中山佐知子 2012年5月27日

photo by http://www.flickr.com/photos/davestamboulis/1386058086/

その村は天空の入り口に

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

その村は天空の入り口にあって
ヒンドゥークシ山脈の白い峰々が空を支える姿を
間近に眺めることができた。
村はその山の懐深くかくまわれ、そこに通じる道は険しかった。

その村では5月の声をきくと男たちは旅の支度をする。
そして6月には雪溶けの危険な山道をロバとともに這い登り
キャンプの場所にたどりつく。
そこからさらに道もない崖を登ると空と繫がる岩山がある。
彼らはそこで一年の半分を、天空の破片を掘って暮らす。

固く締まった岩を炎で緩めながら
カツンカツンと岩を削る。
どうして天空の破片が岩のなかに眠るのだろう。
彼らは理由を知らない。
けれども彼らが掘り出すのは
青空が結晶したような瑠璃色の石だ。

カツンカツンと岩を削り掘り出した天空の破片は
もう一度空に返さねばならない。
それは東と西にから集まってくる商人たちの役目だ。
商人は天空の破片を空に返すといってすべて持ち去り
かわりに必要な食料や布や金属を十二分に置いて行く。

村の人々は
自分らが掘り出した石がラピスラズリと呼ばれ
シルクロードを運ばれて西はヨーロッパへ
東は日本まで伝わることを知らない。
ツタンカーメンの黄金のマスクを飾り
やがてフェルメールの青の絵の具になることも知らない。
黄金より高い価値で取引されることや
そして何よりも、数千年の昔
世界に天空の破片がある場所はこの村だけだったことを
彼らは知るよしもない。

天空の破片ラピスラズリは空に返るのではなく
古代のシルクロードを通じて世界へ広まっていったのだ。

その村では11月になると
山のキャンプの男たちが帰り支度をする。
もう雪で道が閉ざされる頃だ。
苦労して掘った天空の破片は
すべて商人に渡してしまったかわりに
村には冬を暖かく越せるだけの蓄えができている。

12月、村へ帰った男たちのなかに
小さな天空の破片をこっそり持ち帰った若者がいる。
それは若者の帰りを待ちこがれていた娘への贈りものだ。

12月にラピスラズリを贈られた娘は来年には花嫁になるだろう。
12月のラピスラズリは幸運の石だ。
そしていま、ラピスラズリは12月の誕生石になっている。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2012年4月30日

橋のニュース

      ストーリー 中山佐知子
         出演 遠藤守哉

橋のニュースをお伝えします。
2011年11月
インドネシアのサマリンダでは
補修中の橋が落ちるという惨事がありました。

この橋は中国の支援で建設されたクタイ・カルタヌガラ橋で
通行中のバスやオートバイがも川に転落し
10人が死亡、33人が行方不明になっています。
水中でガレキの下敷きになった犠牲者もいた模様です。
建設後わずか10年で橋が落ちた原因については
設計、資材、施工すべての原因が取りざたされています。

橋は怖いものだ。
つくづくそう思います。

1850年、フランスのアンジェという歴史ある街で
突然吊り橋が落ちました。
500人の歩兵隊が足並みを揃えて渡っている最中のことでした。
橋と一緒に転落した兵士は487人、うち226人が亡くなっています。
原因を調べたところ
足並みの揃った行進の歩調に吊り橋が共振したためと判明しました。
共振というのはブランコをタイミングよく押してあげると
どんどん揺れが大きくなる、あの原理です。
揺れて揺れてついに限界を突破して落ちる。
500人の兵士たちは
自分たちが危険なブランコをを押していることも知らずに
勇ましく行進し、落ちて亡くなりました。

橋って本当に怖いですね。

同じ共振の例としては
アメリカ合衆国ワシントン州のタコマナローズブリッジがあります。
この橋はもともと無理な設計のために
風のある日はロデオのように揺れる危険な橋として有名でしたが
1940年の開通間もないある日、風速19メートルの風を受けて揺れに揺れ
まっぷたつになって落下しています。
このときは危険な状況になってから通行規制が敷かれたために
人間の犠牲者はなく
クルマのなかに置き捨てられた一匹の犬だけが犠牲になりました。

橋は怖いです。
それでもあなたは橋を渡りますか。

1879年
スコットランドのテイ湾にかかる鉄橋テイブリッジが
風速30メートルの風を受け、走っていた列車ごと落下しました。
名前が判明した死者60人のほかに
15人の身元がわからない犠牲者がでています。

それから8年後
落ちた橋から数十メートル上流に新しい橋が架けられました。
この橋はいまでも健在です。
さて、数年前のこと。
この新しいテイブリッジ、といっても建設されて120年にもなるわけですが
この橋の再生プロジェクトが組まれ
橋の鉄骨から1000トンではきかない鳥の糞をこそげ落としました。
1000トンという想像を絶する重さと量の鳥の糞は
クルマ1000台分の重さに相当します。
誰も通っていないときでも橋はクルマ1000台の重さを支えていたのです。
本当にお疲れさまです。

それにしても橋は怖い。
あなたはそう思いませんか。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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中山佐知子 2012年4月29日

日暮れどき、土手の上に

           ストーリー 中山佐知子
              出演 西尾まり

日暮れどき、川の土手に立つと
汽笛を鳴らして下流の鉄橋を渡る列車の音が聞こえた。
鉄橋は長く、汽笛もまた長い尾を引いた。

列車の向かう北の方角には遠い山並みが青く霞んでいた。
川は西から東に向って流れ
土手の道もまた東西に延びていた。
夕陽は西の山に沈み、カラスは南の山に帰っていった。
あの頃は目に見える景色だけが明るく開けた場所だった。
僕は鉄橋を渡る列車の行く先を考えたことがなかった。

日暮れどき
僕はよく土手の上にいた。
列車の音が広い空に消え、夕焼けの最後の光もなくなってしまうと
土手の道は暗く沈んで
鉄橋の手前に架かる橋の灯りが浮かび上がった。

僕はその橋を自分から進んで渡ったことがなかった。
橋の向こうは古くから開けた土地で、遺跡が多かった。
奈良時代には役所が置かれ、条里制に従って道がついていた。
古墳があり銅鐸が出土した。
僕のじいちゃんはその土地で生まれ
ご先祖のお墓も橋の向こうにあったのに、僕は橋を渡るのが嫌だった。

どうしてだろう。
どうして僕はあの橋を渡らなかったのだろう。

じいちゃんの若いころの武勇伝がある。
橋の向こうの名主の息子だったじいちゃんが
キツネに化かされた村人を助けたのだ。
それは他愛もない昔話だ。
けれどもその他愛のない話から浮かんだ風景は
提灯がなければ歩けないほど闇につつまれた道だった。
その道端にはつかむと手を切る草が生え、
田圃の用水路の草むらには蛇の目が光っているのだった。

そして、キツネは本当にキツネだったのか。
橋の向こうでは、人と人でないものが
あまりに近い距離で暮らしているように僕には思えた。

ある日、橋の向こうから学校に来ていた同級生のお父さんが死んだ。
隣のおっちゃんが突然狂って鎌を持って暴れ出し
それを止めようとして斬り殺されたのだという話が伝わってきた。
人が殺せるほど鋭く研ぎ上げた鎌…
その鎌を手にして自分の家族と隣人に襲いかかった隣のおっちゃんは
本当に人だったのだろうか。

じいちゃんはその土地を捨て、村を捨て
山も田圃も売り払ってキツネやタヌキや蛇の目と縁を切り町へ逃れ
若くして死んだ。
死んだときは家の軒先から火の玉がふわりと浮かんで空へ昇ったそうだが
たぶん古い土地の名前や
土地にしみついた2000年を越える人の営みの匂いや妄執や
人でないものとの近しい距離は
じいちゃんと一緒に空にかえっていったのだろう。

僕はすでに匂いの希薄な町で長く暮らし
夜の暗さや知らない土地への恐怖を忘れてしまったが
それでもときたま夕暮れの橋の灯りとその先の鉄橋の列車の音を
思い出すことがある。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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西尾まりちゃんは女子大生の頃から私の原稿を読んでいた(収録記2012.3.24-6)

西尾まりちゃんは女子大生の頃からのつきあいで
その頃からふたりとも同じ仕事をしている。
まりちゃんは女優、私はコピーライター & ディレクタ−。
その頃から私の原稿を読んでもらっていた。

下のyoutubeはまりちゃんが22歳の頃のラジオCMだ。
掛け合いになっているもうひとりは大川泰樹くん。
うわ〜、15年前のふたりですぜ、どうしよう…って
なにもうろたえることはないのだが。
どうせ私も15年前の私だったわけだし。

それにしても長いつき合いになったと思う。
まりちゃんが大学の卒業旅行で中国へ行って
食品の市場で売られていた動物と
ペットショップで売られていた動物が同じだったなんて話を聞いたのが
ついこの間のことのような気もする。

それにしても変わらない。
女優っぽくない部分をいっぱい持っているまりちゃんと
瞬時にして原稿の世界に入ってしまう才能を持つまりちゃんと。
ああ、そういえばこの人は夢中になりやすい性格だったなと
あらためて思うとき
「瞬時にして原稿の世界」は要するに「夢中になりやすい」という
一般の人たちが普通に持っている性格の一端が
まりちゃんの女優としての一面に顕れているんだなとわかる。

たぶんこの人は楽屋に何時間も閉じこもって
集中したり祈ったりオマジナイをしたりして
役づくりをして舞台に出るのではなく
へらへらと世間話などしながらふいっと舞台に出て
そのまま役になりきってしまうんだろうな(なかやま)

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中山佐知子 2012年3月25日

がんばれ線路

             ストーリー 中山佐知子
                出演 瀬川亮

ここに線路があれば、と思うことがある。
線路をつくってあげたいと思うことがある。

むかし松江で出会った女子高生は
学校の近くの船着き場まで
毎朝自転車を2時間こいでくる。
そこから自転車ごと渡し船に乗って向こう岸に渡り
さらに10分自転車をこいでやっと校門をくぐるのだ。

一日4時間も自転車をこいでいたら
テストの成績が悪くても誰も怒らないでしょ。
そんな風にたずねてみた。
そんなことないです、怒られます、
女の子はムキになって返事をした。

船着き場には次々に自転車の高校生がやってくる。
小さな渡し船はひっきりなしに往復してみんなを運んでいた。

僕はちょっと心配になる。
雨の日はどうするんだろう。どうやって自転車に乗るのだろう。
その雨のせいで風邪をひいたときは?

僕はこんな子に線路をあげたい。
屋根のついた列車を走らせて
家の近くに駅をつくって学校まで送ってあげたい。
線路は約束だから
決まった場所から決まった場所へ
人と荷物を確かに運びますと線路は約束している。

宍道湖の北を走る一畑電鉄、通称「ばたでん」は
昼間乗るとガラガラに空いている。
僕のお父さんが子供だった時代からの赤字列車で
それでもなくならないのは
クルマを運転できないお年寄りや
学校へ通う子供たちのために必要だからだ。
この線路がなくなると
自転車で2時間かけて学校に通う子供が
またたくさん増えてしまう。
おばあちゃんは病院へ通えなくなってしまう。
だから地元の人たちは
「ばたでん」がなくならないように一生懸命お願いをしている。

そういえば岩手の三陸鉄道は
やっと全線復旧の見通しが立ったらしい。
流された駅やずたずたになった線路の写真を見るたびに
もうダメかと何度もあきらめかけたけど
震災のあとたった5日で
走れる区間だけでもと列車を走らせ、人や物資を運んだ気迫が
みんなの心に響いたのだ。

がんばれ線路、と僕は思う。
線路はひとつの約束だと思う。
町と町、人と人を結びますと胸を張って宣言しながら
がんばれ、線路。
  

出演者情報:瀬川亮 03-5456-9888 クリオネ所属

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陸羽東線

陸羽東線

           ストーリー 中山佐知子
              出演 大川泰樹

樹々の梢を下に見て、列車は進みます。
空がとても近くに感じられます。

山形の新庄という駅から乗った陸羽東線は
二両編成のワンマン列車でした。
スノーシェードをいくつもくぐりながら登り道を行くと
山に閉ざされたところどころに
つつましく田圃のひらけた土地があります。
その田圃のなかにホームがあって列車が止まります。

このあたりの田圃は、きっと
山の仕事をする人たちが自分の食べる米をつくるために
一生懸命に開いた田圃です。
売るほどはなくても米が獲れ
ホームしかない駅には、それでも列車がやってきます。
まわりは山と峠に囲まれ、うるさい音がひとつもありません。
川に鮎の鱗が光るころには蛍も飛ぶのでしょう。
樹々が色づくころには、
冬に備える山の恵みがあるはずです。

それはとても静かで満ち足りた風景でした。

そんな小さな集落をいくつも結びながら
列車は奥羽山脈を分け入っていきます。

それは単なる移動手段ではありません。
人のいる土地を避けてトンネルばかりくぐりながら
フルスピードで走り抜ける列車とはまったく異なる存在です。
陸羽東線は、そこに住む人のゆるやかなテンポと
呼吸(いき)を合わせて走るのです。
ふるさとの暮らしと深く結びついているのです。

もう一度乗りたいな
僕はいつもそう思って、あの列車を振り返っています。

東北へ行こう

トレたび:http://www.toretabi.jp/travel/vol01/01.html

鳴子温泉郷観光協会:http://www.naruko.gr.jp/index.php

山形最上温泉郷・瀨見温泉:http://semi-spa.com/html/map.html


*「東北へ行こう」は
自分のとっておきの東北を紹介し、
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