薄景子 2019年4月7日「春のみどり」

春のみどり

   ストーリー 薄景子
     出演 清水理沙

春というのはほろ苦い。
飽きるほど長く一緒にいたあの人が
それじゃ、と片手をあげて旅立っていく。
あたりまえすぎた愛しい日々が
一瞬で、容赦なく、終わる。
閉店を告げる、居酒屋みたいに。

春は、やさしい顔して、残酷だ。
苦い想いや切なさやらが
前頭葉をかけめぐり、
行き場のない言葉たちが
春の野にさまよいだす。

なんで勝手に?
なんで突然?

そんな空気を吸い込むからか、
春のみどりはほろ苦い。
菜の花、たらの芽、ふきのとう。
ほんのり甘くてやさしい苦味は、
人がためこんだものたちを
浄化するちからがあるという。

こころの澱も、からだの澱も。
やわらかな春の苦みが
ほろりはらりと、からだ中をめぐるとき、
それは私の深いところで
私にそっとささやく。

わかります。
わかりますとも。
だって私ら、
ほろ苦いもん同士じゃないですか。

春のみどりはほろ苦い。
なのに、余韻は爽やかだ。
浄化を終えた、からだの中のからっぽに
新しい風がめぐりだす。

菜の花、たらの芽、ふきのとう。
今日の天ぷらは
春のみどりの三点盛り。

ごちそうさまのその後に
私に春風、吹くかしら。

私に春は、くるかしら。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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