アーカイブ

一倉宏 2009年5月16日ライブ



ハローとグッバイの間に
             

ストーリー 一倉宏
出演  坂東工

あなたと僕がはじめて出会ったのは 僕の誕生日でしたね

ほんとうのことをいえば 僕は よく憶えていないのだけれど
あなたは くりかえし 話してくれた
その朝の 空の青さ 風の匂い 緑の眩しさまで

その日から 僕には なにもかもはじめてのことばかり

あなたとの出会いは 人生でいちばん大きな 運命だと思う
ほかの誰でもありえなかった この世界でただひとり
絶対の運命 といえる女性は ほかにいない

あなたが僕を見つめるたびに 僕はしあわせを憶えた

あのころの僕は わがままなほど あなたを独占しましたね
それを許して 厭いもせず いつも笑顔で
あなたを なにかに喩えるなら 太陽というほかにない

あなたが僕にくれたのは 生きるよろこび そのもの

僕はいつも 叫びたいほどの気持ちだった
目覚めればそこに あなたがいるしあわせ
いない夜のかなしみ そして その肌のぬくもりも

あなたなしでは生きてゆけない 僕だったから

それはなんの大袈裟でもなく あなたについて思ったこと
いつか 壊れるほどに泣いた日を 憶えています
その胸に委ねた この僕の小ささ 悲しそうなあなたの顔

あなたの教えてくれたこと 僕はいつまでも忘れない

美しい歌 心をこめたことば この世界の歩き方
ごはんのおいしさも 読書のたのしさも
そして 誰かを傷つけること 自分の弱さと過ちについて 
  
あなたに会えてよかった あなたがいてよかった

あなたとの出会いは 人生でいちばん大きな 運命に違いない
ほかの誰でもありえなかった この世界でただひとり
あなたがいなければ この僕はいなかった

おかあさん

あなたとの別れのときが とうとう来てしまいました
怖くて想像できなかった別れが ついに
想像しても 覚悟をしても 実感できない別れが

あなたとのさよならは 凍るような夜の果て

ながらく むずかしい病と闘っていたあなたは
突然のように力尽き 戻れない橋を渡っていった
搬送する救急隊の 後を追って走るあいだに
あなたの帰りたかった故郷の街が 天の川のように見えました

さようなら おかあさん 

あなたと僕がはじめて出会ったのは 僕の誕生日でしたね

ほんとうのことをいえば 僕は よく憶えていないのだけれど
あなたは くりかえし 話してくれた
その朝の 空の青さ 風の匂い 緑の眩しさ
その愛の はじまりを

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

古田彰一 2009年5月16日ライブ



VOICE LOVE.

              
ストーリー 古田彰一
出演 西尾まり

オバマ大統領って、声がいいから
大統領になれたのだと思う。

スピーチの中身はよく覚えていないけど、
そのハリのある声を聴いたとき、
私はオバマさんを支持してしまった。

そう。私はいつもそう。
声で、人を好きになる。

「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつも間違い電話をかけてくる男の人。
タイプの声だった。
白馬の王子様の声って、こんな声なんだと思った。

「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつのまにか、間違い電話を心待ちにしている私がいた。
そう、私は、恋に落ちていた。
ていうか、声に墜ちていた。

「あ、ごめんなさい。間違えました。」
いつもの短い台詞。もっと彼の声が聴きたいのに。
違う言葉を聞いてみたいのに。

チャンスは、相手のミスで訪れた。
今日に限って、彼は発信者表示を残した。
彼の電話番号。ここに折り返すだけでいい。

でも、なんて言えばいいの?
彼と同じく「あ、ごめんなさい。間違えました。」とか?
それじゃ話が広がらないし、
下手したらこれきりになっちゃうし。

ケータイを握りしめたまま固まっていると、
とつぜん着信音が鳴った。彼からだった。

「あ、ごめんなさい。いつも間違えてごめんなさい。
でも、どうしてもあなたの声が聴きたくて…」

波長ぴったりの、
声人(こえびと)ができました。

*出演者情報 西尾まり  03-5423-5904 シスカンパニー

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

名雪祐平 2009年5月16日ライブ



バーならず者   

              
ストーリー 名雪祐平
出演  坂東工

バーならず者は、マンションの一室を改造した、夜の隠れ家。
中年のマスターは、ゲイで、常連からは「ママ」と呼ばれている。

でも、いちばんの特徴は、このバーが
僕の事務所のすぐ隣りにある、ということだ。

ある8月の、湿気がきつい熱帯夜。

ピン、ポーン。
オートロックになっているマンションの入口から、
誰かが、僕の事務所を呼び出した。

壁の受話器を取る。
「はい」

小さなモニター画面を見ると、女が一人、ゆらゆら映っていた。
女の喉頸から顔が、アップになる。

「ならず者? ねえ、ならず者、ですか?」
酔って甘えるような、その声を聞いて、ようやく気づいた。
女は、女優のM.Nだった。

「ママ? あけて、おねがい」
僕は、すこしためらってから、
「大丈夫。いま開けるから」
とだけ言って、ロックをはずすスイッチを、押した。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2009年5月16日ライブ



木星からのメールが届く頃には

                    
ストーリー 一倉宏
出演 大川泰樹西尾まり

 
僕たちの船が旅立ってから ずいぶん長い時がたちました
 それ以上に いまの君と僕との距離は 気が遠くなるほどです

 まだ火星のあたりにいた頃は まいにちメールしましたね
 僕たちは 人類史上いちばんの長距離恋愛だ と笑って

 ときどき 
 地球のなんでもないことを 懐かしく思い出します
 たとえば 風です
 木立やカーテンを揺らしたり 
 頬や髪 からだで感じる あの風
 雨の降り出す前ぶれの かすかに湿った風の匂い
 はじめて半袖のシャツにした朝の 風の肌ざわり
 寒がりの僕があんなに悪態をついてた
 刃のような木枯らしでさえ いまは懐かしい
 春のある日 公園で あなたの前髪を揺らした
 そよ風ならば よけいに

 僕たちの乗った宇宙船では 風を感じることはなく
 ただ 二酸化炭素を吸収して 酸素を補給する空気が
 ダクトから しずかに流れるだけです 
 
 個人専用のハードディスクに 図書館ひとつぶんも
 貯め込んできた本も それから映画も 音楽も
 なんだかもう 飽きてきてしまいました
 それにくらべて カプセルの窓から見える宇宙は
 まいにちでも見飽きない美しさです
 あなたに見せたかった
 ひとつひとつの星が どんなにちいさく見えても
 ちゃんとそこにある それぞれに光ってる
 なんていうのか 宇宙を実際に見ていると 信じられる 
 宇宙という存在が はっきりとある そのすべてが

 ああ なんて伝えたらいいのか わかりません
 だからやっぱり 美しい としかいえない
 あなたの好きだった星 シリウスは手の届きそうなほど
 僕の好きな星 アルデバランも ほら そこにある

 木星に近づく頃にもらった あのメールは
 たしかに僕を驚かせ どうしようもなく悲しませたけれど
 いまは すべてを理解できると思っています
 宇宙のみごとなパノラマ以外は なんにもないここで
 まいにちまいにち同じように流れる この時間でさえ
 それは 気の遠くなるような長さだったのだから

 一日一日の 太陽が沈み 月が浮かび
 風が違い 光が違い 雲が動き 色が変わり
 日付けが変わり 季節が変わり 街のショウウインドウが変わり
 春が去り 夏にめぐり会い 秋を感じて 冬を迎え
 さまざまなひとに会い 数えきれないエピソードがあり
 まいにちまいにちが 目のまわるほどに動く
 その 地球の日々で あなたが
 どんなにどんなに 長い時間を過ごしたのか ということを
  
 だからいまは 理解できました
 ごめんなさいを 言わなければならないのは 僕のほうだった
 あまりに遠く あまりに長すぎる この旅に出た
 
 そろそろ木星も遠ざかる航路に就きました
 僕の撮った 木星の写真を送ります
 射手座生まれのあなたには 幸運の星だから

 どうぞお元気で みなさんによろしく
 それから 

 結婚おめでとう 

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP
      西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

小野田隆雄 2009年5月16日ライブ



アメリカン

                
ストーリー 小野田隆雄
出演 小野田隆雄

アメリカンと呼ばれる
うすいコーヒーを飲むときは
マグカップを使う。そして
受け皿であるソーサーは使用しない。
その理由について、
次のような話を聞いたことがある。
ここに、ひとりの右利きのカウボーイが
いて、西部の草原で牛を追って
移動中である。彼は、
なるべくなま水を飲まないように
している。大平原に医者はいない。
そして、のどが渇いたときは、
うすいコーヒーを大きめのカップに
いっぱいそそいで飲む。
そのとき、左手にカップを持つ。
そして、右手は、ソーサーを持たずに
手ぶらにしておく。なぜか。
ピストルのために、あけておくのである。
こうして、アメリカンタイプの
うすいコーヒーの飲み方が定まった、
という話である。もちろん、
ほんとうか、どうか、私は知らない。

アメリカン、といえば、
こんな話もある。
これも、昔のことだが。
照明マンのチーフであるSさんが、
コマーシャルの仕事で、
ニューヨークに滞在していたことがあった。
ある朝、彼は、若いスタッフたちと、
ホテルのティールームにいった。
さっそく、グラマーなウエイトレスが、
ニコニコしながら、近づいてきた。
「いらっしゃいませ。
 なにを召し上がりますか」
Sさんは、東京にいるときと同じように、
ボソボソした調子でいった。
「アメリカン」
すると、若いスタッフたちが、
後を追うように、Sさんに続いた。
「ぼくも、アメリカン」
「わたしも、アメリカン」
コーヒーを省略したのが
いけなかったようである。
ウエイトレスは、両手をひろげ、
しばらく、Sさんたちを見つめていたが、
「え?、うそみたい」と英語でいうと、
背中を向けていってしまった。
アメリカンコーヒーから、
コーヒーをとれば、アメリカン。
この言葉には、アメリカ人という
意味もある。
Sさんたちが、このことに気づくのには、
だいぶ時間がかかった、そうである。

なんだか、このごろ、アメリカ合衆国が
元気がない。アメリカンコーヒーの
どこか、ひとの好いうす味が、
そこはなとなく、なつかしい、
今日このごろである。

Tagged: ,   |  コメントを書く ページトップへ

小山佳奈 2009年5月16日ライブ


「正の字」  
           ストーリー 小山佳奈
              出演 西尾まり

私は恋をしています。
あの人を見るたび、私は正しいの「正」の字をノートにつけています。

電車で見かける。
靴箱で見かける。
廊下で、学食で、体育館で、見かける。
5回見ると、正の字が一つ出来上がります。
理科の美人の先生と話してるのを見かける。
先生の靴箱にさっき実験で使ったカエルの足を入れる。
あの人の携帯を見る。
知らない女から来てるメールを見る。消す。
知らない女をこの学校からしばらく消す。
あの人の妹と同じ店でバイトする。
仲良くなる。
おうちに遊びにいく。
あの人の部屋に入る。
ゴミ箱から爪のかけらを拾う。
飲みかけのコーラを一口飲んで、クスリを入れる。
あの人がこれを飲んでうちのパパの病院に運ばれて
それから毎日少しずつちがう点滴打って
一生病院から出られないようにする。

私は正しい恋をしています。
だって、ノート一冊分の正しいっていう字が、正しいと言ってるんだもの。
あの人のやせこけた顔を病院のベッドでやさしく見まもる日を夢見ながら、
今日も私は、
正しい、正しい、正しい、正しい、正しい・・・

*音楽著作権の関係で音声をお聴かせできず、ごめんなさい。

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ