安藤隆 2008年12月31日 大晦日スペシャル



連写一眼だった私たち
                   

ストーリー  安藤隆
出演  浅野和之


休みの日、私はトイカメラで近所の写真をよく撮る。とるにたらぬ
ものを写真に撮るのがすきだ。
ブロック塀にカタカナと平仮名だけの子供のような字で「カベにボ
ールをあてないで」と書いてある。声まで聞こえてきそうなその様
子がこの上なくチャーミングに見える。私はトイカメラの狭い視界
に頭を悩ませながら、文字の全体を何とかレンズにおさめて撮る。
道路脇の冬の百日紅の寒そうな裸の並木、バス停の小さな青いベン
チも撮らないではいられないものだ。
写真に撮った途端、現在はつぎつぎ過去になり、つぎつぎ思い出の
アルバムへと貼り付けられる気がして私は好きだ。過去はすべて記
念写真に変えたい。

トイカメラは60歳の誕生日に妻からプレゼントされた。なぜトイ
カメラかわからなかったが、昔のカメラみたいなデザインが気に入
った。デジカメや携帯は画面で構図を確かめながら撮るから、姿勢
がそっくり返る。歳をとると、そっくり返りがひどくなりみっとも
ない。男は前傾姿勢をとってファインダーを覗き、世界を被写体と
してハンティングすべきものだ。狩りの対象はささやかであろうと
も。

バス停の正面にラブホテルがある。
ラブホテルが建ったのは5年前で、建つ前は建設反対運動が激しか
った。子供が汚染されてダメになる、と親たちがヒステリックな悲
鳴をあげていた。
だがいったん出来てしまうと、なにやら不思議に馴染んでしまうよ
うでみんな何も言わなくなった。それどころか当の親たちもいまで
はこっそり利用しているらしい。
ラブホテルの名前は「ホテル鯨の骨」という一風変わったものだが、
近くの多摩川ぞいで鯨の化石が発見されて以来、鯨が町のシンボル
になっていると知れば納得されるだろう。
ここも私の撮影の恰好の標的で、入り口の椿の植え込み、休憩いく
ら、宿泊いくらといった字は興味深いものだ。
私が看板の、鯨の漫画を撮っていると、事件が起こった。
非常に若いカップルが車でなく、歩いて出てきた。
二人は私に気づき、ひどくハンサムな男の子の方は赤くなるようで
目をそらしたが、可愛い感じの女の子の方は私と目が合った。
すると、フワリと笑った。たしかに。

これらのご近所撮影の結果としてのトイカメラ写真は、あまり出来
の良いものではない。
私にとっての撮影は、もしかしたらフィルムは入っていなくても成
立すると思っている。



*出演者情報 浅野和之  5423-5904 シスカンパニー

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小松洋支 2008年10月17日



Twilight
                     
ストーリー 小松洋支
出演 浅野和之


夢を見ていた。

小学校の廊下だった。
右手の窓からは校庭が見えた。
左側は工作室になっていて、高学年の生徒たちが
角材とボール紙とセロファンで何かをこしらえていた。

つきあたりが給食室で、
マスクとエプロンと三角巾をした母親くらいの年齢のひとたちが、
湯気の中でいつも忙しく立ち働いているのだった。
自分がそこに向かっているのは、
ミルクが入った大きなケトルとか、パンが並べられた木箱とかを
教室に運ぶ当番だからに違いない。

給食室の間近までくると、
かすかに漂っていたアルコール発酵の匂いが
不意に輪郭を濃くするのだった。
遠い日の甘い記憶に浸るようなあの匂いが好きで、
コッペパンをふたつに割り、
穴を穿つように白い実をむしって食べ、
微細な空気孔の無数にあいたやわらかなパンのくぼみに
鼻をおしあてて、
深々と息を吸いこんだりしたものだった。

夢の中なのにこんなにもはっきりと匂いを感じるのは何故だろう。
そう思ったところで目がさめた。
目の前にパンのひろがりがあった。
つま先からあごの下までおおきな四角いパンが覆っているのだった。
横たわっているのもパンの上のようだった。
粘性のあるひんやりとした膜状のものが体を包んでいた。
それが生ハムであることは確かめなくても分かることだった。
眠っている間に蹴ったのであろうレタスが足もとの方にまるまっていた。

夕暮れだった。
そう思ったが、それはそうではなかった。
すこし離れたところにあるワイングラスを透過した光が、
あたりいちめんにさしていた。

ほどなく、最前より深い眠りが訪れた。



出演者情報:浅野和之 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋


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佐倉康彦 2007年7月20日



さようならの贈りもの

                   
ストーリー  さくらやすひこ
出演  浅野和之


妻が逝ってから、
はじめての夏を迎えた。

彼女が端正しつづけた
小さな庭も、
その主を失ったせいで
名も知らぬ夏草に覆われ、
少しばかり荒れている。

その野放図なまでの
緑の氾濫は、
かえって
激烈な生命(いのち)の発露を
私に見せつけているようで、
いっそすべての植栽も
引き抜いてしまおうかと思うのだが…

それも、できぬままでいる。

この庭を見て、
彼女は私になんと言うだろうか。

この夏、
三十路に入る息子は、
この家から独立して
既に十年近い時間が経つ。
ともすれば、
口よりも手が先に出てしまう。
そんな、ただ厳しいだけの私を
受け入れることなく、
今では彼もやさしい父親として
郊外に家族3人で
慎ましく暮らしている。

妻がまだ入院する前に、
滑り込むように嫁に行った娘は、
時折、この家にやってきては、
無精な私に代わって
あれこれと家の雑事を
片付けてくれている。

そして、
いつも決まって
荒れた庭先を黙って見つめ… 、
小さなため息を、ひとつつく。

そんなひとりきりの我が家での
週末の私は、
もっぱら本の虫ということになる。
庭に溢れる緑の下に息づく
地虫とさほども変わらない。

老眼が出はじめてからは、
本の虫には、
小さな眼鏡が欠かせなくなった。
妻から贈られた華奢で洒落た
老眼鏡は、
数日前に私が誤って踏みつけてしまい、
今は、修繕に出ている。

その前に掛けていた
旧い方の老眼鏡は…、
…確か、
妻がしまっておくと
私に言い置いていたことを想い出した。

茶の間の用箪笥の引き出しを
すべてひっくり返す。
台所の水屋の戸棚を
片端から引き開ける。
仏壇の厨子(ずし)を開け放つ。

元気だった頃の妻の写真が、
そんな私の往生する姿を見て
微笑んでいる

ない。
只管(ひたすら)、ない。
眼鏡が、ない。

しかし、
思いも掛けないものが、
用箪笥や水屋の戸棚から出てきた。

ひとつは、
息子がまだ小学生だった頃に
描いて贈ってくれた
私の似顔絵だ。
クラスでひとりだけ
金賞をもらったと
顔を上気させていた幼い彼の顔。
乱暴に頭を撫でる私。
そんな光景が一瞬、頭の中で明滅する。
クレパスで描かれた私は
画用紙いっぱいに破顔している。
私は、
彼にこんな顔を見せたことも
あったのか。

もうひとつは、
結婚式当日に娘から送られた
妻と私宛の手紙だった。
当時は、どうしても読む気がせず、
妻に託したままだった。

封は既に切られていた。
妻が読んだのだろう。

右に少しあがった癖のある娘の文字が
目に飛び込んでくる。
もう、一年以上も前に書かれた
娘の思いが、今更のように
私の中に染みてゆく。

そして、
仏壇の引き出しの奥に仕舞われた
文箱(ふばこ)から、
それは、出てきた。

結婚する前に、
私が妻へ贈った安物のブローチとともに。

病院の名前が印刷されたメモ用紙には、
震える文字で
ただ一言だけ、こう書かれていた。

「また、会いましょうね」

老眼鏡を掛けていないせいか、
私には、その文字が滲んで、

よくは見えなかった。



*出演者情報:浅野和之 5423-5904 シスカンパニー

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