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中山佐知子 2009年3月27日



時間のはじまりの岸辺で

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

時間のはじまりの岸辺で
過去という名の僕は
未来という名のあなたをさがしていた。

過去という名の僕はまだ住むべき家を持たず
未来という名のあなたはまだ進むべき道がなく
だから、ふたりはここに漂っているしかなかった。

時間のはじまりの岸辺で
僕はあなたの髪の匂いを感じることがあったし
時間のはじまりの岸辺で
あなたの背中と首筋が緩いカーブを描いているのを
思い描くことができた。
そしてその先のほのかな輪郭も僕は知っていたように思う。

たぶんあなたも僕の存在をどこかで確信しているだろう。
僕の爪の形や目の色をもう知っているだろう。
もしかしたら、僕の声が
あなたの耳に届くこともあっただろう。
そう思うだけで、僕のカラダは
少しあたたかくなって眠くなって
この岸辺がとても心地よい場所に思えていたのだ。

時間のはじまりの岸辺にはほかに誰もいなかったから
未来という名のあなたは完全に僕のもので
過去という名の僕は完全にあなたのものだったから
本当はさがす必要などなかったのかもしれない。

けれども、時間のはじまりの岸辺で
前触れもなく出会ってしまった僕たちは
しばらく立ちすくみ
たちすくんだままお互いの顔と躯を目でなぞりあい
それから何歩か前に進んだ。

もう手と手が届く距離だった。
僕たちは利き腕を相手に差し出して
手のひらの親指と人差し指の谷間を
相手の谷間に食い込ませながら
はじめて結び合った。

そのとき
時間のはじまりの岸辺に光と温度があふれ
四つの力とふたつの物質が生まれ
過去という名の僕と未来という名のあなたの
ふたりの手のなかから現在が生まれ
止めようもない時間の流れがはじまった。

宇宙のはじまりであるビッグバンは
だいたい
こんなできごとだったと記憶している。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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小野田隆雄 2009年3月13日



   約束
            

ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳

          
空のどこかで、

ヒバリが鳴いている。

菜の花畑の中の一本道を、

少女が遠ざかっていく。

長い髪に赤いリボンをつけて。

ちょっと少女が立ち停る。

そして、右手を大きく振る。

それから、小鹿(こじか)のワッペンのついた

木綿のカバンを右手に持ち替えると

また、トコトコ歩き始める。

もうすぐ、少女の後姿は、

菜の花にうずもれてしまうだろう。

三浦半島の高台の、

どこまでも畑が続く田園地帯に、

その小学校はあった。

学校の敷地の南のはずれにある、

体育館の壁に寄りかかって、

少年がひとり、

ほとんど菜の花に隠れてしまった

少女の後姿を見送っている。

いまは、小学校の昼休み。

さっき、四時限が終ったとき

少女はクラスメイト全員と

サヨナラの握手をして

早退していった。

明日、横浜の桜木町の小学校へ

転校していくのである。

でも、ほんとうは、少年と少女は

一週間まえに、もう、握手していた。

一週間まえ、

夕暮れに近い小学校の校庭で、

少年と少女は

ドッジボールを使って

キャッチボールをしていた。

しばらくして、ボールを投げながら

少女がいった。

「世界でいちばん寂しい木があるんだよ」

「どこに?」と少年が聞いた。

「えーとね、ずーっと遠い国に」

と少女がいった。そして

ボールを投げるのをやめて、

少年に近づいてきて、いった。

「大きな、大きな、木なんだけど、
 
 その木のまわり、どこまで見渡しても、
 
 ほかに一本も、木はないんだって。
 
 ススキみたいな草原しかなくてね、
 
 夜になると、強い風が吹いてくるの。
 
 そうすると、その木は一生けん命、
 
 葉音をサラサラ立てるのだけれど、
 
 返ってくる音は、なにもなくて、
 
 お星さまばかり、空の遠くで、
 
 じっと、その木を見つめているの」

少女は、そういうと、少年を見ながら

すっと右手を差し出した。

「あのね、わたし、転校するの。
 
 まだ、誰にも内緒だよ。

 転校したら、お手紙ちょうだい。

 まさるくん、
 約束よ、握手して」

ひんやりと小さい、その右手は

かわいい爪がそろっていた。

まさるは、のびたままの自分の爪が

とても恥ずかしいと思った。

握手した手を、上下に振りながら、

少女は、くり返していった。

「約束だよ、お手紙ちょうだい」

図画の時間にスライドで見た

ルノアールの少女みたいな、

ゆりみちゃんの大きな目が

まさるをじっと見つめていた。

春の夕暮れの風が、吹いてきた。


あれから、三十数年が過ぎた。

まさるとゆりみは、

結局、会うこともなかった。

それでも、まさるは、

いまも、ときおり、夢をみる。

いっぱいの菜の花の中で、

まさるとゆりみが握手している。

約束だよ、とゆりみがいう。

けれど、突然、すべてが消える。

そして、闇の中に大きな木がひともと、

誰かを呼ぶように、

風に葉ずれの音を、たてるのだった。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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一倉宏 2009年3月6日



3月は握手をして

                          
ストーリー 一倉宏
出演 山下容莉枝 

いちばん短い月 2月は 3月にいいました
さようなら 握手をしましょう
ようやく芽吹いたつぼみたちを どうぞよろしく 
雪解けのせせらぎをつくる陽射しを どうぞことしも
明るい春を待ちわびた受験生たちを
どうぞ あなたの暖かい笑顔で 迎えてあげてください
いちばん短い月 2月はそういって 
3月と やわらかな握手をしたのです

3月は 別れの月 
握手をしましょう さようならの握手を
街路樹の枝を揺らして 電線をすすり泣かせて
まだ冷たさの残る風は 吹き過ぎてゆきます
さようなら 石油ストーブと やかんの湯気
くもった窓ガラスに 指で書いた絵
さようなら 衿を立てたコート ポケットに入れた手

さようなら もう さようならの季節だから
それなのに こたつの中にいるネコは出てこない
そろそろ さようならをしないとね こたつにも
おばあちゃんは 肉球をやさしく包んで いいきかせます
なのに こたつの中のネコは さっと手をひっこめる
さようなら なごりおしいけれど
さようなら もう 春だから

さようなら 6年生の教室 ランドセル
机にも椅子にも 図書室にもプールにも さようなら
逆上がりのつらかった鉄棒 楽しみだった給食のハンバーグ
さようなら 大好きだった先生とも お別れの握手 
涙で濡れたちいさなその手を ズボンで拭いて

さようなら 住み慣れた街
引越のトラックが到着すると 部屋は 手際よく空っぽになり
何年も住んだアパートに 置き忘れたものはなにもありません
だけど 壁紙のしみ 床の傷跡 過ぎた日々
さようなら ここに何度も遊びにきて そして去った彼女 
引越する若者は その部屋のドアノブと 最後の握手をします

さようなら 過ぎてゆく日々
立ち止ることのできない 時の歩み
3月と握手した 2月の手は とても冷たかった
2月にくらべれば 3月の手は たしかに暖かいのだけれど
やがて はなやいだ4月がやってくる
さようなら あとをよろしくと また握手をして
そのとき 3月は かすかに 
自分の手の冷たさを 知るのかもしれません

さようなら 春をよろしく

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

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中山佐知子 2009年2月27日



さまよう船が流れ着く岸辺は

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

さまよう船が流れ着く岸辺は銀河の中心近くにある。
このあたりの星々はビッグバンの後にできた第二世代の星で
金属の元素が少ないために惑星の数が極端に少ない。

したがって、「さまよう船が流れ着く岸辺」と呼ばれる
小さな惑星の存在は本当に貴重なものだった。
それは銀河の中心をなす巨大なブラックホールに引き寄せられた船が
かろうじて漂着できる最後の岸辺だったのだ。

僕がここに流れ着いたのは
燃料装置の爆発が起こり
つづいて船がコントロールを失って72日めだった。

岸辺には完全に姿をとどめた船や壊れた船
あるいはその残骸がたくさん置き捨てられていて
僕の船の機能を回復させる部品にはこと欠かないように思えた。
もし修理ができなかったとしても
一年か二年にいっぺん見まわりにくる救助船が
僕を発見するだろう。
生きているか死んでいるかはともかくとしてだが。

さまよう船が流れ着く岸辺は静かな光に満たされ
昼も夜もなく、太陽も星も見えなかった。

僕が岸辺に捨てられた船のなかから
超伝導体や界磁コイルを捜していると
ときどきここに漂着した乗組員の形見にめぐりあうことがあった。
遭難の様子を記録したらしい映像装置、
個人用のパッチ型通信機、
焼け焦げのある作業用手袋。
その手袋の指の部分に入っていた硬いものは
名前の刻まれた指輪で
僕はこの指輪の持ち主のためにしばし目を閉じて祈った。

それから、思いがけないものがでてきた。
それはリボンの形に結ばれた薄い布で
どう見てもリボン以外に使い道がなさそうだった。

宇宙船が難破するとき
大人たちは爆発を恐れて子供を先にボートで送り出す。
送り出された子供が、もし宇宙の塵になったとしても
ダイヤモンドよりも強い炭素繊維のリボンは
色も褪せずに流れ着いてしまう。

僕は持ち主がいなくなって役目を終えたリボンの
その結び目をほどいて
子供の頃にしたように風になびかせようと指に巻いてみたが
リボンは垂れ下がったまま動かない。

さまよう船が流れ着く岸辺には風もなかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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日下慶太 2009年2月20日



    ひび

              
ストーリー 日下慶太
出演 池田成志

「すべてのものは神様からの贈り物なのよ」

ある日妻は大いなる人生の秘密を発見したかのようにそう叫んだ。
最愛の母を亡くしてショックだった妻は、しばらく心神喪失状態が続いた。
8時間ずっと壁のしみをみていたり、1日中タマネギをミキサーにかけていた。
仕事もやめ、家事も放棄した。
数ヶ月後、一握りの生きる力を取り戻した妻は、
精神世界にのめりこんでいった。占星術、インド哲学、マヤ文明、
アメリカ西海岸の怪しげな団体、そういったものの本を読み漁った。
妻には何かすがるものが必要だった。わたしだけでは妻の心を支えきれなかった。
彼女はそこで彼女なりの答えをみつけた。
「すべてのものは神様からの贈り物なのよ」
母の死は、自分を成長させるための神からの試練であり贈り物である。
そういう理論を組み立てないと、母の死を受け容れられなかったのだろう。

すべてのものは神様の贈り物。この真実を実践するために、
妻はまわりのものを贈り物にしていった。
つまり、色々なものにリボンをつけていった。

まず、自分にリボンをつけた。頭の倍ぐらいもある大きなリボンを。
毎日買ってくる食料にリボンをつけた。もやし、キャベツ、肉。
そして、リボンをつけたまま調理をした。
ぼくは焦げたリボンをとりのぞいていつも食べた。
お茶にもリボンをつけた。注いだお茶の上にリボンを浮かべた。

あなたの仕事も贈り物、そう言って仕事関係の書類にすべてリボンがつけられ、
わたしの名刺にすべてリボンのシールが貼られた。
メールの文章の後にもリボンの絵文字をつけるようにと言われた。

「わたしのいちばんのプレゼントはあなただわ」
妻はわたしに大きなリボンをつけた。
もちろん、わたしはリボンなどつけられたくはない。
しかし、今、妻のすることに反対すると、
妻のあやうい均衡がくずれてしまうかもしれない。
わたしは黙ってリボンをつけた。
しかし、リボンをつけたまま会社に行けるわけがない。
つけたまま家を出て、駅にむかう途中にこっそりと外す。
そして帰ってきたらまた家の前でこっそりとつける。
そうしていつもリボンをつけているかのように振る舞った。
しかし、突然テレビ電話をかけてきた妻に
リボンをつけていない姿をみられてしまった。
彼女は怒った。そして一生外せないリボンをつけると言い出した。
リボンを頭皮にぬいつけると。
妻の言うことには反対してこなかったが、さすがにこれだけは反対した。
妻をなだめて、結局リボンの刺青を入れることで決着した。
わたしの右腕に一生リボンがつくことになった。

これで妻のまわりにはリボンをつけるものはなくなった。
しばらく退屈そうにしていた妻はある日こう言った。

「一番の贈り物は地球そのものなのよ。わたしは地球にリボンをつけるわ」

そういって彼女はリボンの布をひきずりながら、地球横断の旅に出た。

今彼女は中央アジアのどこかにいる。
そして、リボンの先端は我が家の玄関にまだある。

出演者情報:池田成志 03-5827-0632吉住モータース

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋

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小野田隆雄 2009年2月13日



少女とリボン
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

リボンというのは、細い幅に織られた
ひものことなんですね。などと、
あらためて言うのも、変なのですが、
私の場合、リボンといわれると、
ひもの状態ではなくて、
飾りとして、かわいい形に結ばれた姿を、
まず、イメージしてしまいます。
中学生時代の
スポーツ大会で胸につけた
シンプルなリボン。
蝶ネクタイと呼ばれる
リボン結びにしたネクタイは、
ずいぶん何度も
舞台でタキシード姿になったとき、
身につけました。
それから、すっかり、
二月の年中行事になった
バレンタインデー。
その日に贈られるチョコレートを
飾るのもリボンですね。
もっとも、私には、残念ながら、
リボンをつけたチョコレートを
どなたかにお贈りした記憶は
いままでのところ、ありませんが。

三好達治という詩人が、
昭和時代の初めに、
「測量船」という詩集を発表しました。
そのなかに、「村」という詩が
ふたつあります。
そのひとつに、リボンが登場します。
高校生の頃に読んで、
こころが、動きました。
三好達治の詩集は、いまも
本棚の奥に、しまってあります。
短い詩ですので、
ご紹介したいと思います。

鹿は角に麻縄をしばられて、
暗い物置小屋にいられてゐた。
何も見えないところで、
その青い瞳はすみ、
きちんと風雅に坐ってゐた。
芋が一つころがってゐた。
そとでは桜の花が散り、
山の方から、
ひとすじそれを
自転車がひいていった。
背中を見せて、
少女は藪を眺めてゐた。
羽織の肩に、
黒いリボンをとめて。

この村はたぶん、猟師(りょうし)さんのいる
山奥の村なのでしょう。
鹿がとらえられて、物置小屋に
入れられています。
おりから、季節は春の終り、
物置小屋の外では、
桜の花びらが音もなく風に舞い、
坂道をくだる自転車を
追いかけるように、
散っていくのでした。
そのとき、少女はひとり、
竹藪を眺めて立っていたのです。
その羽織の肩に、黒いリボン……

さりげない、静かな村の風景なのですが、
私は、この詩を読むたび、
澄みきった、哀しさを含んだ春の風が、
心に届くのを感じました。
そして、いまも次のことを
信じています。
少女は、声も出さずに、
泣いていたのだろうと。
きっともう、明日は生きていない
鹿のために、黒いリボンを
つけたのだろうと。

私のリボンの思い出は、
ちょっと、メランコリックに
なってしまいました。
三月になったら、軽いブラウスを着て、
明るい色のリボンを、
つけたいと思います。
それでは、お元気で。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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