蛭田瑞穂 2010年6月26日ライブ



「鏡」

ストーリー 蛭田瑞穂
出演 高田聖子

鏡は不思議だ。

鏡はどうして左右を逆に映すのに、
上下を逆に映さないのだろう。

アルファベットの「J 」を鏡に映すと、
ひらがなの「し」になる。
カタカナの「ヨ」は
アルファベットの「E 」になる。

どうして左右だけが逆になるのだろう。
鏡は不思議だ。

鏡が逆に映しているのは
左右ではなく前後である。
というのが鏡の不思議の正体なのだが、
その答えがすでに不思議だ。

みなさんの中で、
鏡の不思議を説明できる人はいますか?

出演者情報:高田聖子 03-5361-3931 ヴィレッヂ

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一倉宏 2010年5月2日



東京にないもの
              

ストーリー 一倉宏
出演 高田聖子

むかし 高村智恵子さんは「東京には空がない」といった
いま よく晴れた日に 高層ビルの展望階に昇れば
東京の空も ずいぶんと広い
それでも 智恵子さんは「ほんとの空じゃない」というだろう
どんなによく晴れた日の どんな超高層ビルからも
彼女の ほんとうの 安達太良山の上の空は 見えない

会社の同僚の 落合咲恵さんは「東京には海がない」という
私は驚いて 彼女の顔を見る
「浜松町まで行って 5分も歩けば見えるあれは 何よ?」
「あれは湾 東京湾 海じゃない」と
九十九里育ちの 咲恵さんはいうのだ

東京には 隅田川も多摩川もある 神田川もある
しかし 神田川を 日本人には有名な川だ
有名なフォークソングに歌われていると紹介すると
エジプトのひとたちは笑うらしい
「これは川じゃない 側溝だ」と

東京にないもの
大阪生まれの吉岡部長は「東京には愛想があらへん」という
吉岡部長は 東京のたこ焼きにも 文句をいう

東京にないもの
 
同級生だった 玉村直之くんは「東京には友達がいない」といった
「直くんは ずっと地元だからね あっちが似合うし
 でも 池沢くんや 中里くんはどうなのよ」
「もう10年以上 年賀状もよこさん」
結婚する前 上京した玉村くんと 渋谷でお茶をした
「それだったら この私は? 年賀状出してるよ」
玉村くんは黙った それからこういった
「たとえ 大むかしでもな ほんのちょっとでも
 付き合った女子のこと 友達とは いいたくない」
それなら どうして・・・ 彼は私を・・・ 
呼び出したのだろう?

去年の連休は 夫の実家で過ごした
休みが終わる日 帰り支度をしていた朝
夫の祖母が畑から ごっそりと野菜を運んできてくれた
「そんなもん 
 東京には ねーもんなんか ねーだわ」
祖父が そういって笑った
「いえいえ こんなに自然な野菜 うれしい」と 私はいった
まがったキュウリ すこし小ぶりのトマト
東京にも ないわけじゃない 無農薬とか謳う店に

案の定 渋滞した高速道路
実家の 父母祖父母の前では あんなにおしゃべりで
機嫌のよかった夫が 押し黙る
ないものはない 東京に 帰る途上で
ないものなんてない 東京が 近づくにつれ

「しまった」 と 夫が舌打ちした
「何 忘れもの?」 と 私はきいた
「あした 7時から早朝会議だった 6時には出ないと
 ・・・起こしてくれよ」

東京にないもの
東京にないもの

出演者情報:高田聖子 03-5361-3031 ヴィレッジ

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佐倉康彦 2010年4月18日



保健室、という家

                           
ストーリー さくらやすひこ
出演 高田聖子

3限目がはじまって、少し経つ。
体育館からは、
ドリブル音とバスケットシューズが
床に擦れ合う音が散発的に
漏れ聞こえてくる。
普通なら青臭くさい嬌声なども混じり、
溌溂とした活気のある音のはずが
まったく覇気が感じられないない。
弛緩し切った無気力な雑音にしか
聞こえてこないのは、
進学組と呼ばれるA組のヤツらの
授業だからだ。

いつものように私は、
眉の手入れをはじめる。
ムダに早い始業時間のせいで、
朝はそんなケアをする余裕などないし、
かといって通勤電車の中で
化粧をするほどのコンジョーもない。
午前中、この部屋に客が比較的、
少ない時間帯が狙い目だ。
洗い立ての白衣を着た年増のコスプレ女が
思わせぶりに脚を組んで鏡をのぞき込んでる、
ように見えなくもないか…

今のこんな姿を、
いつも何かに忙殺されている
教頭にでも見つかったら、
あのオッサンの仕事を、
また増やすことになるし、
ツマらん妄想のネタになるので、
カーテンは閉めたままだ。
その向こう側は、
今の私には強すぎる春の光が溢れてる。
ホント、眩しすぎるぜ青春。
ベッド廻りの間仕切りカーテンは
逆に引き開けられている。
ベッドは、もちろんもぬけのから。
朝礼の時にぶっ倒れた進学組のコゾーが
さっきまでマグロになっていたが、
とっとと早退していただいた。
コゾー特有の甘ったるい匂いが
シーツに残らないよう
掛け布団は剥いだままにして整えてある。

いかにも無難で退屈なおばはんバッグから
コスメポーチを取り出す。
ババくさいバックには不釣り合いなほど、
妖しくド派手なポーチは、
中国系アメリカ二世の女が
立ち上げたブランドのものだ。
この女のことが私は好きだ。
ブランドが好きというより
この女の顔が好きだ。
とくに目がいい。
上手く言えないが、
何か怨嗟を感じるというか、
硬くて冷たい意志を感じるからだ。
そんな女のつくった
アイブロウライナーを取り出し、
右側の眉にさっそく取りかかる。
我ながらうまくいったな思いながら
左の眉に取りかかろうとしたとき、
身体検査のお知らせポスターが貼られた
ドアが音もなく引き開けられる。

また、あのコだ。
私は、鏡の前で脚を組みブロウライナーを持ち
左眼をつぶり口を開けたままの状態で固まる。
まるで笑えないトーキョー者のコントだ。
そんな私を見て、
彼女は左側の口角だけを引きつるように
持ち上げ声もなく嘲笑っている。
春から、このガッコーに入った新一年生ってやつだ。
入学式から2週間、
毎日この時間になるとやって来る。
入学式の当日ですら、
式を途中で抜け出して保健室を探し回った強者だ。

「へたくそ…」
挑むように言葉を選び、
私のそばに、
ささくれだったひと言を投げ捨て遺棄する。
目は笑っていない。
この化粧品つくった女の目と同じだ。
半分だけ描かれた眉のまま私は脚を組み直す。
どんなに大人を気張ったところで、
片眉の私に勝ち目などあるわけがない。
「ベッド、空いてるよ」
彼女の方を見ずに鏡をのぞき込み
左の眉に取りかかる振りをする。
                    
彼女は黙ったままベッドへ向かい               
私を拒絶するように間仕切りのカーテンを強く引く。             
安物のベッドのスプリングが軋む音がする。
間仕切りの向こうの様子を片眉のままじっと窺う。
そんな私を見透かしたように
カーテンの向こうの彼女が喋り出す。
「おかあちゃんのせいで、
毎日、寝不足や、
なんでアンタのお弁当まで私がつくるん?
お昼なったら起こしてな!
きょうのおかずは、
ちなみに卵焼きとタコさんウインナーです」 
一気に喋り終えると、
もう、寝息らしきものが聞こえてきた。
カーテンをそっと開けると
カラダを丸めるように背を向けて眠っている。
                    
鏡の前の片眉の私の目は、
眠る彼女の目にそっくりだ。
でも化粧は、圧倒的に彼女の方が上手い。
このコスメポーチも娘から誕生日に貰ったものだ。

3限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
あと1限でお弁当だ。

出演者情報:高田聖子 Village所属 http://www.village-artist.jp/

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