三井明子 2014年2月16日

「いちご娘」 

          ストーリー 三井明子
             出演 宮下今日子

冬が嫌いだった。
いちご狩りシーズンだから。

いちご農家に生まれた私は、冬の休日は“いちご娘”になった。
“いちご娘”というのは、いちご狩りの客寄せをする役のこと。
いちご畑のビニールハウスの前で、通りすぎる自動車に向かって、
「どうぞ」とか「ようこそ」とか言いながら、
いちごの形のボールをぐるぐる回す。

こんなの効果ないじゃん、と私は不満タラタラでやっていた。
ただ、となりのビニールハウスの前に、
美人のお姉さんが“いちご娘”になって立つたび、お客がぐんと増えるのだ。
一方、私のおかげで客が増えたという経験は、ほとんどなかった。

そんな、ささやかな挫折と絶望を味わいながら、
休日の日中をまるまるつぶし、
寒空の下、客寄せをするのは辛かった。
時々、同級生が通り過ぎて、冷やかされるのも嫌だった。
大学進学のために実家を離れ、
「いちご娘」から解放された時のよろこびは忘れない。

年月はあっと言う間に過ぎ、
今では、いちご農家は弟が継いでいる。
この間、実家に帰ったときに、
「久しぶりに“いちご娘”やってみようかな…」と何気なくつぶやいてみたら、
皆にゲラゲラ笑われた。

今になって気づいた。
“いちご娘”をやらされるのも花だったのだと。
あの時、もっと楽しんでおけばよかったのかな、“いちご娘”。

出演者情報:宮下今日子 03-5827-0632 吉住モータース所属

  

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三井明子 2011年1月22日

会員カード   

           ストーリー 三井明子
              出演 皆戸麻衣

「ひどい肩こりですね。重たいカバンを持ち歩いていませんか」

新年通い始めたマッサージ店で、いきなり言われた。

たしかに私のバッグはバッグ自体が重たい。
でも、年末のボーナスでやっと手に入れた、ブランドバッグ。
しばらくはこれを外せない。

バッグの中身で一番重たかったのは、化粧ポーチ。
でもこの中身は減らせない。
一日中、綺麗なメイクを保つために、化粧道具一式を持ち歩く必要があるから。

そして、バッグの中身で二番目に重たかったのは、財布だった。

財布の中身を全部出してみた。
すると、43枚のカードが目の前に現れた。
クレジットカード、キャッシュカード、診察券といった、
なくてはならないカードを外すと、
37枚のカードが残った。
そのほとんどがポイントカードや会員カードだった。

「当店のポイントカードはお持ちですか? お作りしましょうか?」
と言われて、断れない性格が生んだこのカードたち。
ひとつひとつ見ていくと、
一度だけ買い物をしたブティック、
年に数回買い物をするデパート、
旅先で食事をしたレストラン、もうつぶれてしまったコーヒーショップ…
こんなカードを毎日持ち歩いていたことを知り、
自分のズボラさに嫌気がさした。
カードの束のずっしりとした重みを確かめると、
肩こりが、よりいっそうツラく感じられた。

そして、驚くべきは、その会員カードのなかで
いちばん重たかったのが、マッサージ店のカードだったことだ。
分厚く、硬い素材でメタリックな加工がされている。
高級感あふれるカードといえば聞こえがいいが、
その厚みや重みは、客の肩こりを完治させないための
マッサージ店の商売上の陰謀にも感じられてきた。

「もしもし? おたくの会員カード、不自然に分厚くて重たくないですか?」
マッサージ店に文句の電話を入れてやろう、と思ったが
クレーマーになってしまうと気づき、直前で思いとどまった。

イライラしたら、また肩がこってきた。
そして、マッサージ店のカードを手に、
私はマッサージの予約の電話を入れていた。

出演者情報:皆戸麻衣 フリー

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三井明子 2010年10月17日

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『誕生日』
                  
ストーリー 三井明子
出演 西尾まり

初めて降りる駅。
駅を南側に少し歩くと、古いビルが並ぶ一角。
その中のひとつのビルの一室を探しあてた。
古びた応接セットの置かれた地味な部屋だった。
お香の匂いも、水晶玉もない。
そこには、ただ1人、おばあさんがいた。
私は、緊張して、沈黙が怖くて、自分から話し始めてしまう。

同僚の評判を聞いて来たんです、良く当たるって…
今日は、男性との出会いを占って欲しくて…
そこまで話すと、おばあさんが私に話しかけてきた。
「お名前は?」
サトウ サヤカです。
「生年月日は?」
1980年10月30日です。
そして、その2点だけを確認すると、
ゆっくりと頷き、
私の顔をじっくりと見つめ、
深く息を吸った後にこう話しはじめた。

「この部屋を出て、駅に向かう途中に2つ信号があります。
1つ目の信号待ちで、あなたの右側に1人の男性が現れるはずです。
その男性があなたの運命の人でしょう。思い切って声をかけてみてください」

あ、あの、もしも、右側に男性が現れなかったら?

「きっと現れます。
 万が一現れなかったら、現れるまで待っていればいいのです、その場所で」

そこまで自信たっぷりに断言されると、信じるしかない、のかもしれない…
でも、本当かしら…

そんなことを考えながら駅へ向かう。
緊張感が高まる。
1つ目の信号が見えてきた。
私が着くと同時に信号は赤になった。
そして…、
なんと、右側に男性がやってきた!
顔は良く見えない。
どんな人かわからない。
でも、声をかけるしかない。
顔を見ると、意外と好みのタイプ。
好きな音楽が一緒、職場が近所、自宅も同じ方向…
さえない喫茶店で2時間も話しこみ、
店を出るときには、次に会う約束をしていた。

「本当によかったね!披露宴の受付とスピーチは任せてね」
占いを紹介してくれた同僚たちが、ちょっと悔しそうに祝福してくれた。
そう、あれから自然に交際がはじまり、とんとん拍子に話が進み、
あの日、あのとき、あの信号の前で出会った男性、
タカシと結婚することになっていた。

披露宴を目前に準備で慌ただしくしていた週末、
手続きや相談もあって、実家に帰った。
ねえお母さん、実はね。
タカシさんとの出会いはね、誕生日が関係しているの…
「ふうん。あ、そういえば、今まで言ってなかったけど、
 サヤカの誕生日、ほんとうは別の日だったのよ…
 でもね、田舎のお爺さんがね、キリがいいって、
 変えて届けをだしちゃってね…」

え?え?そうなの?
私の誕生日は別の日なの?
じゃ、あのおばあさんは何を占っていたの?
じゃあ、タカシさんは運命の人じゃない…、の…?

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー所属

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動画制作:庄司輝秋


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三井明子 2009年12月24日



流れ星
          
ストーリー 三井明子
出演 清水理沙

気づいた時には、毎晩、
私の家で井上と食事をとるようになっていた。
その井上という男は、魚と野菜が好きで、酒もよく飲んだ。
私は井上のために、仕事帰りに新鮮な魚を買い、
野菜の煮物をつくった。
井上はおいしいおいしい、と言ってもりもり食べた。
私はそんな井上を見るのがうれしくて、
毎日がおだやかにすぎていった。

井上のことは、何も知らなかった。
どんな仕事をしているのか、
小奇麗な洋服はどこで買っているのか、
年齢も同世代ということしかわからない。
でも、特に知らなくてもいいと感じていた。
井上はギターが上手で、酒に酔うとよく弾いてくれた。
旅がすきで、若いころは気に入った町を見つけては、
転々としていたことを話してくれたことがあった。
「まるで渡り鳥みたいね」と私が言うと、
「渡り鳥なんかじゃないよ」と言った。

ある冬の日、夜空をながめながら、星座の話をした。
まぶしいくらい美しい冬の星座を、
2人でながめながら酒を飲んだ。
とても幸福な時間だった。

井上と過ごすことが、当たり前だと感じはじめていたある日、
井上は静かにいなくなった。
帰宅すると、井上の持ち物がぜんぶなくなっていたのだ。
といっても、井上の持ち物といえば、
ボストンバックひとつに収まる程度だったのかもしれない。

井上がいなくなった。
それを静かに受けとめると、
私は生きる意味を失ったように感じた。
食べることも、寝ることも、息をすることも無意味に感じて、
ただただ放心するばかりだった。
次第に、井上との日々は現実ではなかったように、感じるようになった。
井上との日々は、長い長い夢を見ていたのかもしれないと、
自分でもわからなくなった。

それから数日後、数人の男たちが私の部屋を訪ねてきた。
警察だった。
男の写真を見せられ、「見覚えはないか」と聞かれた。
髪型も雰囲気も違ったが、井上だった。
警察は「男の行き先に心当たりはないか」と、私に尋ねた。
私は「それを知りたいのは私の方だ、
何か分かったら教えてほしい」と聞き返した。

警察は、「その男は、井上ではなくイチハラという名前だ。
何か手がかりを思い出したら教えてほしい」と連絡先を残し、出て行った。
ドアの向こうで、彼らが話しているのが聞こえた。
「ホシはどこに流れていったんでしょう」と言っている。

そうか、井上は、渡り鳥じゃなくて、流れ星だったんだ。
と私は気づいた。
井上は、いつか流れて、ここに戻ってくるかもしれない。
だから、それまで引っ越しはやめよう。
井上のために毎日新鮮な魚を買って帰ろう。
そうとっさに、私は思った。

出演者情報:清水理沙

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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三井明子 2009年5月16日ライブ



5月の花嫁
         ストーリー 三井明子
            出演 坂東工

えっちゃんは、「えっちゃんメガネ」をかけている。
メガネといっても、目に見えないメガネだ。
えっちゃんは、
「あのサッカー選手、あの俳優と似てない?」といった
「似てる話」が好きで、よく話題にするのだけれど、
それが、いつも、ぜんぜん、似てないので
「きっと、えっちゃんメガネをかけたら、似てみえるんだね」
とみんなで笑っているのだ。
そんな私たちの反応を気にもせず、えっちゃんは、
「あの店員さん、あのモデルと似てない?」と、
理解しにくい新ネタを次々披露する。

そんなえっちゃんが、この5月に結婚する。
えっちゃんによると、お相手は
「オダギリジョーそっくり」なのだという。
披露宴で、新郎と対面するのがちょっと心配で、
でも、やっぱり楽しみにしてしまっている、
不謹慎な私である。

*音楽著作権の関係で音声をお聴かせできず、ごめんなさい。

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三井明子 2007年8月3日



君がいた夏          

                        
ストーリー 三井明子
出演  小川範子

前髪を切られ過ぎた。
歌の世界では「切りすぎた髪」を
詩的な出来事みたいに表現するけれど、
きれいごとでは済ませない。
「切られ過ぎてしまった」のだから。
平面的な丸顔や、眠そうな瞼。
ワタシのコンプレックスを上手に隠してくれていた前髪を、
あの美容師さんは、どうしてこんなに切り過ぎてしまったの?

駅ビルの化粧室で、何度もとかす。
髪の流れを変えても、長さは変わらない。
鏡の中から、悲しそうにこっちを見ているワタシ。
ごめんね、また誘ってね…、ほんとごめんね。
今夜の合コンはパスした。
キレイな髪で参加するつもりだったのに…。気合入れてたのに…
電車の窓に映る顔。
どこから見ても短すぎる。泣きたくなる。

夕食はコンビニのワカメサラダ。
育毛シャンプーの後は、育毛剤。
気休めだよね、こんなの。
悲しくなるから、鏡は見ないことにした。もう、眠ろう!
前髪をぎゅうぎゅうとゴムで縛って眠る。

早く伸びますように
早く伸びますように
どんどん生えますように…

翌朝、顔を洗い、コンタクトレンズをつける
と、
ワタシのある部分から、
黒々と長い毛が生えている。

指毛?!

左手の小指から、太くて長い毛が生えている。
な、なにこれ? 大声で驚く。
昔、眉毛の長い総理大臣がいたけれど、
この指毛、それどころじゃない。
だって指より長いし。

とにかく剃らなくちゃ。
と、カミソリを手にすると、
「剃らないで!」という声。
え?誰?
「ワタシ剃られると死んじゃうの」
かまわない、剃ってやれ。
カミソリをあてると。
「エーンエーン」と泣き声が。
もう、ワケわかんないわよ。
遅刻しても困るから、とにかく手袋で出社した。

おはよう。あれ手袋?
ねえ、その手どうしたの?
上司や同僚に手袋を指摘されながら
何とかごまかして一日が過ぎた。
あのね、今日一日タイヘンだったの。
やっぱり剃らせてもらいますからね。
「ねえ、ウソでしょ」
ホンキよ。と剃ろうとすると
「剃ったら化けて出るわよ」
と泣かれる始末。
指毛との暮らしがはじまってしまった。

もうさ、あんたのせいで、プールやエステにも行けないし。
だいたい、ネールサロンで整えたこの爪、
手袋してたら意味ないじゃない。
すると指毛は、
「ネールアートは長持ちするし、日やけもしなくて一石二鳥よ」
と言ってのけた。

お風呂あがりに、ドライヤーで指毛を乾かしてあげると、
「わ~、きもちいい~」と喜んだ。

日曜日に、散歩の途中で手袋をはずして、
川原で指毛とひなたぼっこをした。
「サヤカちゃん、日やけしちゃうね」
といいながら、指毛は歌を歌ってくれた。
意味はよくわからないけど、いい声だった。
指毛の歌と、そよ風が気持ちよくて、
夕暮れまで川原で過ごした。

そんなある日、指毛が言った。
「さよなら、サヤカちゃん」
え?
「わたしがいなくても、もう大丈夫」
どういうこと?
「そろそろ、前髪そろえてもいいと思うの。今までありがとう、たのしかった」
そう言って、指毛は抜けていった。

忘れてた。
ワタシ、前髪のこと気にしてたんだ。
指毛のおかげで、ずっと忘れて過ごすことができたんだ。
鏡を見ると、前髪がほどよい長さになっていた。

今年もこの季節になると思う。
目が覚めたら、指毛がにょきにょき生えてたりしないかなって。
指毛、いつでも帰ってきていいのよ。
ワタシの指は、指毛のふるさとなんだから。
そして、つい、ワタシは考えてしまう。
ためしに、前髪をばっさり切ってみようかな、なんて。

出演者情報:小川範子 03-3973-1256 (有)ブルックカンパニー

*出演者のご都合で音声を全部お聴かせできず、ごめんなさい。

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