板、メモ用紙、荷札、そして葉書など、多種多様な用途がありました。
では、そのほんの一部を読み上げてみましょう。

受領書
「出産した母犬のための栄養食を受け取りました。長麻呂」

キーホルダー
「東門の鍵」

下っ端役人高屋連家麻呂(たかやのむらじやかまろ)50歳の勤務評定 
「評価はまあまあ」

勝手に欠勤した役人への呼び出し状 1
「正当な理由がないなら出勤するように」

欠勤届
「お腹が痛くて休んでしまいました。治りません。
 治ったら残業もいといません。今回はお許しください」

休暇延長の申請
「どうか休暇の延長を願い上げます」

無断欠勤している役人への呼び出し状 2
「制服まで支給したのだから早々に出勤しなさい」

上司への連絡
「こんど宴会を開きます。先日の失敗はなかったことにしてね」

落書き 
「人の顔」

落書き
「馬の顔」

かけ算の九九表
「三九、二十七。二九、十八。」

万葉仮名の国語ノート1
「浪速津に咲くやこの花」

万葉仮名の国語ノート2
「春草のはじめの年」

平城京ニュース
「天皇がお亡くなりになりました」

税金の納付書 1
「三河の国篠島の海部より鮫の干物を6斤納めます」

税金の納付書 2
「若狭の国遠敷(おにゅう)郡 中臣部平麻呂が塩を三斗納めます」

大伴家持が書いたと見られるラブレター
「春なれば 今しく悲し…云々」

契約書
「運送を請け負った魚は責任を持って運びます」

呪いの札
「原さんは鬼に食われてしまえ」

看板
「役人詰所」

命令書
「妻に餅米を届けるように」

送り状 1
「耳成山の農園から 芹二束、チシャ二把ほか、送ります」

送り状 2
「粕漬けの瓜と茄子、醤油漬けの瓜と茗荷を送ります」

冷蔵庫設計図
「深さ3メートルの穴を掘り、断熱材として500束の草を使用し
 冬に池の氷を取って保存する」

表札
「長屋王の宮殿」

捜索願
「馬が逃げました。黒毛、片目と額の毛が白い牡馬。
 逃げた日時は9月6日午後4時、場所は猿沢の池あたり。
 見かけたらお知らせください」

日本国内の1000に余る遺跡から出土した木簡は341335枚。
日本の古代史はカードが語ります。

では今日の講義はここまで。
出席をとりますよ。
出席番号1番、大伴さん…

出演者情報:毬谷友子 03-3552-1616 ジェイ・クリップ所属

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中山佐知子 2011年12月25日

カインから数えて七代めの子孫

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

カインから数えて七代めの子孫にトバル・カインという人があった。
祖先のカインは土を耕し作物を実らせる人だったが
羊飼いの弟アベルを殺した罪で追放され、
カインとその末裔は印をつけて地上をさまようものになった。
もはやどこにも安住の地を見いだせない彼らは
羊飼いになったり、竪琴や笛を演奏する遊芸の世界に身を投じたり
鉄や青銅で道具をつくる鍛冶屋として生きていた。

そんなわけでカインから七代めのトバル・カインが
鍛冶屋を生業(なりわい)にしていたのも不思議ではなかった。
トパル・カインにはひとつの望みがあった。
カインの印をつけられ憎しみを受ける一族のために
この世でもっとも強い武器をつくりたい。
彼はそのための鉱石をさがしていた。

ある晩、トバル・カインは天空から火の玉が降るのを見た。
火の玉は山の麓を貫くように落下し
トバル・カインがその燃え跡をたよりに行ってみると
そこにはみたこともない鉱石があった。
鉱石には自分に似た印が刻まれていたので
良きにつけ悪しきにつけ自分に与えられたものだと知った。

トバル・カインは印のある鉱石を持ち帰り、1本の槍を鍛えた。

神はその槍をトバル・カインが所有することを許さず
岩山に隠すように告げられたが
数千年のうちにいつしか見出され
槍は持ち主を変えながらイスラエルをさまよった。

紀元前一世紀になると
トバル・カインの槍はローマ軍の100人隊長が代々受け継ぎ
所有するものになっていた。
槍は決して錆びず、また刃先が欠けることもなかった。

紀元28年に、槍の持主だった100人隊長は
ローマが支配するユダヤ州に勤務していた。
その日は罪人の処刑が行われており
本当に死んだかどうかを確認するために
十字架にかけられた罪人をいちいち槍で刺してみることになった。
トバル・カインの槍はナザレのイエスと名乗る
政治犯でテロリストだった男の
四番めと五番めの肋骨の間を脇腹から肩口にかけて刺し貫いた。

ロンギヌスの槍が誕生したのはその瞬間だった。
このときからトバル・カインの槍は
キリストの血に触れた聖なる遺品として崇められ
持ち主の名を取ってロンギヌスと呼ばれることになった。

以来、ロンギヌスの槍からカインの名は消えたが
槍のもとになった隕石の鉄は
この星に人類の歴史が刻まれる以前から
宇宙を孤独に旅していたものであり
さまようものの印として
三角形を重ねたような美しい結晶模様を持つのだという。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2011年11月27日

1873年の夏

             ストーリー 中山佐知子
                出演 毬谷友子

1873年の夏、私はドイツの商船ロベルトソン号に乗っていた。
船は中国の福建省からオーストラリアに向かっており
その航路はひと言でいうならば「風まかせ」だった。
船長のエドヴァルドは夜な夜な星を眺めては
金星の輝きに感動するロマンティストだったので
たぶん風のささやきに耳を傾けたのだろう。

しかし、「風まかせ」は要するに迷走だった。
船はたびたび進路を変えた挙げ句、ついに台風に遭遇してしまったのだ。
船長のエドはドン・キホーテもかくばかりと暴風雨に挑んだ挙げ句
波を頭からかぶり、甲板に叩きつけられた。
起き上がったエドの顔は前歯が3本折れて上あごを貫いていた。
赤い髭には白い小さなものがぶら下がっていたが
よく見るとそれも折れた歯だった。
乗組員のひとりは波にさらわれて嵐の海に消えたし
もうひとりは足の骨を折って動けなくなっていた。
幸いにして船長のエドも他の男どもも
この船で唯一の女性である私を労働力とは見なしておらず
嵐の甲板に出てロープを結べと命じられることはなかったが
それは女性に対する敬意というよりは
彼らが頻繁に口にする悪態や雑言を私に聞かれないためだった。

船の被害は甚大だった。
マストが折れ舵も失った船はただ波に翻弄されていた。
すでに膝のあたりまで水に浸かっていたし
沈没を恐れて救命ボートを下ろそうとした乗組員は
手をはさまれて怪我をし、
肝心のボートも横波を受けて壊れてしまった。
船長のエドをはじめとする男どもは罰当たりな悪態をつきまくった。

そうして船は2日間荒れた海を漂い
ついにはミヤーク島の珊瑚礁に乗り上げて座礁した。
しかし我々にはまだ神のご加護があった。
すぐ近くにイギリスの軍艦カーリュー号がいたのだ。
船長のエドは神に感謝の祈りを捧げながら救助を待ちに待った。
しかし、カーリュー号のボートは高波に阻まれ
我々の救助をあっさり断念してしまった。

我々は希望もなく取り残された。
船長のエドは神をも恐れぬ呪いの言葉を吐きつづけた。
他の男どもも船長に習った。
それをカーリュー号が聞いたら大砲をこちらに向けるに違いなかった。
大砲を食らって沈むにしろ波に砕かれるにしろ
海の藻屑となるときが迫ったいま
私は神の御前で証言するためにすべての罵詈雑言を記憶にとどめた。

そのとき、ミヤーク島の浜辺にぽっと炎の色が見えた。
島の原住民が我々のために火を焚いてくれたのだ。
その焚火はひと晩中明るく輝き、
助ける意志のあることを我々に告げた。
船長のエドは歯の欠けた口で再び感謝の祈りを捧げたが
それは間違っていると思った。
ジパングのはずれの小島で原住民の助けを待つときは
彼らの神に感謝すべきではないだろうか。

夜が明けると、高波を突いて小舟がやってきた。
小舟には黄色い顔の原住民が乗っており
彼らは親切にも我々8名を救助したばかりか
手荷物や非常食、積み荷の一部も運び出してくれた。

ミヤーク島の浜辺に着いたとき
消え残った焚き火のまわりに黄色い人々の笑顔があった。
その笑顔は確かに我々の無事を喜んでくれていた。
ここ数日、暴力のような嵐と暴力のような言葉のなかで暮らしてきた私は
焚き火と笑顔がたとえようもなく美しいものに見えた。

出演者情報:毬谷友子 03-3352-1616 J.CLIP所属 

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中山佐知子 2011年10月30日



ネジキのある庭で

             ストーリー 中山佐知子
                出演 向井薫

ネジキのある庭で
ネジキを捨てて出て行った人のことを思う。

ネジキはねじれて育つ。
そのねじれこそがネジキの存在感だ。
ねじれた木だからネジキ
というその名前は
カタチをあらわすと同時に強さをもあらわしている。

ネジキの葉はありきたりで花も小さく
秋の紅葉が美しいという話もきいたことがない。
山に植えても材木にならず
薪にこなそうとしても斧の刃を拒むので
人の役に立つということがなかったし
むかし、ネジキの葉を食べた馬が中毒したことがあってからは
たいして人に好かれることもなかった。

それでもネジキの値打ちは秋の葉が全部落ちた後にあった。
ねじれた幹から伸びる枝の先が赤くなり
赤い枝にはさらに赤い新芽がついて
冬枯れた庭で鮮烈な印象を残すのだ。

その姿をながめるために
若いネジキを1本、わざわざ庭に植えたのではなかったか。
赤い芽から緑の葉の出る不思議を
面白がっていたのではなかったか。

朝に夕に眺めていたネジキから
ふと目をそらしてあの人は行ってしまったが
そういえばネジキの悪口はひと言もいわなかった。

飽きたわけでもなく、嫌いになったわけでもなく
書き損じた紙を捨てるようにただ捨てられる。
ネジキはそんな木だったのだろうか。

そんなはずはないと思う。
ネジキを捨てた人はネジキから逃げたのだ。
ネジキの強さから逃げたのだ。

ネジキのある庭でふっと笑いがこみあげる。
自分はいま
いやな笑いかたをした、と思った。

出演者情報:向井薫

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三陸鉄道 3 元気


三陸鉄道 3 元気

             声:瀬川亮

「がんばれ久慈駅、三陸ファイト」
「大阪から来ました。初めての三陸鉄道。
 こんなにも素敵なところがまだあったなんて」

三陸鉄道の駅には、お客さんからのメッセージが
たくさん書き込まれています。
震災後、わずか5日で復旧した列車を応援するために
東京や大阪からわざわざ来る人も多いのです。

「がんばれ三鉄、ファイト三鉄、いいぞ三鉄」
「we love 三鉄、えいえいおー」

みなさん、言葉が元気です。
列車に乗る喜びも伝わってきます。
見ているだけで自分も元気になりそうです。

元気は人から人へ
本当にあげたりもらったりできる。
三陸鉄道が教えてくれました。

ヒューマンコンシャス
ジャパンエフエムネットワーク

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