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中山佐知子 2012年1月29日

木簡が語る日本古代史

           ストーリー 中山佐知子
              出演 毬谷友子

では、木簡の講義をはじめます。
木簡とは、木で作られた札、或いはカードです。
七世紀から八世紀にかけてさかんに使われたこのカードには
看板、メモ用紙、荷札、そして葉書など、多種多様な用途がありました。
では、そのほんの一部を読み上げてみましょう。

受領書
「出産した母犬のための栄養食を受け取りました。長麻呂」

キーホルダー
「東門の鍵」

下っ端役人高屋連家麻呂(たかやのむらじやかまろ)50歳の勤務評定 
「評価はまあまあ」

勝手に欠勤した役人への呼び出し状 1
「正当な理由がないなら出勤するように」

欠勤届
「お腹が痛くて休んでしまいました。治りません。
 治ったら残業もいといません。今回はお許しください」

休暇延長の申請
「どうか休暇の延長を願い上げます」

無断欠勤している役人への呼び出し状 2
「制服まで支給したのだから早々に出勤しなさい」

上司への連絡
「こんど宴会を開きます。先日の失敗はなかったことにしてね」

落書き 
「人の顔」

落書き
「馬の顔」

かけ算の九九表
「三九、二十七。二九、十八。」

万葉仮名の国語ノート1
「浪速津に咲くやこの花」

万葉仮名の国語ノート2
「春草のはじめの年」

平城京ニュース
「天皇がお亡くなりになりました」

税金の納付書 1
「三河の国篠島の海部より鮫の干物を6斤納めます」

税金の納付書 2
「若狭の国遠敷(おにゅう)郡 中臣部平麻呂が塩を三斗納めます」

大伴家持が書いたと見られるラブレター
「春なれば 今しく悲し…云々」

契約書
「運送を請け負った魚は責任を持って運びます」

呪いの札
「原さんは鬼に食われてしまえ」

看板
「役人詰所」

命令書
「妻に餅米を届けるように」

送り状 1
「耳成山の農園から 芹二束、チシャ二把ほか、送ります」

送り状 2
「粕漬けの瓜と茄子、醤油漬けの瓜と茗荷を送ります」

冷蔵庫設計図
「深さ3メートルの穴を掘り、断熱材として500束の草を使用し
 冬に池の氷を取って保存する」

表札
「長屋王の宮殿」

捜索願
「馬が逃げました。黒毛、片目と額の毛が白い牡馬。
 逃げた日時は9月6日午後4時、場所は猿沢の池あたり。
 見かけたらお知らせください」

日本国内の1000に余る遺跡から出土した木簡は341335枚。
日本の古代史はカードが語ります。

では今日の講義はここまで。
出席をとりますよ。
出席番号1番、大伴さん…

出演者情報:毬谷友子 03-3552-1616 ジェイ・クリップ所属

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三井明子 2011年1月22日

会員カード   

           ストーリー 三井明子
              出演 皆戸麻衣

「ひどい肩こりですね。重たいカバンを持ち歩いていませんか」

新年通い始めたマッサージ店で、いきなり言われた。

たしかに私のバッグはバッグ自体が重たい。
でも、年末のボーナスでやっと手に入れた、ブランドバッグ。
しばらくはこれを外せない。

バッグの中身で一番重たかったのは、化粧ポーチ。
でもこの中身は減らせない。
一日中、綺麗なメイクを保つために、化粧道具一式を持ち歩く必要があるから。

そして、バッグの中身で二番目に重たかったのは、財布だった。

財布の中身を全部出してみた。
すると、43枚のカードが目の前に現れた。
クレジットカード、キャッシュカード、診察券といった、
なくてはならないカードを外すと、
37枚のカードが残った。
そのほとんどがポイントカードや会員カードだった。

「当店のポイントカードはお持ちですか? お作りしましょうか?」
と言われて、断れない性格が生んだこのカードたち。
ひとつひとつ見ていくと、
一度だけ買い物をしたブティック、
年に数回買い物をするデパート、
旅先で食事をしたレストラン、もうつぶれてしまったコーヒーショップ…
こんなカードを毎日持ち歩いていたことを知り、
自分のズボラさに嫌気がさした。
カードの束のずっしりとした重みを確かめると、
肩こりが、よりいっそうツラく感じられた。

そして、驚くべきは、その会員カードのなかで
いちばん重たかったのが、マッサージ店のカードだったことだ。
分厚く、硬い素材でメタリックな加工がされている。
高級感あふれるカードといえば聞こえがいいが、
その厚みや重みは、客の肩こりを完治させないための
マッサージ店の商売上の陰謀にも感じられてきた。

「もしもし? おたくの会員カード、不自然に分厚くて重たくないですか?」
マッサージ店に文句の電話を入れてやろう、と思ったが
クレーマーになってしまうと気づき、直前で思いとどまった。

イライラしたら、また肩がこってきた。
そして、マッサージ店のカードを手に、
私はマッサージの予約の電話を入れていた。

出演者情報:皆戸麻衣 フリー

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福里真一 2012年1月15日

「人類、やる気をなくす」

           ストーリー 福里真一
              出演 大川泰樹

2012年になるやいなや、
人類はやる気をなくした。

すべての人類が、ひとりの例外もなく、
完全にやる気をなくした。

いったんやる気をなくしてみると、
いままで何百万年にもわたって、
どうしてあんなにがんばってきたのか不思議だったが、
その理由を深く考えるほどのやる気は、
もはや人類には残っていなかった。

クルマも、バスも、電車も、飛行機も、
止まった。

田んぼも、畑も、家畜たちも、
放置された。

でも、その状況をきちんと把握しようとするほどの、
やる気のある人間は、もはやひとりもいなかった。

何かを食べる気力もなかったので、
家でなんとなくゴロゴロしているうちに、
静かにひとりずつ、
衰弱して死んでいった。

日本の各地の郵便局には、
結局一枚も配達されることなく終わった、
2012年の到来を祝う大量の年賀状が、
集められたまま残されていた。

それらが風化し、
すっかりなくなってしまうまでには、
最後の人類が死に、
その彼か彼女かが白骨化し、
やがて風にとばされてしまうよりも、
さらに長い時間がかかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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岡部将彦 2012年1月9日

「外交カード」

          ストーリー 岡部将彦
             出演 地曵豪

やれやれ、いつの間にこんな劣勢になってしまったんだろう。
俺は持っていた手持ちのカードを放り投げてしまいたくなった。

今、俺が仲間たちと延々やっているのが『外交カード』。
それぞれが「国」になり、
あの手この手で他国より成長するというカードゲームだ。
あの「モノポリー」も世界恐慌時にヒットしたと言うが、
閉塞感のある世の中のせいか、巷じゃ密かなブームになっている。

簡単にルールの説明をしよう。

カードは大きく3種類に分けられる。

まず各プレイヤーに配られるのが【国力カード】。
このカードの奪い合いがゲームの目的だ。0枚になった時点でゲームオーバー。
これには「資源」「経済力」「技術力」「軍事力」「領土」の5種類がある。
国力カードは各プレイヤーのパラメーターも兼ね、
常にオープンにした状態でゲームを進める。

次に【イベントカード】。
これは、自分の番が回ってくる度に引く。
自国にとってプラスなときもあれば、もちろんマイナスなときもある。
「世界同時不況」なんていうプレイヤー全員に影響を与えるカードもある。

そして最後がゲーム名にもなっている【外交カード】。
このカードの使い方が勝敗を分ける。
ここに、このゲームの知的な面白さがある。
いくつか外交カードを紹介しよう。

○「諜報」…相手の手持ちの外交カードをオープンにすることができる。
○「貿易」…手持ちの国力カード1枚と他プレイヤーの国力カード1枚を強制的に交換。
○「関税」…他プレイヤーによる「貿易」の使用を防ぐ。

【イベントカード】や【外交カード】の効果は、
手持ちの【国力カード】の枚数と密接に関わってくる。
たとえば、「不平等貿易」という外交カードは、
こちらの軍事力が相手の軍事力よりも3枚以上多いときのみにしか
使用できない、と言った具合に。

つまりゲームも中盤にさしかかると、
強い者は、より有利にゲームをすすめることができ、
逆に一旦劣勢になると、なかなか抜け出すことができない。

妙に現実的というか、まあ夢のないゲームとも言える。
だからこそ、こうしてハマっているわけだが…。

しかし今日はどういうことだ。
序盤こそ調子が良かったものの、じわじわと攻め込まれ続けている。
もはや、ラッキーなイベントカードによる
一発逆転に賭けるしかないところまで追い込まれているじゃないか。

俺は、祈るような気持ちでイベントカードを引いた。
ゆっくりとめくるカードに書かれた3文字。

「大災害」

ああ…終わった。
手持ちの国力カードの半分を捨てなきゃならない。
最悪のイベントカードだ…。

だが、顔が曇ってるのは、俺だけじゃなかった。
「ハウスルールを読めよ」
プレイヤーのひとりが言った。

そうだ、このゲームのもうひとつの特色の説明を忘れていた。
それがハウスルール。
すべてのカードには独自のルールを書き込む欄がある。
この欄に、時勢に合わせたルールを自由に書き込むことで、
よりリアリティのあるゲームが楽しむことができるというわけだ。

そこには、おそらくあの日以降、
誰かが書いたであろうハウスルールが書き込まれていた。

○「大災害」…手持ちの国力カードの半分を破棄しなければならない。
(ハウスルール)ただし、大きな災害を前に国民は一致団結。
今後、すべてのカードの効力は2倍となる。

出演者情報:地曵豪 フリー http://www.gojibiki.jp/

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小野田隆雄 2012年1月8日

銀座の柳

          ストーリー 小野田隆雄
             出演 坂東工

花札という日本で生まれたカルタがある。
1月から12月までを、12種類の植物で表現し、
それぞれ4枚ずつ、合計48枚でひと組となっている。
1月が松、2月が梅、3月が桜、4月が藤。
5月かきつばた、6月ぼたん、7月萩(はぎ)、8月すすき。
9月は菊、10月はもみじ、11月は柳、
そして、おわりの12月は桐(きり)である。
ピンからキリまで、といって、
ものの最初をピンといい、おしまいをキリという。
だから12月は桐となった。
つまり江戸っ子のしゃれである。
花札は文化文政の頃に誕生した遊びである。

江戸の日本橋から始まる東海道の
京橋から新橋までの区間は、その昔から
銀座通りと呼ばれることも多かった。
現在の銀座2丁目あたりに
銀貨(ぎんか)を作る銀座という役所があったからである。
この通りは明治時代を迎えると、
西洋風の赤レンガ通りに変り、
文明開化のシンボルになった。
広い道路も出来た。道路には並木も植えられた。
植えられたのは、松と桜ともみじである。
やがてハイカラな銀座は評判を呼んで、
訪れる人もふえ、見物客を乗せる馬車もふえた。
すると、並木の木々が枯れ始めた。
松も桜も、そしてもみじも、美しい樹木だが、
人混みを嫌う。根元を踏まれるのも嫌う。
そこで銀座の人たちは、代りに柳を植え始めた。
汐留川、京橋川、三十間(さんじゅつけん)堀川(ぼりがわ)、そしてお濠(ほり)など、
もともと銀座は運河の多い街だった。
水に柳はつきものである。そして柳は強い木である。
時代が進むにつれて、銀座の柳は名物になった。

ところが大正時代が終る頃に、
お役人たちが不思議なことを言い出した。
銀座通りの柳を、イチョウに変えると言うのである。
銀座通りの商店のご主人たちは猛反対をした。
いまや日本中に知れわたった銀座の柳、
それを捨てるとは何故(なにゆえ)ですか。
お役人は、柳の落葉(おちば)がよくないと言った。
しかし、イチョウだって落葉樹(らくようじゅ)である。
おおもめにもめたが、役人のヤボには勝てず、
すべて柳は抜き取られ、イチョウが植えられた。
それが大正11年、1922年だった。
そして次の年、大正12年、関東大震災に襲われた。
植え変えたばかりのイチョウは全滅したのである。

「花札の遊びもしらない田舎者が、
よけいなことをするから、こんなことになった」
などと震災後の居酒屋で、焼酎(しょうちゅう)を飲みながら、
江戸っ子の生き残りたちが、いっていたそうである。
せめてイチョウのかわりに、
梅か桐(きり)でも、植えればよかったのかもしれない。

関東大震災のあと、昭和時代になると、
いつのまにか、銀座通りには柳が戻ってきた。
そしてそのまま、柳は全盛になっていった。
太平洋戦争で一時、焼野原になったが、
また、柳は復活した。
けれど、なぜだろう。お役人たちは、
東京オリンピックの前になると、
銀座通りから、柳と都電を取り払ってしまった。
「銀座の中央通りはね、国道だからね。
商店街の意見なんて、あなた、
お役人は聞きませんよ」
銀座7丁目のバーで、
そんな話を聞いたことがある。

21世紀のいま、銀座通りには、モミの木が植わっている。
いつか、このモミの木が大きくなったら、
クリスマスの飾りでもつくろうと、
花札(はなふだ)を知らないお役人が、考えているのだろうか。

出演者情報:坂東工 BIRD LABEL所属

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坂本和加 2012年1月2日

「お金としあわせになる方法」

          ストーリー 坂本和加
             出演 皆戸麻衣

わたしはお金が大好きだ。

ほんとうは、みんなそう思っているはずなのに、
世の中は、そういうことは大きな声でいってはいけない
ということになっているので、
きょうも私は密かに思う、お金が大好き。

だから大切にしなければ、
という気持ちは、しぜんに起こる。
諭吉さんも、一葉さんも、英世さんも、
おなじ顔をしているようだけど
手元にきた経緯はまったく違うから、みんな一期一会。
ここにきたのも何かのご縁、
たとえそれがつかの間であっても
「ああ、楽しかった!」と帰ってほしいし
できれば大勢のお友達をつれて
またやって来てほしいとも思うので
わたしは彼らに、いつだって手厚い接待をする。
まるでスナックのママみたいに。

諭吉さんの話は、いつだってケタが違う。
この間やってきた諭吉さんは、
ハードボイルドな話を聞かせてくれた。
俺は闇の、汚れた金だったんだって。
コカインの密売を仲介したんだって、さめざめと泣いた。
ほんとかウソかしらないけど、わたしも泣いた。
それで、彼を生き金にしなきゃと思って
慈善活動団体にぽんと寄付した。
そう、お金の使い方もそれで決まったりする。

一葉さんは、24歳。派手でオシャレ好きで、
ネイルに行くときはいつも彼女と。
ちょっと前までは紫式部さんもいたけど、
お金もけっきょく人気がないと出回れないようで
造幣局に、いまだにお蔵入りしているらしい。

海外旅行にでも行くとなると、元気になるのが英世さん。
彼は、社交的でジェンントル。ブロンド好みで、
海外での知名度がすごく高い。6カ国語も話せるし。
円の国際外交は任せたと前任の漱石さんがいってたけれど、
この円高が彼の功績なのか罪過なのか、
くわしいことはわからない。

とにかく、ありがたいことに
わたしのところには、ひっきりなしに
いろんなお金がやってきては、去っていく。
シワくちゃのお金に、ふところもこころも温まる話を聞いたり、
造幣局で生まれたばかりの新入りさんたちを祝ったり。
そうやって、彼らの未来が
楽しい世渡りであることを願い、送り出してきた。

そのたびに、わたしは心の中で
おかえりと、いってらっしゃいを繰り返す。
それは、さっぱりと気持ちのよいものであるほどいいらしい。

クレジットカードなんかはこれからも、使うつもりはない。

出演者情報:皆戸麻衣 フリー

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