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一倉宏 2009年5月16日ライブ



まにあうだろうか           

                
ストーリー 一倉宏
出演 一倉宏+村上ゆき

いつも おなじような夢をみる
なにかに まにあわない夢だ
正確にいうなら まにあわないかもしれない あせりの夢だ
それは 入学試験だったり 卒論の締め切りだったり
あるいは 面接の会場に 成田発の飛行機に だったりする
それだけじゃない いつも私の 夢の時計は
たいせつななにかに向かって 進もうとしながら
どうでもいいようなエピソードに 巻き込まれ
とりかえしのつかない道草に 呑み込まれてゆく

「まにあわないかもしれない こんなことしていたら…」

すでに人生のなかばを過ぎた私に
学校の成績も 面接も就職も すでに結果の出ている過去
いまさら 将来を決めるような試験を受けることもない
なのに なぜ 私はあせって もがき続けるのだろう
くりかえす 夢の中で

朝 目覚めれば とっくに学校も卒業して
ちゃんと仕事もしている その自分に ほっとする
しかし 夢のあわいはまだ残る
ほっとする といっても 透明にはなれない
それは幸福でも 気分爽快でもない 
ただ とりあえず とりあえず胸をなでおろすだけ
こうしてきょうも 時間どおりに起きられた自分に

なんとか ちゃんとやっている自分に
そして私は この現実の 時計を思う
いったい 私は まにあうのだろうか この人生の
このさきにある たいせつな たいせつな
その なにかに

「まにあうだろうか」一倉宏+村上ゆき

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秋山晶 2009年5月16日ライブ



    波

             
ストーリー 秋山晶
出演 大川泰樹

片岡義男「白い波の荒野へ」

ジェリー・ロペス「サーフ リアリゼーション」

ブライアン・ウイルソン「ペット・サウンズ」

ジャック・ジョンソン「オン・アンド・オン」

ジョン・ミリアス「ビッグウエンズデイ」

ブルース・ブラウン「エンドレスサマー」

アートディレクター 川口清勝(セイジョ)

フィルムディレクター 牧鉄馬

僕の周囲は時の流れが乱れ、気圧が下がっている。

バハマの方からハリケーンが来そうな気配だ。

来る年の言葉は、波です。5フィートか、50フィートか。

◎09年5月16日のライブで読んだ演目を紹介しています。
 音声はスタジオで録音したものです。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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仲畑貴志 2009年5月16日ライブ

煙.jpg

禁煙

             
ストーリー 仲畑貴志
出演 大川泰樹

3年前の正月は、「今日から禁煙」と、書初めした。
2年前の正月は、「ほんとに禁煙」と、書初めした。
1年前の正月は、「絶対に禁煙」と、書初めした。
あまりにもうまく書けたのでついイップクしてしまった。
さて、こんどの正月は……、
「気楽にやろうう、禁煙」と、書くつもりである。ああ。

◎09年5月16日のライブで読んだ演目を紹介しています。
 音声はスタジオで録音したものです。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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福里真一 2009年5月16日ライブ



5月の空

                  
ストーリー 福里真一
出演 大川泰樹

小学校時代の同級生のアゼクラくんは、
今はジャンボジェット機のパイロットになっているという。

そりゃ、いくらなんでもまずいだろう、と私は思う。

アゼクラくんの、当時のあだ名は、発狂マン。

ちょっとしたことで、すぐにカッとし、
狂ったように怒りだすので、その名がついた。

発狂スイッチが入り、手がつけられなくなったアゼクラくんが、
教室中の机と椅子を倒して、暴れまわったあの日のことを、
私は今でも忘れない。

5月の青い空に、飛行機が飛んでいく。

そのコックピットでは、
発狂マンという、自分本来の資質を、
体の奥底にひそかにキープしたアゼクラくんが、
静かに操縦桿を握っているのかもしれない。

◎09年5月16日のライブで読んだ演目を紹介しています。
 音声はスタジオで録音したものです。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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中島英太 2009年5月16日ライブ



星に願いを3回

             
ストーリー 中島英太
出演 西尾まり

「流れ星に3回願い事言うと叶うっていうけど、あれって相当無理だよな」
彼の一言に、ギクリとした。
こと座流星群が最接近する夜。

付き合って6年。
煮え切らないふたりだった。

“彼と幸せになれますように”なんてベタな願いを隠蔽すべく、
あたしは軽く、そうだね、と返した。

その時。流れ星が光った。
彼が叫んだ。

「金金金(カネカネカネ)!」

はぁ。それですか。3回言えてよかったね。おめでと。

ガッツポーズの彼は、それから、ひと呼吸すると言った。
「金貯まったら、一緒になろう」

金金金。あたしからもお願いしてみます。

◎09年5月16日のライブで読んだ演目を紹介しています。
 音声はスタジオで録音したものです。
*出演者情報 西尾まり  03-5423-5904 シスカンパニー

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小野田隆雄 2009年5月14日



   波

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

「波はよせ。
波はかへし。
波は古びた石垣をなめ。
陽の照らないこの入江(いりえ)に。
波はよせ。
波はかへし。」

私は三十年前、十九歳のときに、
ヨシノリを、タエコから奪い取った。
タエコの母が亡くなって
九州の実家に帰っているとき、
ふたりが同棲している
アパートの部屋で
私はヨシノリをタエコから奪い取った。
東京に戻ってきたタエコは
涙ひとつ見せずに出ていった。
けれど、ひとこと、私にいった。
「トモコ、おまえ、バカだね」
ヨシノリは大田区役所につとめ、
売れない詩を書いていた。二十五歳だった。
タエコは大森駅前のバーで働いていた。
あの頃、三十歳くらいだった。
私は、あの頃も、いまも、
大井競馬場の、馬券売り場で働いている。

「波はよせ。
波はかへし。
下駄(げた)や藁屑(わらくず)や。
油のすぢ。
波は古びた石垣をなめ。
波はよせ。
波はかへし。」

草野心平の、「窓」という題名の詩が
原稿用紙に万年筆で書かれて、
ヨシノリのアパートの北側の壁に
貼りつけてあった。
「波はよせ。波はかへし。」
私とヨシノリは一年ほど続いたが、
そのうち彼は、鮫洲の居酒屋の女と
暮し始めて、帰ってこなくなった。
私は十日ほど、「窓」という詩と、
にらめっこをしていたが、
その詩を壁からはがし取って、
そのアパートを出た。
それから数年が過ぎた。
馬券売り場で、ひとりの男が
私を好きになった。すこし交際して
結婚した。まじめな男だった。
京浜急行の青物(あおもの)横丁(よこちょう)の駅員だった。
きちんと結婚式もあげた。
けれど、六、七年すぎた頃、
彼の職場が、横浜の黄金(こがね)町(ちょう)の駅に変り、
一月(ひとつき)もしないうちに、
チンピラのケンカを止めようとして、
ナイフに刺されて、死んでしまった。

「波はよせ。
波はかへし。
波は涯(はて)知らぬ外海(そとうみ)にもどり。
雪や。
霙(みぞれ)や。
晴天や。
億(おく)萬(まん)の年をつかれもなく。
波はよせ。
波はかへし。」

 私は、いつもひとりだった。
羽田空港に近い、
穴(あな)守(もり)稲荷(いなり)のある町で生れ育ち、
ひとりっこだった。父と母は、
小さな町工場(まちこうば)で、朝から晩(ばん)まで
働いていた。
私が高校に入る頃に父が死に、
高校を卒業する頃に母が死んだ。
私たちの家は、小さなマンションの
十一階にあり、
南の窓から海が見えた。
沖のほうから、白い波が走ってきて
消えていく。そして、また、走ってくる。
父は工場で事故で死に、
母は高血圧で死んだ。
どちらのときも、私は海を見つめた。
聞えるはずのない、波の音を聞いていた。
波はよみがえる。ひとは死ぬ。
私は、今日まで、しあわせだった。
さびしかったけど、しあわせだった。
きっと誰かが帰ってくる。
波が、帰ってくるように。

「波はよせ。
波はかへし。
波は古びた石垣をなめ。」

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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