中山佐知子 2010年5月30日



地平線はいつも砂の彼方に

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

地平線はいつも砂の彼方にあった。
東の地平線に押し出されるようにして太陽が姿を見せると
砂の温度はじりじりと上がり
しまいには駱駝さえ歩みを止める熱さになる。
だからこの季節にシルクロードを行く旅人は
真昼の太陽が西の地平線に傾くまでテントで暑さを避け
夕陽を背負って旅をつづけるのだった。

砂漠を縁取って点在するオアシスとオアシスの長い距離には
運のいい旅人と駱駝がかろうじて死なない間隔で
泉が見つかった。
モホライの泉、塩味。
ポプラの泉、ちょろちょろと滴るだけの水。
駱駝の泉、塩味。
僕は案内人が教えてくれる泉の名前と水の味を
日記に書きとめるようになった。

天山(てんざん)山脈の雪解け水を腹いっぱい吸い込んだタクラマカンが
ほんの少しだけ旅人に分け与える水は
たいがい塩分を含み、濁ってもいた。
砂漠は人を嫌っているのだろうか。
この塩辛い水は砂漠へ足を踏み入れた人間への警告なのだろうか。
それでも何日も水を与えられずに歩かされていた駱駝は
大喜びで集まってきたし、
人もその水を飲むしかなかった。

砂漠は天気や太陽の角度によってその色を変える。
明けがた灰色だった砂の山は
日が登るにつれて霞のような青みがかった色になり、
オリーブ油のような黄色、駱駝の毛の色、オレンジの皮の色にも変化した。
ときには煤を溶かしたようにどんよりするときもあった。
夕暮れはいつも金色に染まり
その黄金の海を漕ぎ渡る船のように駱駝の隊列が進んでいった。

桜蘭を出て20日ほど過ぎた夕暮れ、
僕たちは三日月の形をした大きな砂の山脈と
その谷間にかくまわれる三日月の湖を見た。
山は金色に輝き,湖は青く澄みわたっていた。
鳴砂の山と三日月の湖だ、と案内人が言った。

大河さえ砂に追われて100キロ先へ逃げていく砂漠において
この小さな湖はひとつの場所で悠久のときを踏みとどまっていた。
岸辺の柳は葉を揺らし、七つの星と呼ばれる草が生え
ナツメの花の香りもあたりに満ちていた。
三千年の間、砂は湖を埋めることがなく
湖は水を枯らすことはなかった。
また溢れて砂を押し流すこともなかった。

僕は山の名前と湖の名前を日記に書きとめたけれど
そのあとにつづく言葉がなかった。
相容れないはずの水と砂が
お互いを尊重しあってたたずむ奇跡のような姿を
言いあらわす言葉が僕にはなかった。

ただ僕は、砂の地平線を眺めつづけた旅を思った。
砂漠は僕を殺さなかった。
砂漠は塩気を含んだ水の試練を与えるが
その試練こそ人が生残る手段であり
乾いた砂と人が共存するバランスそのものだったのだ。

西の水平線に夕陽が沈むと東の空に月が浮かんだ。
僕は砂漠の色と砂漠の意思を書きとめるために日記を取り出し
ページの間にはさまっていた砂を払い落とした。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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山本高史 2010年5月23日



地平線。

ストーリー 山本高史
出演 毬谷友子

つまらないわね、地平線。
いいよ、広大だよ、感動するよ、って聞いてたのよ。
だから、地平線という「ブツ」があると思ってたの。
その「ブツ」が私に何か素晴らしい体験をさせてくれる。
「ブツ」じゃないのね、線なのね、まあ、線ってついてるけど、
まさか線だけとはね。

でね、私これ、線ですらないと思うの。
空があって地面があって、それでその継ぎ目が結果的に線になってるだけでしょ?
神様は積極的にそこに線を引こうと思ったんじゃないと思うの。
神様は空と地面をつくってそこで気が済んでどこか次の場所に行っちゃって、
それを見た人間が、お、空だ、お、地面だ、おいおいあそこに線だべ、
フムフムなるほど線に見えるだべ、っていきさつだったと思うの。
地球黎明期のこぼれ話。

ま、成り立ちはどうであれ、とりあえずコヤツは線である、としましょ。
でね、線、おもしろい?線に感動する?
感動するって言ってたお友達、もともとセンスのない人だなと思ってたんだけど、
パープルにブルー合わせたりね、あの人の感覚こそ感動ね。
「街で暮らしてたら一生出逢えないから!」って涙目で言ってたけど、
出逢えるわよ、って言うか、描けるわよ、私。線だもん。
ちょっと気がついたことがあるので逆に教えてあげたいんだけど、
地平線がある=(イコール)何もない、ということなのね。
シャネルも、ヴィトンもないし、ディーン&デルーカもマクドナルドもない。
あらま、後ろ側も地平線。
シャネルも、ヴィトンもないし、ディーン&デルーカもマクドナルドもない。
あの人、こんなことも言ってたわ。
「地平線を眺めながら、その向こうに何があるか思いを馳せるんだ」
それを聞いたときの私の想像力によると、
まず地平線という恐ろしく感動的な「ブツ」があり、
地平線の手前からはその先は見えないが、
そこについてるドアを開けて向こうに行くと、
あらまこんなところに「ほにゃらら」が!ってことだったのよ。
あの人には何が見えたか聞かなかったけど、
今の私にはコーラの自動販売機くらいしか思い浮かばないわ。

ケータイ、圏外じゃない。i-phoneだから?
タクシー呼べないじゃない。さっき返さなきゃよかった。
この際だからバスでもいいわよ。バス停はどこ?バス停「地平線前」。

出演者情報:毬谷友子 J.CLIP http://www.j-clip.co.jp/

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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小山佳奈 2010年5月16日



「地平線の向こう側、あるいは、そのこちら側」

ストーリー 小山佳奈
出演 三坂知絵子

私は
あんたたちより顔もいいし 
あんたたちより頭もいいし
あんたたちよりスタイルもいいし

だからあんたたちがたかだか教科書見せてくれないくらいで
私はあんたたちを恨んだりもしないし泣いたりもしない

私の教科書は「ニューホライズン」
あんたたちの教科書は「サンシャイン」

だから何?

窓の外にはバカみたく葉を生い茂らせる木々と
バカみたくはしゃいでる校庭の男子たちと
そんな男子を見てもっとバカみたくはしゃいでる女子たち

それを見てる私もバカみたい
今日も英語の授業はたんたんと進んでいく
何ページなのかもとうにわからないけど

隣の女の子は妹に似ている
いつも周りに取り入ってへらへら生きてる妹
私はこんどの学校でもうまくやってる妹が
正直にくくてたまらない

音読する順番がまわってくる
でも私には教科書がないから読めない

せっかく「わたなべ」って名字に変わったのに
わ行マジックもこれで終わり
たしかに新学期になって1カ月もたてば
名簿だって一巡する

ほんの少し離れたところからやってきただけなのに
ほんの少し「ありがと」のイントネーションが違うだけなのに

あぁあゲームセットノーサイド
こんなことならサボればよかった
この街に来なきゃよかった
お父さんについていけばよかった

「私はいじめられています」

立ち上がろうとしたその瞬間
すっと隣から差し出されたのは
いっぱい線が引いてある
27ページ目のサンシャインだった

「3行目」

隣の子はまっすぐ前を向いてそう言ったきり
こちらを見向きもしない

私は言われるがまま必死で読んだ
ケンだかマイクだかが今度の週末のパーティーに女の子を誘おうとしてるみたいな
そんなどうでもいい英文を必死で読んだ

気づいたら授業は何事もなかったように進んでいた
あぶら汗でにじんだ手のひらには
自分で立てた爪のあとがくっきり残る
窓の外には青葉が太陽に遊ばれて影を揺らしている

“ニューホライズン”から“サンシャイン”
新しい地平線からやっと日が出ました

って アハハ 私 サムい

そして私は無性に言いたくなった

「ありがと」

隣の子は見向きもせず言った

「へんなイントネーション」

出演者情報:三坂知絵子 http://www.studio-2-neo.com/

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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小野田隆雄 2010年5月9日

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ホライズン

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

地平線のことを英語ではホライズンと言う。

水平線のこともホライズンと言う。
「ですから、ザ・サン・ライジズ・

アバブ・ザ・ホライズン。

という文章は、この一行だけでは、

太陽が地平線に昇ってくるのか、

水平線に昇ってくるのか、

ほんとうはわかりません。」

五月の中旬、よく晴れた風のある日。

月曜日の午後の、英語の授業。

いつも黒いスーツを着て

ちょっと謎めいて美しい人、

英語の松島めぐみ先生が、

よくとおる声で話している。

「でも、ここに書いてあるのは、

スコットランドの草原のお話ですから、

このホライズンは、地平線ですね」

そして、この声を聞きながら、宮下順子は

いつのまにか、眠ってしまった。

太平洋に向かって砂浜が続く、

茨城県の大洗(おおあらい)海岸にほど近い、小さな町で、
順子は、この春、中学二年生になった。

その日、学校が終って、その帰り道、

順子は、ひとり歩いている。
町の北側を、海に向かって流れる川の

土手の上にまっすぐ続く、

ソメイヨシノの桜並木の道である。

桜並木は、すっかり葉桜になって

その葉陰から、風が吹くたび、

パラパラ、パラパラ、

ちいさなソメイヨシノのサクランボが

落ちてくる。でも、このサクランボを

たわむれに口に含んだりすると、

びっくりするほど苦い。

そのことに彼女が気づいたのは、

小学二年生の頃だった。
桜並木を歩きながら、順子は思った。

「水平線と地平線が同じ言葉だなんて

なぜなんだろう。

小さな島に生まれ、一生そこに住む人は、

水平線しか知らないのかな。

大きな大陸の真(ま)ん中(なか)に生まれ、

ずーっと、そこに生きる人は、

地平線しか知らないのかな。

この町では、いつも太陽は、
水平線に昇り、地平線に沈むのに。」

そんなことを、順子は思った。

はるか遠い草原(そうげん)の地平線から

恋する男が裸(はだか)馬(うま)に乗って、走ってくる。

草原のこちら側から、恋する若い女が

やはり裸馬に乗って、

若い男に向かって走っていく。

そして、誰もいない草原で

ふたりは馬の上で抱き合い、

そのまま、抱き合ったまま、草原に落ちる。

そうやって、チンギスハーンの国では、

愛を誓いあったそうだ。

そういう話を、

東京で大学の先生をしている

母の弟にあたるおじさんが、

今年のお正月にお酒に酔って、

大きな声で話してくれた。

「まあ、子供のまえで」、と

母に言われながら。


真紅(まっか)な太陽が地平線に沈む。

その光の中で、抱き合っているふたり。
桜並木が終り、海に近づくあたり、
川には長い橋がかかっている。

橋の向こうに広がる海の色は、

そろそろ深い色に沈み始めて、

カモメが白く飛んでいる。

その橋の上に、海に向かって立っている、

ひとりの女性の姿があった。

黒いスーツの、その後姿に、

もしかしたら、松島先生かなと思った。

海をみつめているのだろうか。それとも、

誰かを待っているのだろうか。

そのとき、順子は、

そこに太陽が沈むはずはないのに、

水平線の空のあたりが、

真紅(まっか)に染まっていくのを見た。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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一倉宏 2010年5月2日



東京にないもの
              

ストーリー 一倉宏
出演 高田聖子

むかし 高村智恵子さんは「東京には空がない」といった
いま よく晴れた日に 高層ビルの展望階に昇れば
東京の空も ずいぶんと広い
それでも 智恵子さんは「ほんとの空じゃない」というだろう
どんなによく晴れた日の どんな超高層ビルからも
彼女の ほんとうの 安達太良山の上の空は 見えない

会社の同僚の 落合咲恵さんは「東京には海がない」という
私は驚いて 彼女の顔を見る
「浜松町まで行って 5分も歩けば見えるあれは 何よ?」
「あれは湾 東京湾 海じゃない」と
九十九里育ちの 咲恵さんはいうのだ

東京には 隅田川も多摩川もある 神田川もある
しかし 神田川を 日本人には有名な川だ
有名なフォークソングに歌われていると紹介すると
エジプトのひとたちは笑うらしい
「これは川じゃない 側溝だ」と

東京にないもの
大阪生まれの吉岡部長は「東京には愛想があらへん」という
吉岡部長は 東京のたこ焼きにも 文句をいう

東京にないもの
 
同級生だった 玉村直之くんは「東京には友達がいない」といった
「直くんは ずっと地元だからね あっちが似合うし
 でも 池沢くんや 中里くんはどうなのよ」
「もう10年以上 年賀状もよこさん」
結婚する前 上京した玉村くんと 渋谷でお茶をした
「それだったら この私は? 年賀状出してるよ」
玉村くんは黙った それからこういった
「たとえ 大むかしでもな ほんのちょっとでも
 付き合った女子のこと 友達とは いいたくない」
それなら どうして・・・ 彼は私を・・・ 
呼び出したのだろう?

去年の連休は 夫の実家で過ごした
休みが終わる日 帰り支度をしていた朝
夫の祖母が畑から ごっそりと野菜を運んできてくれた
「そんなもん 
 東京には ねーもんなんか ねーだわ」
祖父が そういって笑った
「いえいえ こんなに自然な野菜 うれしい」と 私はいった
まがったキュウリ すこし小ぶりのトマト
東京にも ないわけじゃない 無農薬とか謳う店に

案の定 渋滞した高速道路
実家の 父母祖父母の前では あんなにおしゃべりで
機嫌のよかった夫が 押し黙る
ないものはない 東京に 帰る途上で
ないものなんてない 東京が 近づくにつれ

「しまった」 と 夫が舌打ちした
「何 忘れもの?」 と 私はきいた
「あした 7時から早朝会議だった 6時には出ないと
 ・・・起こしてくれよ」

東京にないもの
東京にないもの

出演者情報:高田聖子 03-5361-3031 ヴィレッジ

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2010年5月(地平線)

5月2日 一倉宏 & 高田聖子
5月9日 小野田隆雄 & 久世星佳
5月16日 小山佳奈 & 三坂知絵子
5月23日 山本高史 & 毬谷友子
5月30日 中山佐知子 & 大川泰樹

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