小松洋 2015年9月6日

1509komatsu

野分
          
      ストーリー 小松洋
         出演 地曵豪

トラック島の港を出たところで
サイレンがけたたましく鳴り始めた。
基地上空に米軍機多数襲来。
あっという間に兵舎が炎上する。
滑走路にいた輸送機も爆破された。
まもなく敵機はこの船団を追ってくるだろう。
巡洋艦「香取」、「赤城丸」、
駆逐艦「舞風」、
そして自分の乗った駆逐艦「野分」。
一刻の猶予もない。
北の水道を目指して急ぐ。

と、双眼鏡にアメリカ国旗を掲げた船影が映る。
戦艦2隻、巡洋艦2隻。
勝ち目はない。
トラック島上空からは、戦闘機が追いすがってくる。

砲撃!
右舷に高い水柱が上がる。
船体が傾き、床になぎ倒される。
双眼鏡が音を立てて割れる。
さらに砲撃。
甲板を転がりながら必死でロープにしがみつく。
船は急角度で舵を切り、速度をあげる。
水柱が何本も上がり、しぶきが顔にかかる。

後方で機銃掃射の音と爆発音。
見ると太い黒煙が立ちのぼっている。
味方がやられたのか。
起き上がって船縁につかまり、目を凝らす。
風圧で海に振り落とされそうだ。

不意に故郷の山形を思い出す。
秋になると、猛烈な風が吹いた。
吹き飛ばされないように前のめりになって歩く。
馬見ヶ崎川(まみがさきがわ)で魚を突くためだ。
同級生の醤油問屋の息子と一緒に、親には内緒で出てきた。
こんな荒れた日に、大物が獲れるのだ。
風の中で、互いに好きな子の名前を、大声で言いあう。
「へえ、あいつか」
同じ子でないことに二人とも安心し、
「あいつのどこがええんかのう」
などと言っては笑う。
自分は海軍、醤油問屋の息子は陸軍。
いまはどこで、どうしていることか。

「伏せろ!」と誰かが叫ぶ。
目の前で巨大な水柱が天まで持ちあがり、体が宙を飛ぶ。
のどの奥からひとつの言葉がほとばしる。

午後五時二十五分。
うす暗い軍需工場の隅でねじを磨いていた少女は、
自分の名前を激しく呼ぶ声を聞いた。
ふりむくと、南向きのまだ明るい窓に、薄い月が出ている。
月の前を、船のような形の雲がゆっくりとよぎる。
「そこ、よそ見するな」
監督の将校が少女に杖の先を向けた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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小松洋支 2014年5月11日

@婚活パーティ  

       ストーリー 小松洋支
          出演 大川泰樹

「生物にはなぜオスとメスがあるか知っていますか?」
大学院で助手をしていると自己紹介した、その女性は言った。

もちろん知らない。
特に知りたいとも思わない。

「生物は、はじめ、分裂して増えていました。
親が分かれて数を増やす。
クロレラみたいな単細胞生物はそうやって増殖します」

話しながら、ときどきセルの眼鏡を鼻のところで持ち上げる。
黒いフレームは顔がきつく見えるから、色つきにすればいいのに。

「その場合、子どもは親の分身なので、
親と子は遺伝的にまったく同じものになります。
一つの親が二つに分かれ、
その二つが、それぞれまた分裂して、四つになる。
次は八つ。みんな同じ生物です」

あのー、聞いてるふりしてますけど、興味ないですよ、僕。
こういう場では、趣味の話とかしませんか、ふつう?

「ところで、この生物に悪影響を与える条件があったとします。
温度とか、ペーハーとか、ウイルスとか。
その際、このタイプの生物は全滅してしまう危険性があるんです。
なぜなら遺伝的な性質がみんな同じだから。
たとえて言えば、凶悪犯がたった一つのカギで、
一族全員の家に侵入できるようなものです。
それくらい、かれらは無防備なんですよ」

彼女は、ワイングラスに手もつけずに話し続ける。
白いブラウス。紺のジャケット。デニムにフラットシューズ。
よく言えば、飾り気がない。
が、勝負する気があるとは思えない。

「そこで生物はある方策を採用しました。
掛け算です。
オスとメスを掛けて、次の世代をつくる。
そうすれば、親と子の遺伝的な性質が、
まったく同じになることはありません。
親の家のカギで、子どもや孫の家のドアが開けられないような
工夫がなされたということですね」

あー、あっちでなにか面白そうに笑い合ってる。
はやく席替えの時間が来ないかなー。

「ということで、」
突然グラスをかかげた彼女は、
「遺伝的な多様性を生みだす選択肢の一人として、
わたしを見ていただけないでしょうか」
そう言って、僕の目をまっすぐのぞきこんだ。

その時、僕がどんな顔をしていたか、自分でも見当がつかない。

ただ、その日の婚活パーティで覚えているのはその人だけで、
数日後には会社の女子社員に、
なぜ生物にはオスとメスがあるのか、
得意げに説明する自分がいたりするのだった。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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小松洋支 2011年9月11日


スノーホワイト

          ストーリー  小松洋支
             出演 大川泰樹

容疑者が入ってきた。
ひどく小柄な男で、耳までかくれる帽子をかぶり、
季節はずれのマントにブーツをはいている。
革製の大きな袋を肩にかついでいる。
よじ登るように椅子にすわると、上目遣いに刑事を見た。

「まず住所、氏名、年齢を聞こうか」
男は黙っている。

「黙秘かね。まあいい、続けよう。
きみの容疑は、こうだ。
家出少女をマンションの一室に誘いこみ、数週間にわたって監禁した」
男は黙っている。

「しかるのち、ブラックアップルと呼ばれる薬物を大量に服用させ、
少女を昏睡状態に陥らせた。
眠った状態のままバイヤーに売り渡される少年少女はあとを絶たない。
バイヤーは闇ルートで彼らの体を金に替える。
おそらくは臓器を抜き取って外国の薬品会社にでも売るんだろう。
その金目当てできみは少女を眠らせた」

「・・・違う」
ひとりごとのように男がつぶやいた。

「ほう。口をきいたな。
どこがどう違うというんだ?」
刑事は数センチの距離まで顔を近づけて、男の目をのぞきこんだ。

「たしかにオレは、スノーホワイトにブラックアップルを飲ませた。」
喉から絞り出すような低い声で男は話し始めた。
「女友達を使ってダイエットに効く薬だと信じ込ませたんだ。
だが、金のためなんかじゃない。
やつらから彼女を守って、オレだけのものにするためだ」

「やつらとは誰のことだ?」
刑事は苛立たしげに眉をひそめた。

男は真っ青な顔で立ち上がると、革袋の紐をほどき、
手をつっこんで首をひとつ取り出した。
「こいつは卑怯なやつだった」
床に転がし、次の首を取り出す。
「こいつは冷酷なやつだった」
「こいつは嘘つき」 「こいつは金の亡者」
「こいつは淫乱」 「こいつはサディスト」
首は全部で6つあった。

「オレは、こいつらからスノーホワイトを守って、
このオレだけのものにするために、彼女を眠りの中に封印した」

壁際まで後ずさりした刑事は、怯えた表情で男を見ていた。
男はゆっくり刑事に歩み寄ると、足元からその目を睨みあげた。
「いいか。スノーホワイトはオレだけのものだ」

ゴトンと音がしてその手から革の袋が床に落ち、
袋の口から血のついた金髪の王子の首がのぞいた。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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小松洋支 2009年6月18日



そのひとのこと
                   

ストーリー 小松洋支
出演 坂東工

ぼくがそのひとを初めて見たのは、
10月のよく晴れた日のことだった。

午後まだ早い時間だというのに、
陽の光には斜光のようなセピアがまじっていた。

ぼくはクリーニング屋とコンビニの間の細い路地を抜け、
遅い昼食をとるために、顔なじみの喫茶店に向かっているのだった。

その喫茶店のウインドウの前に、そのひとは立っていた。

何を注文するか、あらかじめ心づもりをしておくんだろうな。
そう考えて、気にもとめなかった。

ちょっと驚いたのは、
食事を終えてぼくが店の裏手から戻ってきたとき、
そのひとがまだそこに立っていたことだ。

さっきと同じ姿勢で身動きひとつせず、
もの想わしげな表情で、ピザやホットケーキやナポリタンが陳列された
ウインドウを見つめている。

やせた小柄なひとで、まっすぐな黒い髪をうしろで束ね、
化粧気のない顔は白いというより青白く、
頬骨のあたりにうすいそばかすがある。
手には少し汚れた布製のバッグを提げていて、
中からなにかのパンフレットがはみだしている。

ぼくは気がかりなものを感じて、
何度もふりかえりながらその場をあとにした。

次にぼくがそのひとを見たのは、
1週間ほどたってからのことだった。

ぼくは商店街が川と交差するあたりを歩いていた。
アーケードがそこだけ切れて、空とひくい丘が見えるのが好きだった。

ふと見ると、橋を渡ったところにある古い洋食屋の前に
誰かが立っていた。

喫茶店の前にいたひとだった。

わずかに腰をかがめ、ウインドウを一心にのぞきこんでいる。
右手の人さし指と中指を下くちびるにあてている。

近寄っていってそっと視線をたどってみると、
どうやら目玉焼きののったハンバーグを見つめているらしかった。

ぼくはなんだか胸がくるしくなった。

そのひとはぼくの気配に気づいたのか、
ちらっとこちらを見て、真剣な表情をほんの少しゆるめ、
それからまた目をウインドウに戻した。

「あの、ぼくにできることはありませんか」
そう声をかけたかったけれど、もちろんできない相談だった。

3度目にそのひとを見たとき、
そのひとは区役所のそばの建物に入っていくところだった。
白いシャツを着て、ダンボールの箱を抱えていた。

その建物には看板が出ていた。
でもぼくにはそれが読めなかった。

ずっとあとになって、公園に住んでいる長老の虎猫が
あそこでは人間たちが食品模型というものをこしらえているのだと
教えてくれた。

出演者情報:坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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小松洋支 2008年10月17日



Twilight
                     
ストーリー 小松洋支
出演 浅野和之

夢を見ていた。

小学校の廊下だった。
右手の窓からは校庭が見えた。
左側は工作室になっていて、高学年の生徒たちが
角材とボール紙とセロファンで何かをこしらえていた。

つきあたりが給食室で、
マスクとエプロンと三角巾をした母親くらいの年齢のひとたちが、
湯気の中でいつも忙しく立ち働いているのだった。
自分がそこに向かっているのは、
ミルクが入った大きなケトルとか、パンが並べられた木箱とかを
教室に運ぶ当番だからに違いない。

給食室の間近までくると、
かすかに漂っていたアルコール発酵の匂いが
不意に輪郭を濃くするのだった。
遠い日の甘い記憶に浸るようなあの匂いが好きで、
コッペパンをふたつに割り、
穴を穿つように白い実をむしって食べ、
微細な空気孔の無数にあいたやわらかなパンのくぼみに
鼻をおしあてて、
深々と息を吸いこんだりしたものだった。

夢の中なのにこんなにもはっきりと匂いを感じるのは何故だろう。
そう思ったところで目がさめた。
目の前にパンのひろがりがあった。
つま先からあごの下までおおきな四角いパンが覆っているのだった。
横たわっているのもパンの上のようだった。
粘性のあるひんやりとした膜状のものが体を包んでいた。
それが生ハムであることは確かめなくても分かることだった。
眠っている間に蹴ったのであろうレタスが足もとの方にまるまっていた。

夕暮れだった。
そう思ったが、それはそうではなかった。
すこし離れたところにあるワイングラスを透過した光が、
あたりいちめんにさしていた。

ほどなく、最前より深い眠りが訪れた。

出演者情報:浅野和之 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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