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蛭田瑞穂 2008年12月19日



スーパーマーケットポエトリー

                 
ストーリー 蛭田瑞穂
出演 坂東工

いまから44年前の1964年に、
アメリカの農務省がある実験をおこなった。
それは3つの州からいくつかのスーパーマーケットを選び、
店内のレイアウトを変えてみる、というものだ。

どのように変えたかというと、
通路の外周に沿って置かれていた肉や野菜を中央の通路にまとめて、
中央に置かれていた缶詰やパスタを通路の外周に並べた。
つまり生鮮食品とそれ以外の商品の売り場を入れ替えてみたんだ。

そして1300人の客に実際に買い物をしてもらい、
その行動を細かく調査した。
結果わかったのは、生鮮食品を店の中央に置いたことで
買い物客の購入行動ははっきりと低下した、ということだった。
一人当たりの平均購入品目は18から14に減り、
購入金額は33パーセントも減少した。

この実験から、アメリカ農務省はひとつの結論を出した。
それはスーパーマーケットにおける客の購入金額は、
買い物客が店内を歩く距離によって決まる、というものだ。

どういうことかというと、
生鮮食品のようなその日の食事に必要なものを、
店内をぐるっと一周するように置くと、
買い物客はそれを買うために店の中をより長く歩くことになり、
同時により多くの商品を目にすることになる。
すると、本来買わなくてもいいものまで買ってしまう。
そういう人間の無意識の行動を、実験結果の中に見つけたんだ。

それ以来、どのスーパーマーケットも、
買い物客に店全体を歩き回らせることを意図して
設計されるようになった。
入口を入ってすぐに野菜売り場があって、
次に魚売り場、次に肉売り場、次にパン売り場。
どのスーパーマーケットもだいたいこの順番で配置されているだろう。
それには、こういう理由があるんだよ。

そう、それでね、結局僕が何を言いたいかというと、
スーパーマーケットという空間における僕らの行動というのは、
すでに何者かによって決められている、ということなんだ。

だから、僕がさっき、グレープフルーツ売り場の前で君を見たとき、
一瞬で恋に落ちてしまったのは、偶然なんかじゃなくて、
それはスーパーマーケットが導いたことなんだよ。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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小野田隆雄 2008年12月12日



ミッドナイトマーケット

            
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳  

 
金色のちいさき鳥のかたちして
銀杏ちるなり岡の夕日に。与謝野晶子。
夕焼け空を、風に輝きながら、
小鳥のように舞う銀杏の葉も、いまは、
すっかり散ってしまったでしょうか。

今晩は、久世星佳です。
今日から明日へ、なつかしい、
夢のおみやげをご紹介する
ミッド・ナイト・マーケット。

眠り姫のやさしい胸に抱かれるまで
しばし、私のお話に
耳をかたむけて、くださいませんか。

さて今夜は、かわいい小鳥たちと
小鳥たちをめぐるお話も集まってくる
小鳥の市場で、
拾い集めたお話からです。
小鳥の市場は、八ヶ岳の山々の奥の、
星の牧場に近い高原の村にあります。
多くのひとは、その存在を知りません。
でも、色いろなひとが昔から、
ひっそりここを訪れていたのです。
はるばる、海を越えて、ベルギーから
チルチルとミチルという兄と妹が、
幸せの青い鳥をさがして
やってきたとも、いわれています。

私がこの市場で聞きたかったのは、
歌を忘れたカナリアのことです。
このカナリアは、
ある詩人が飼っていたのですが、
ある日、突然、歌わなくなりました。
詩人は、色いろなものを食べさせたり、
鳥のお医者様にも診断してもらいました。
けれど、カナリアは、
低く、チュッ、チュッ、と鳴くだけで、
真珠をころがすような、あの美しい歌声は
出せなくなっていました。そして、
悲しそうに、詩人をみます。
「わたしはもう歌えません。
どうぞ、わたしのことは
 忘れてください」
カナリアは、そういっているように
詩人には見えました。
どうしよう、と詩人は思いました。
いっそのこと、近くの山に
放してしまおうか。
いやいや、もしも、性悪のカラスたちに
いじめられたら、かわいそうだ。
それでは、と、詩人は
心を鬼にして、考えました、
家のうしろの竹やぶに埋めてしまえ。
けれど、心のやさしい詩人に、
そんなことが出来るはずもありません。
それでは、柳の枝を鞭にして
たたいてしまおうか。
でも、詩人は、自分が鞭に打たれることを
考えると、体がふるえてくるのでした。
とうとう詩人は、ある月の明るい夜に、
小さな象牙の船に、銀の櫂をつけ、
そこにカナリアを乗せて、そっと
海に浮べてみました。
なんだか、そうすれば、歌を思い出して
くれそうに思ったのです。

さて、私は、あのカナリアが歌を思い出した
かどうか、知りたかった。
そこで、この市場に、いちばん古くから、
お店を出している、百歳をらくらくと
超えていそうな、アラビアうまれの老人に
カナリアのことを尋ねました。
老人は、トビ色の眼をキラリとさせて
いいました。
「私は、あの詩人に教えてあげたのだよ。
 彼の夢枕に立ってね。
 ヒヨコグサをあげなさいと。
 それから、カナリアは、
歌を思い出したのさ」

ヒヨコグサ、あなたはご存知ですか。
春の七草のひとつ、ハコベのことです。
小鳥の好物です。でも、人間が、恋をなく
したり、歌を忘れたときも、効果があるか
もしれませんね。それでは、良い夢路へ、
ボン・ボヤージュ。おやすみなさい。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属


shoji.jpg
  動画制作:庄司輝秋

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一倉宏 2008年12月5日



いつものとおりに その通りを

                
ストーリー 一倉宏
出演  平田広明

改札を出ると いくつかの道がある
私は いちばんにぎやかでない通りを歩いて帰る
にぎやかでないとはいっても ちいさな店が並ぶ

角は不動産屋 
そして キュウリ1本でも買いやすい八百屋
煮魚のコツなんかを 親切に教えてくれる魚屋のおじさん
その隣のちいさな花屋も 比較的遅くまで店を開けていて
立ち飲みに近いカウンターに店頭売りもある焼鳥屋
ここの手羽先とスナギモとナンコツをたまに買う

昔からそこにあったらしい 床屋と和菓子屋は
私が帰るころには いつも明かりが消えているけれど
地元のお年寄りとともに 若者も多いこの街では
古着屋や中古のCDショップも ぽつぽつと出来てきた
手描きの看板に 古いアメリカのポスター
どこかから拾ってきたようなオブジェに なんでも安い商品
駅前の街頭放送と かけ声はもうない

いつものとおりに 歩いてゆく
その通りは だんだん人通りも少なくなって
私のアパートのある 住宅街へとつづく
ありふれた屋号の蕎麦屋が のれんをしまう
自転車屋もとっくに明かりを消した

まだ一軒 「がんばり屋」という名前の
日用雑貨の店が 遅くまで営業している
私はここで あるとき白いちいさなケトルを買ったが
「がんばり屋」のご主人は 聞きもしないのに
そのケトルが値段の割にいい品物である話と
少年サッカーでコーチをずっとやっている話と
つぎのワールドカップとつぎの総選挙の話までして
900円のところを880円にまけてくれた
「がんばり屋」はわるい店ではないけれど
ちょっとめんどくさい

そしてもう一軒 「はずかしがり屋」が開いている
「はずかしがり屋」は しいて説明するなら
古本屋 兼 アンティーク小物屋だろうか
眼鏡をかけた か細い まだ若い 女性がいつも
本を読みながら じっと座っている
私はここで 何冊かの本と ブリキのペンケースを買った
「はずかしがり屋」さんは かすれた声でお礼をいう
話せばきっと 話が合いそうな気もするけれど
私たちはまだ ほとんど話したことがない

そして最後に 「さびしがり屋」という店で
私は いつものように ビールを飲む
「さびしがり屋」は 案外 にぎやかな店だ
いいえ そうではなくやっぱり 名前のとおりに 
常連客の集まるにぎやかな店 というべきかもしれない
私はここで どうでもいいような話をして 
ほっと息をつき なにかを軽くする

そして いつものとおりに
そして アパートへの道を また歩き出すのです

出演者情報:平田広明 http://www.hiratahiroaki.com/

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中山佐知子 2008年11月28日



歌いながら

                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

歌いながら働く。昔はそうだったと誰もがいう。

田植えの仕事はいちばんきついから
田植えの日はハレの日になった。
娘たちは紺絣の下に赤い色をのぞかせて
華やかに田に入り働きを競い合った。
男たちも総出で太鼓を打ち鳴らし
励ますように歌をうたった。
ふるさとの初夏は歌声に満ちていた。

その草原では夜明け前から
ガラガラと音を立てて荷車が到着する。
あっちからもこっちからも。
馬の蹄の音が暗い空を突き破るばかりに響いているが
それよりも高らかな声が荷車の上で歌っている。
やがて鎌を持った人影が荷車から下りて
しめった草を刈りはじめる。
この里では夜明け前の草刈りが男たちの大事な仕事で
草刈りの歌がうまくなる頃は
子供だと思っていた少年も一人前の働き手になるのだった。

その男たちの着物は女が着せる。
綿摘み、綿繰り、綿打ち、綿紡ぎ
綿のつく言葉の多さは
綿が着物になるまでの手間の多さそのものだったが
その仕事のひとつひとつに歌があり
眠気をこらえて夜なべをする女をほめそやす歌まであった。

朝、鶏の声で目覚めていた娘が
さらに早起きになったのは
草刈りに行く若者の歌を聞きたいからだ。
まだ寝静まった暗い家の中でひとり目を覚まし
自分の歌声があの声に重なる日が来るだろうかと考えるのは
心細くも悲しくもあった。
それでも歌声が遠ざかる頃には
そっと起き出して今日家族が食べる分の麦を搗く。
母のする仕事をひとひとつ覚え
母がうたう歌をひとつひとつ覚えなければ
自分の望みはかなうまいと思うのだ。

田植え歌、草刈り歌、糸引き歌、機織り歌
米つき歌に粉挽き歌。炭焼き歌、酒造り歌。

昔はみんなうたいながら働いた。
歌は仕事のつらさへの理解であり、なぐさめであり
手助けでもあった。
歌は大勢の働き手の息をひとつに合わせた。
働くことでしか思いを告げる方法がなかったとき
仕事の歌はせつなくもあった。

いま、誰もうたわない仕事場で
僕はそのことを思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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小野田隆雄 2008年11月21日

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働くって、どんなこと?

            
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳  

 
淑子さんが、バーのカウンターの中にいる。
下北沢の、若者でにぎわう駅前から
少しはずれた住宅街の
古いマンションの一階にある
止まり木が八つほどの小さなバー。
彼女は、このバーの、ママの代理。
田園調布にある外務省のキャリアの家の
三人姉妹のすえっこに生れ、
広尾の女子大学の国文科を出たが、
どこにも就職せず、美術館やコンサート、
ときおりは海外旅行、そして、しばしば
ボーイフレンドたちと酒場がよい。
そんな生活を、ごく自然に続けているうち、
このバーのママに気に入られて、
いつのまにか、ママの代理になった。
そのうち、ママは顔をみせなくなり、
そろそろ三年になる。
淑子さんの父は、彼女の生き方が、
どうにも気に入らない。
「額に汗して働けとはいわん。
ともかく、もうすこし、
まともな仕事をしなさい」
たまに家に顔を出すと、必ず、そう言う。
けれども、母は、のんきなもので、
「いいじゃございませんか。
お女郎さんをやっているのではあるまいし」
などと言って、笑っている。
ところで淑子さんにしてみると、
働くということに、あまり実感がない。
遊ぶということも、あまり実感がない。
やりたくないことは、やったことがなく、
特別になりたい職業もなく、
でも、生きているのは楽しいから、
それだけのことで、生きてきた。
それが今日までの人生だった。

淑子さんが、バーのカウンターの中にいる。
時刻は金曜日の二十二時。
いまだ、ひとりもお客がこない。
常連さんも、ヒヤカシも、まったくこない。
こんなことは、いままでになかった。
待てど暮らせど、こぬひとを、
宵待草のやるせなさ、
今宵(こよい)は月も出ぬそうな
古い竹久夢二の歌である。
この歌を思い出すと、
マツヨイグサの黄色い花を思い出す。
すこし寂しい感じの花。
この花は、月見草とも呼ばれている。
「富士には月見草がよく似合う」
太宰治が「富嶽百景」という小説の中で
そういうことを書いた。
それから、マツヨイグサは
月見草と呼ばれるようになったと、
淑子さんは、記憶している。
宵待草、マツヨイグサ、月見草。
「待つ女か」……
そんなことをぼんやり考えているうち、
ついに時刻は二十四時を回ろうとしている。
この店の閉店は二十五時。

「もうすぐいくからね。待っていておくれ。
あなたが、そうことづけてきたから、
私はねむらずに、ひと晩おきていた。
有明の月が沈むまで待っていたのに」
そういう意味をうたった、
百人一首の歌もあるけれど、
まさか、こないお客を呼び出すほどの
ヤボも出来ない。
淑子さんは、CDをかけてみたり、
ラジオのスイッチを入れたり、切ったり。
でも、秋の夜ながに、ひとりぼっち。
そのうちに、お店のどこかの隅で
ツヅレサセコオロギが
かぼそい声で鳴き始めた。
イカナイ、イカナイ、イカナイ。
とでも言っているみたいに。
たまらなくなって、淑子さんのひとりごと。

「さびしいな。待つのって、つらいな。
こんな日が、まい日まい日続いたら、
どうすればいいのかしら」
そう言いながら、アッと思う。
「そうか。もしかすると、待つことが、
働いているってことなのかしら」

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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岩田純平 2008年11月14日



いいわけ

                  
ストーリー 岩田純平
出演 森田成一

「仕事とわたし、どっちがたいせつなの?」

と、言われるくらいの完全な遅刻だった。
店に電話して遅れることは伝えた。
しかし、彼女の携帯がつながらない。
相当怒ってるのだろう。

僕はタクシーを拾い、
ユキコの待つレストランへ急ぐ。
待っていればの話だけど。

「仕事とわたし、どっちがたいせつなの?」
そう聞かれた時、僕はどう答えればいいのだろう。
僕はちょっと集中して考えはじめる。
「仕事だよ」
これはない。
でも、これをちょっとおしゃれに言ってみたら。
「ごめん、さっきまでは仕事だったんだ。
でも、いまはユキコだよ」
「ふーん、さっきまでは、やっぱり仕事だったんだ」
やっぱりダメだ。

問題をすり替えたらどうだろう。
「じゃあ、仕事しない俺と仕事する俺では、どっちがいいの」
「まずは、私の質問に答えてよ」
ごもっとも。

だったら素直に。
「どっちもたいせつなんだよ」
「私じゃないんだ。わかった。じゃあね」
引き分けは負けだ。

結局、答えはこれしかない。
「もちろん、ユキコだよ」
「じゃあ、何で約束守れないのよ。
 何でわたしよりたいせつじゃない仕事を優先するの?何で?」

「何で」。それは仕事がたいせつだから。
ほとんど誘導尋問だ。
「仕事を優先したんじゃない、
ユキコを優先するために、仕事を途中で切り上げたんだ」
「私を優先するために?じゃあ何で遅刻してるの?
仕事を選んだからでしょ。知らない。帰る」

ダメだ。太刀打ちできない。

あ、そうか、
そもそも、この質問が出る状況を作らなければ…
というか、
そもそも、こういう質問をする人とつきあわなければ…
というか、
そもそも、彼女のどこが好きだったんだっけ?
というか。

シミュレーションもむなしく、
答えは見つからないまま、レストランに着いた。
急いでユキコを探す。
しかし、彼女の姿はなかった。

ユキコは、まだ来てなかったのだ。
「お連れさまも、遅れるとのご連絡をいただいております」

ふう、よかった・・。

あれ?僕は思った。
「仕事と僕、どっちがたいせつなの?」
彼女は何と答えるんだろう。

「そんなのくらべらんないよ」

……ですよね。
で、僕はきっと頭をかいたりしながら、
「変なこと聞いてごめんね」
とか謝ったりするんだ。

男と女は、不公平です。
でも、だから平和なんだろうな。

出演者情報:森田成一 03-3749-1791 青二プロダクション

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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