佐藤充 2026年10月11日「貴様」

貴様

ストーリー 佐藤充
   出演 遠藤守哉

「貴様に会いたいです」

高校2年生の9月。
修学旅行で韓国のソウルへ行った。

北海道の田舎の山で過ごしている高校生たちが、
集団で山をおりて、飛行機に乗り、海外へ行く。

それだけでも非日常に高揚する。
それ以上に男子たちは高揚していた。

それは修学旅行3日目に用意された、
韓国にある姉妹校との交流だった。

その姉妹校が女子校なのだ。
そして、その姉妹校の生徒とペアになり、
2人で1日ソウル観光というデートをする。

当時TBSの深夜バラエティに『恋するハニカミ!』という番組があった。
初対面の芸能人の男女2人が1日デートをするという内容だった。
初対面ゆえの照れくささや緊張感が1日を過ごすなかでしだいにいい感じになり
付き合っているのかと錯覚するほど2人の距離感が縮まって番組はおわる。

北海道の田舎の男子高校生たちは
『恋するハニカミ!』の出演者の2人に
自分たちの姿を重ねていた。

「この交流をきっかけに国際結婚した生徒もいる」
修学旅行前の集会で先生の放った言葉もわるかった。

男子たちは交流前から集団で
極度の興奮状態になっていた。

空港へ向かうバスで興奮して鼻血がとまらない者。
飛行機で耳ぬきがうまくできずに泣き出す者。
ソウルのホテルの風呂で足をすべらせて頭を打ちつける者。
なぜか深夜に痙攣して泡を吹いて病院へ運ばれる者。
いつもなら結べるブレザーのネクタイの結び方を急に忘れる者。
症状はさまざまだった。

まだ交流前だというのに
もう嫌になるくらい全員が全員いつもと違った。

姉妹校の女子校の体育館。
ペアとなる女子生徒と初対面の時間。
自分の名前が書かれた紙を持つ女子生徒がいる。
覚えてきた韓国語で自己紹介をする。
相手も日本語で自己紹介をしてくれる。

「ファジャンシルオディエヨ?」
極度の緊張状態で「トイレはどこですか?」
という言葉を忘れてしまい体育館で事故をおこしかける。

気づいたらソウルの街にいた。

今だったら翻訳アプリなどで難なく意思疎通がとれる。
当時はそんなものはない。

指差し単語帳で互いにどうにかコミュニケーションをとる。
あとはジェスチャーを駆使して意思疎通した。

それが逆によかった。
逆境や障害を乗り越えて、
意思疎通ができたときの喜びもひとしおだった。

カフェやコンビニでこちらがお金を出そうとすると、
韓国では女性がお金を払うものだからとリードしてくれる。

気づいたら夜になり、
別れの時間となった。

帰り際にメールアドレスを交換して、
宿泊しているホテルへと帰ることになった。

ホテルに着くなりメールをする。
当時、国際メールは1通100円くらいかかるので、
男子たちで集まり内容を何度も考えてから送信ボタンを押した。

全員のケータイをベッドに置いて、
誰が1番最初に返信がくるのか祈るように待っていた。

すぐに1つのケータイが光った。
返信がきたのだ。

「貴様。今日はありがとう。貴様に会いたいです」
と書いていた。

しばしの沈黙のあと、
「貴様の貴も様もどっちも単語で分けると丁寧な言葉だよね」
と誰かが言った。

それから数週間くらい
「貴様」という単語が北海道の田舎の山で、
局地的なブームになった。

貴様は元気ですか?
僕はあれから高校を卒業して、
大学で上京して、留年はしたけど就職して、
なんとか元気にやっています。
秋になると貴様のことを思い出します。

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出演者情報:遠藤守哉

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