安藤隆 2025年8月31日「ハルヤマさんの夢コピー」

ハルヤマさんの夢コピー

   ストーリー 安藤隆
      出演 大川泰樹

ハルヤマさんは先輩コピーライター。机に
頬杖ついて、何か深刻そうに思い悩む風だっ
たので、「海辺、行きます?」声をかけたら
ピョンと立ちあがった。黙ってスタスタ出て
ゆく。ハルヤマさんは天才的だからそういう
変なところはある。おかげで僕のほうがあわ
てて追いかける羽目になった。
 広告会社は厚生年金会館の裏にあって盛り
場が近い。ハルヤマさんは小柄ながら歩くの
が速い。きょうはことに速い。靖国通りを浮
き滑るように行く。僕のほうが十も若いのに
追いつくので精一杯。
「待ってください、ハルヤマさん」
「あっ、そうかあ」
ハルヤマさんは僕の存在にはじめて気がつい
たように言った。
 空は夕方の光が残って夢のよう。みんなビ
ルの上の空が好き。きょうハルヤマさんの足
が逸るのも、きっと僕同様うれしくなっての
こと。
 と思ったら、目の前を赤い巻きスカートの
女が行く。早足のせいで追いついたのだが、
巻きスカートの腰の淫らな曲線を目にするに
つけ、ああ、ハルヤマさんの早足はこっち目
当てだったんだと、疑り深い僕はたちまち疑
った。
 と、女は通りがかりの花園神社へ入ってい
かなかった。女を追いかけて神社を通過しち
ゃう!と僕が危ぶんだハルヤマさんは、九十
度の角度できっぱり境内へ道を折れた。ゴー
ルデン街へは花園境内を経由して行くべしを、
ハルヤマさんは迷いなく実行した。僕は赤面
したのを隠した。
 海辺の憂鬱はとっつきの路地の二階にある。
つくりは通り一遍のカウンターバー。お定ま
りのジュークボックスが店内をよけい窮屈に
している。このどこが海辺なんだろう。
 ハルヤマさんはいつものようにナントカの
アイルランドのウイスキーを満たした小さな
グラスを手にした。
「あっ、そうかあ、もう負けた負けた、やめ
よかな、彼らの言う通りだもの」いつもの甲
高い声で言った。
 彼らというのは地元の商店会の人たち。ホ
ラきた、と僕は思った。ハルヤマさんが机で
悩んでいたときから、男は、で始まるあのコ
ピーだとわかっていた。
「あっ、敢えてでしょ、ぜんぶ敢えて、敢え
て男で、敢えて黙るで、敢えてすぎ!」
 ハルヤマさんは、まるで喜々としてかのよ
うに、じぶんを傷つけはじめた。そうなると
止まらない感じで。
「私どものビール祭りなんて、折り込みチラ
シだけのささやかなもんで、男も女もなくて、
あっ、ビールでも何でもよくて、とにかく賑
やかにしてほしいんです、って、その通り!
そりゃそうだ!」
 僕は少しいらいらした。ハルヤマさんのコ
ピーが良くないわけがない、今回のビール祭
りのも完璧だった、わかってないのは商店会
の連中にきまっている。
 思わずしゃべっていた。
「男すぎたっていいんです!それは腹をたて
た女を呼ぶんです!お祭りです!」
 するとハルヤマさん、ふと熱を帯びて、
「新宿が騒がしいでしょ。フーテンとヘルメ
ットだらけでしょ。天変地異がもう始まって
るんだよ。新宿のコピーは、そういう騒がし
さに合わせないと…あっあっ、でも没!没!
没コピー!」
 ジュークボックスからひどく古い歌謡曲が 
流れる。ハルヤマさんは二杯目のウイスキー。
「リルはリトル、上海のリトルな女の子」
 僕は訊いてみたかった質問をした。
「あんな凄いコピー、どうやって思いついた
んですか?」
「あっ、降りてきた…降りてきたからしょう
がないよ…」
「あれ、いいコピーすぎます。いいコピーす
ぎるよ」少し涙ぐんだ。
 同時に、没コピーは船に乗って海をさまよ
う、と変なこと思ったが、恥ずかしく黙って
いた。



出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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ポンヌフ関 2025年8月24日「明暗」

明暗

  ストーリーと絵 ポンヌフ関
     出演 遠藤守哉

私は舟をこいでいた

「舟を漕ぐ」にはふたつの意味がある。
一つは、文字通り、船を漕ぎ進めること、
もう一つは、比喩的な意味で、座ったまま身体を前後に揺らして
居眠りをする様子を表す

そのように居眠りをしていた私だが
気がつくと 霧深い池に舟をこぎ出していた

このまま教師を続けながら小説も書いてゆくか
それとも教師を辞めて小説一本で食っていくか
私は決めかねていた

その時 突然 若い娘が私の目の前に降ってきた

「漱石先生 はじめまして
ここは1907年 明治四十年ですね
わたし、先生の大ファンで作品全部読み進めてきたんですけど
困ります「明暗」途中で絶筆なんて」

「明暗」? 絶筆?
何のことやらさっぱり
一体あなたは誰なんですか

「「時をかける少女」
なんて呼ばれてます。
明治の4コ先の令和からきました」

ならば 私の未来を知っておるというのか?

「あなたは100年以上読み継がれる文豪として文学史に
君臨します そこから先もずっと たぶん永久不滅」

はっはっは
またまたぁ

「ただぁ
このままいくと五十を前にして胃病で亡くなってしまうんです」

なんと!
聞かねばよかった

「大丈夫、未来では胃病はピロリ菌除去で予防できるんです
お願いですからこの薬を一週間飲み続けてください」

少女は未来の薬を私に渡すために来たのだという  
(一行先に「娘は」が来るのでここは「少女は」にしました)

「とにかく約束ね パシャッ」

娘はスマホという未来の写真機で私の写真を撮った

「あ、そろそろ行かないと
さよなら 先生」

待ってくれ! 
森鴎外はどうなる? あいつも文豪か?

「あと「こころ」の先生、自殺させるのやめませんか?」

娘はわけのわからぬことを言い残して消えてしまった

文豪かぁ 悪くないのう
して、この薬は?

パシッ こら! ちゃぽん
猫が叩き落してしもうた
まあ、よし。どうせ夢の中よ

霧は晴れて水面(みなも)は一面、
蓮の花が咲いていた

やってみるか、、、

ほのぼのと
舟押し出すや
蓮の中

夏目漱石は一大決心の上 教師を辞めて作家となり文豪となった.
彼がこの時が押したのは自分の背中だったのかもしれない。
ただぁ 作家としての活動期間は十年、享年は四十九歳であった。

.
出演者情報:遠藤守哉(フリー)


shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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櫻井暸 2025年8月17日「いざなわれて」

いざなわれて

  ストーリー 櫻井暸
     出演 大川泰樹

船に乗っていると、
ふしぎな気持ちになる。

大海原にポツン。
スマホの電波も繋がりにくい。

もしここでこの船が沈んだら、
僕はもうダメなのか。

そんな、
しょうもない妄想もふくらむ。

飛行機に乗っている時よりも、
その感が強い気がする。

船のほうが窓が大きく、
水面に目線が近いからだろうか。

あるいは、船という非日常が、
ただただ僕をカッコつけさせてるだけか。

新潟港からフェリーで2時間半。
島の名は、佐渡島。

「佐渡島」という名は知っていても、
実際に行ったことはない、という人がほとんどだろう。

僕もその一人だった。

昨年、いろいろなご縁があって、
この島をPRする仕事に携わった。

海の幸も、山の幸もおいしく、
最近はフランスからシェフが移住して、
本場のフレンチを味わえるお店もある。

世界遺産に登録された金山や、
天然記念物のトキも生息している。

ただ、佐渡島という島には、
それだけではない、どこか不思議な魅力がある。

今のところ、
佐渡島への交通手段は、船しかない。

島に向かっている最中から、
何かにいざなわれている気がする。

現地に到着してからも、
どこかスピリチュアルな空気を感じる。

島のあちこちに存在する、
世阿弥が残した能の舞台。

草木に覆われた道の先に、
ポツンと現れる荘厳なお寺。

佐渡島という島に
まだそこまで多くの観光客が
押し寄せていないからこそ、

未開発であるべきものたちが、
未開発のままに呼吸している。

それは、異様で、妖艶で、
とてもとても、天然なのである。

佐渡島に、いざなわれて。

船でしか行けないことが、
この感触を引き起こしたのか。

ただただ僕が、
ひたっちゃってるだけなのか。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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佐藤充 2025年8月10日「ダウ船」

ダウ船

      ストーリー 佐藤充
         出演 地曵豪

金曜の夜に営業からteamsで連絡がくる。

先日提案した企画の戻しがクライアントから来ました。
月曜日に再提案できますか?

土日は千葉県の山で撮影している。
スタジオ撮影ならどうにか作業する時間はあるけれど、
どうしようかとなかなか返事をできずにいると今度は電話がくる。
それにも折り返さずにいると次はショートメッセージがくる。

そんなとき、ザンジバル島へ想いを馳せる。

アフリカ東海岸のインド洋上にある島。
国でいうとタンザニアに属している。

10年前、ザンジバル島にいた。
成田から乗り換え3回、
24時間を超える搭乗時間の末に到着した。

空港からはダラダラと呼ばれる乗り合いバスで、
ザンジバルで最も栄えた街ストーンタウンへ向かう。
そこからさらに乗り合いバスを乗り継いで、
海岸沿いの街パジェへ。

移動に次ぐ移動で疲労困憊だった。
ようやくゲストハウスに到着する。

そこでゲストハウスのスタッフの
ボブマーリーそっくりなお兄さんに
「ワッツアップメーン」と陽気に話しかけられる。

「あ、グッドです」と陰気くさく答える。

バイブスが合わないと思われたのか、
そこから1週間の滞在でボブマーリーお兄さんに
話しかけられることはほぼなかった。

前にインドで会った日本人に聞いた、
長くバックパッカーをやっている人に
関西出身者が多いという話を思い出す。

関西出身者は海外のコミュニケーションのノリに
怖気付くことがないのだという。
確かにテレビ番組で現地の人と関西弁だけでやりとりする
千原せいじさんみたいな
バックパッカーの人を今まで何人か見たことがある。

県民性ってあるんだなぁ、
不思議だなぁ、などと翌朝パジェの浜辺を歩きながら考える。

暑くなってきたので涼しそうな場所を探す。
目の前に自分と不釣り合いな高級リゾートホテルが現れる。
ロビーが新宿御苑の温室植物園のようだった。
カラフルな植物に溢れるロビーを抜けると
インド洋を眺望できるプールがあった。

プールデッキにはいくつも日よけのパラソルがあり、
その下にはテーブルとチェアが置いてある。

そのひとつに腰をおろす。
インド洋がキラキラと輝いている。
気持ちのいい風が吹いている。

もうこの時点で100点だった。

僕が旅する理由。
それは風が気持ちいい、眺めのいい場所を探すこと。
そしてそこで朝はコーヒーを、昼以降はビールを飲む。
そのために旅をしているのではないかと錯覚させるほど完璧だった。

スタッフがメニューを持ってくる。
一応ここの宿泊者じゃないことを伝えるが問題ないと言う。

メニューを見る。
コーヒーが2ドル。
ビールが4ドル。

見つけた。ここだ。と思った。
それから毎日通った。

朝はコーヒーを飲みながら文庫本を読み、
昼はビールを飲みながら
三角帆のダウ船がインド洋を進むのをボーッと眺める。
ああ、これがしたかったんだ。

ピンポーン。

家のチャイムの音で現実に戻される。

営業からの月曜再提案のメールも電話も
ショートメッセージも反応せず放置していたのを思い出す。

目を閉じる。
もう一度、ザンジバル島へ想いを馳せる。
三角帆が風に膨らむ。ダウ船が見えなくなっていく。

.
出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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