一倉宏 2010年2月20日ライブ



   夢を話せば
            ストーリー 一倉宏
               出演 坂東工西尾まり

<男>
君だって 夢みていただろう いつもいっていた
夢のない男はいやだ 夢をもてない男に興味はない

<女>
その夢から 何年が経ったと思う?
あなたは いまも夢の話ばかり いいえ 夢のような話ばかり

<男>
夢なんて 食べられないっていうんだろ
そのとおり 夢を食べられるのはバクだけだよな
飲みにいこうよ 「夢の扉」という あのBARへ
僕の夢をグラスに おかわり自由の夢を いくらでも

<女>
そうやってまた 夢の話をするんだ
私は あなたの夢に 酔いすぎていた
それ以上に あなたはあなたの夢に 酔いすぎてしまう

<男>
あの日 君に出会えたことは 夢のようだった
それでもいい足りない 夢の中でみる 夢のようだった

<女>
だとすれば この私は 夢の中の夢の女
あなたが話すことは いつも 夢のまた夢

<男>
夢から覚めても それでもまだ 夢があるから
そしてずっと 君は夢の女だ 僕にとって 

<女>
私の夢は あなたがもう 夢から覚めること
そうしてもういちど ふたりの夢をみること 

<男>
僕はみるべきだろうか 君のみる その夢を
夢を捨てる僕を 僕の夢を捨てて叶える 君の夢を

<女>
私は決して 夢のような日々を 夢みてはいない
夢ではない夢をみたい ただそれだけ
それでも夢だというの こんなにもささやかな夢を

<男>
僕の夢は 僕のみる夢を 君とみることだ
君のみる夢を 僕もみることだ
それが 僕らの夢だったじゃないか

<女>
あなたが夢をみているあいだに なんども朝がやってきた
あなたの夢を覚まさないよう いつもそっと出ていった
夢をみているあなたの寝顔が 私の幸せだったとしても

<男>
君の横顔は 夢のように美しい いまも

<女>
涙がでてきた 
涙で曇って もうみえない 夢は

<男>
今夜は帰ろう 僕の夢の中へ

<女>
夢なら覚めて おねがい この夢は長すぎる

<男>
帰ろう 夢の中へ

<女>
こうして いつまでも私は 夢みつづけていくのか
この長すぎる夢から 覚める朝を

<男>
信じないのか 僕らの夢を

<女>
信じてる 夢ではない あなたなら 

出演者情報:坂東工西尾まり

Tagged: , , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 10年2月20日ライブ



アラスカの雪の上で 

          ストーリー 中山佐知子
             出演 大川泰樹

アラスカの雪の上で僕は生まれた。
僕の母さんはカリブーだった。
だから僕はいまでもきっとカリブーの姿をしているのだと思う。

僕には双子の妹がいた。
カリブーは普通一頭しか子供を生まないからこれは不思議だ。
もしかしたら、僕は生まれてすぐに母を亡くして
そばにいた雌のカリブーを母さんだと思いこんだのかもしれなかった。
双子の妹は僕より何時間かあとに生まれ、
生まれてすぐにオオカミに見つかった。

カリブーの群れにはいつもオオカミがつきまとい
弱ったカリブーや生まれたてのカリブーが狙われる。
僕と母さんは走って逃げることができたのに
妹は僕たちに追いつくことができなかった。

そうして、妹はオオカミに食べられて
オオカミのカラダの一部になったけれど
熊になるカリブーもいる。
人間になるカリブーだってときどきはいる。
オオカミの食べ残しはキツネやコヨーテがきれいにしてくれる。
僕たちはアラスカの、
肉を食らうあらゆる生き物を養っている。

それから、僕たちは草を食べる生き物を養うこともできる。
カリブーのいる土地が豊かなのは
何万年も昔からしたたりつづけたカリブーの血や
ツンドラに層をなして埋もれている毛や骨や角のおかげだ。
その土から草が生え花が咲き
僕たちはその草を食べて命をつなぐ。
カリブーもまたカリブーを食べているのだ。

冬が終わると、僕たちは北の平原をめざして1000キロの旅をする。
アラスカの北極海に面した東には
カリブーが子供を育てる楽園があって
旅の途中で生まれた子供もこれから生まれる子供も
みんな一緒にブルックス山脈を越え、氷の川を渡る。
小さな群れはやがて千頭の群れになり、
1万になり、10万の群れに膨れ上がって平原を埋め尽くす。

僕たちの行く手にはいつもクマやオオカミがいる。
人間は銃を構えて待ち伏せている。
けれども僕たちは生まれ落ちた瞬間から死を恐れることがない。
カリブーにとって自分の死は大きな事件ではなく
夢から夢へジャンプするような出来ごとに過ぎない。
僕たちはアラスカだから。
アラスカのすべてがカリブーなのだから
僕たちはあらゆるものに自分の血と肉を与えながら
頭と角を高く上げて旅をつづける。

やがて夏が来て、ツンドラの凍った土が少しだけ緩むと
ローズマリーやワタスゲ、ポピーやファイヤーウィードが咲いて
楽園は花で埋まる。
その花々もまたカリブーの一部なのだということを
僕は、生まれる前の夢で知っていたと思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2010年2月20日ライブ



3月は握手をして

             ストーリー 一倉宏
                出演 清水理沙
                             
いちばん短い月 2月は 3月にいいました
さようなら 握手をしましょう
ようやく芽吹いたつぼみたちを どうぞよろしく 
雪解けのせせらぎをつくる陽射しを どうぞことしも
明るい春を待ちわびた受験生たちを
どうぞ あなたの暖かい笑顔で 迎えてあげてください
いちばん短い月 2月はそういって 
3月と やわらかな握手をしたのです

3月は 別れの月 
握手をしましょう さようならの握手を
街路樹の枝を揺らして 電線をすすり泣かせて
まだ冷たさの残る風は 吹き過ぎてゆきます
さようなら 石油ストーブと やかんの湯気
くもった窓ガラスに 指で書いた絵
さようなら 衿を立てたコート ポケットに入れた手

さようなら もう さようならの季節だから
それなのに こたつの中にいるネコは出てこない
そろそろ さようならをしないとね こたつにも
おばあちゃんは 肉球をやさしく包んで いいきかせます
なのに こたつの中のネコは さっと手をひっこめる
さようなら なごりおしいけれど
さようなら もう 春だから

さようなら 6年生の教室 ランドセル
机にも椅子にも 図書室にもプールにも さようなら
逆上がりのつらかった鉄棒 楽しみだった給食のハンバーグ
さようなら 大好きだった先生とも お別れの握手 
涙で濡れたちいさなその手を ズボンで拭いて

さようなら 住み慣れた街
引越のトラックが到着すると 部屋は 手際よく空っぽになり
何年も住んだアパートに 置き忘れたものはなにもありません
だけど 壁紙のしみ 床の傷跡 過ぎた日々
さようなら ここに何度も遊びにきて そして去った彼女 
引越する若者は その部屋のドアノブと 最後の握手をします

さようなら 過ぎてゆく日々
立ち止ることのできない 時の歩み
3月と握手した 2月の手は とても冷たかった
2月にくらべれば 3月の手は たしかに暖かいのだけれど
やがて はなやいだ4月がやってくる
さようなら あとをよろしくと また握手をして
そのとき 3月は かすかに 
自分の手の冷たさを 知るのかもしれません

さようなら 春をよろしく

出演者情報:清水理沙 http://ashley-r-senzatempo.seesaa.net/

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

古川裕也 2010年2月20日ライブ



僕には君がわからなかった

               ストーリー 古川裕也
                  出演 大川泰樹

 春になると、君は僕の耳元で、突然ヴィトゲンシュタインと3回ささやいた。
何日かそれをくりかえすと、今度は、エイゼンシュテインと3回ささやいた。
その完璧にコントロールされた吐息の質と量に僕は君の思惑通り興奮した。
というか、僕が興奮するまで君はそれをやめなかった。
やがて僕の方がそれを期待するようにさえなった。
ルビンシュタインとささやかれたら興奮するだろうか。
ストラヴィンスキーだとどんな感じだろうかと。
今となっては無邪気な思い出だけれど、間違いなく言えるのは、
君が僕が出会った中で飛びぬけて不思議な女の子だったということだ。

 春になると、僕たちはよくけんかをした。
細かいことはいちいち覚えていないけれど、
いちばん深刻なけんかの原因は、確か、八重洲ブックセンターの
5色あるしおりのうち、ふたりがいちばん好きなムラサキ色が一枚しかなくて、
それを取り合ったことだと記憶している。
今から考えてもお互い譲れない問題だったと思う。
とくにその本が長編小説である場合、
それは読後感に決定的な意味を持つ。
ジョイスを読んでるのにトルストイを読んでるような感じになることすらある。
それはよくない。
喧嘩の決着がつかないと、君は必ず街の時計台のいちばん上に登って
降りてこなかった。
春とはいっても、そこは寒い。
たぶん。君は、またたくまに風邪をひいた。
咳をしては、その振動で時計を3分遅らせ、洟をかんでは7分、
くしゃみをしては11分遅らせた。
これは、街のヒトみんなの迷惑のみならず、
僕たちが喧嘩をしていることを街中に知らせることも意味した。
今となっては無邪気な思い出だけれど、間違いなく言えるのは、
君が僕が出会った中で飛びぬけて不思議な女の子だったということだ。

 春になると、僕たちはよく散歩に出かけた。
そうしてみると僕たちはそれなりに似合いのカップルだったと思う。
セーヌ河沿いも散歩したし、テムズ河沿いも、テベレ河沿いも、
ガンジス河沿いも、チグリスユーフラテス河沿いも、
黄河沿いも、多摩川沿いも。
君は気持ちのいい春の空気に触れると必ず僕の耳
に噛付いた。しかもちぎれるまでやめなかった。
ちぎった僕の耳をくわえる君の顔には残忍さなど微塵もなく、
むしろ愛情にあふれていて、僕はうれしかったけれど、
正直ちょっと痛かった。
もういちど耳が生えてくるまで2週間くらいかかったし。
今となっては無邪気な思い出だけれど、間違いなく言えるのは、
君が僕が出会った中で飛びぬけて不思議な女の子だったということだ。

 春になると、とても悲しいことが起こる。
君の17歳の妹が死んだのだ。葬儀で妹のために自作の詩を読んだ君は
美しく気高かった。今回の神様の行いを咎める詩だった。
“神様、あなたはときどきまちがえる”というような題の。
美しい喪服姿の君は葬儀が終わると僕の手をぐいぐい引っ張って行った。
ある種興奮してる様子だったので、
僕のアタマの中には、エロスとタナトスとか
ジョルジュ・バタイユなどの単語が浮かんでいた。
立ち止まった瞬間、ヴィトゲンシュタインと耳元でささやかれると思っていたのだ。けれど、着いた先はなんの変哲もない中華料理屋。
僕がビールと餃子と焼きそばを食べてる間、君は、餃子8人前はじめ
店のメニュー全部平らげた。
“悲しいときがいちばんおなかがすくという真実を知ったわ”とか言いながら。
喪服をラー油だらけにして。
このできごとで、僕はますます君を好きになった。
今となっては無邪気な思い出だけれど、
間違いなく言えるのは、君が僕が出会った中で
飛びぬけて不思議な女の子だったということだ。

 僕には君がわからなかった。
こうして墓の下にいるとますますそう思う。

そして最後の春、なぜ君は僕を殺したんだろう。
あの日、あの時刻、たまたま気温が殺人に最適の19.4度になったから。
君がほんとうは猫であることに僕が気付いたから。
セックスではなく死を前にした男の耳に、
ヴィトゲンシュタインとささやいてみたかったから。
この3つのどれかの理由にちがいないと僕は思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

佐倉康彦 2010年2月20日ライブ



匂い

         ストーリー さくらやすひこ
            出演 清水理沙
                 
二度寝をしてしまった遅い朝、
ベッドの中は、私の匂いで満たされている。

正確に言えば、
昨日の夜に落とさなかった化粧とお酒と、
少しだけ後悔が入り交じった匂い。
ずっと点け放しになっているテレビからは、
気象予報士と呼ばれる中年男の
鼻にかかった声が聞こえている。

 上空に強い寒気が入り冬型の気圧配置が一層強まって
 今夜は雪になる見込みです。

それから一拍置いて
ステキな聖夜になりそうですね、とつけ加えたひと言が
刃物のように私を痛くする。

私は、まだベッドから抜け出せないでいる。
ベッドのそばに脱ぎ捨てたままのコートや
ストッキングからは
昨日の夜の執着が見え隠れしているようで、
慌てて目をそらす。

そんな昨日の残骸の中に、それはあった。
おそるおそる手を伸ばす。
誰が見ているわけでもないのに
用心深く手繰り寄せる。

ベッドから起きあがった私は、
少しだけ逡巡したあと
自分の胸元に、それをそっと引き寄せる。

ベッドの中の私の匂いが、
わずかだけれど薄まったように感じた。

ケータイが羽虫のような音を立てて震え出す。
私はそれに顔を埋めながら、震える羽虫の音を聞き続ける。
それには、
マフラーには、あいつの匂いがした、
ような気がした。
 
今夜、知らない誰かのために雪が降る。

出演者情報:清水理沙 http://ashley-r-senzatempo.seesaa.net/

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2010年2月ライブ



一軒宿の日記            

          ストーリー 中山佐知子
             出演 大川泰樹
                      
目が覚めたら、障子は明るいのにポタポタと雨音が聞こえていました。
雨音というより雫の音です。
2階から見ると、狭い道を隔てた共同浴場の屋根が白く光っていました。

雪、と僕は日記に書いたけれど本当は霜でした。
今朝は大霜です、と宿の女将さんの高い声が
階段を降りる僕の肩に刺さって、
僕は日記のウソを知られたかとうろたえました。

川沿いの一軒宿から見る景色は、その霜の朝を境に一変しました。

葉を落とした落葉樹は小骨のような枝がくっきりと見えてきました。
川も涸れて細い流れの両側には
あばらが浮き出るように大きな石が顔を出しました。

山も川もすべての罪をさらけ出して眠っているようでした。
僕もよく眠っています。
もう何日も眠りつづけています。

あなたがいなくなってから
あなたがこの世界から消えてから
僕ははじめてやすらかな日々を過しています。
あなたのカラダはもう僕を置き去りにすることはなく
あなたの心はどこにも飛んでいかない。

あなたの眼はもう誰も見ることがなく
あなたの手は誰にも触れることはない。
僕はすっかり安心して白いお湯の中で手足を伸ばし、
あなたを忘れる時間さえ持てるほどです。

お湯の湧く川の向こう岸には
石垣を組んで何軒かの家がうずくまり
そばの畑からここ何日か籾殻を焼く煙が登っています。
籾殻はじわじわと蒸し焼きにすると黒い炭になり
燃え過ぎると白い灰になると教わりました。

僕はきっと、いっぺん灰になってしまったんだ。
そして、灰ではないものに再生するために
この一軒宿にやってきて
心のアリバイを日記に書き続けているのだと思います。

籾殻の煙が消えると
西の空だけが不思議と明るく
ものの輪郭が不確かになる夕暮れがやってきます。

僕があなたの首に手をかけたとき大きく開いたあなたの眼
あのときの眼が日記を覗きこむ気配を感じるのも
そんな夕暮れです。

あなたはその眼を、もう一度眠らせてもらいたいですか。

日記の中の僕は
いなくなったあなたを悲しんでいるけれど
日記を書いている僕は、
何度でもあなたの眼を閉ざすことができます。
それほど僕は、あなたの眼を愛しています。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ