田中真輝 2023年9月24日「モヤモヤキッチン」

「モヤモヤキッチン」 

ストーリー 田中真輝
   出演 平間美貴

心にモヤモヤがたまってくると、
わたしはモヤモヤキッチンにいく。

その店は、わたしのモヤモヤを素敵な料理にしてくれるのだ。
さて今日のメニューは何だろう。

前菜は、ピリッと皮肉を効かせた、
部長のひとことテリーヌ。

そう、部長はいつも一言多い。
今日の提案よかったよー。
いつも、この調子で頼むよ。

そうだ、その一言が、わたしをモヤモヤさせて
いたのだ。こっちは、いつも全力だっての。
むしゃむしゃむしゃ。

続いては、元カレのインスタスープ。
匂わせアングルが香り立つポタージュ仕立て。

別に未練なんてないけれど、
別れてまだ間もないのに、
もうそんな笑顔できるんだ。ふーん。
ごくごくごく。

メインディッシュは、
友達が結婚したって噂、又聞きソテー。
バラ色のソースとともに。

親友だと思ってたのに、なんで直接連絡
くれなかったんだろう。素直におめでとうって
言いたかったのに、なんだか気がそがれてしまう。
そんな風に思ってしまう自分ってどうなの。
むしゃむしゃむしゃ。
モヤモヤを料理にして、どんどん平らげる。
辛いも、苦いも、酸っぱいも、ぜんぶ人生の味付けにして。
ひとつひとつ丁寧に味わえば、
ひとつひとつモヤモヤが溶けていく。

デザートは、甘い甘い片思いに、
自分を憐れむしょっぱい涙をひとしずく。

そうだ、何も始めなければ、何も壊れない、
そんな甘さに浸ってちゃだめなんだ。
ぱくぱくぱく。

言葉にならないモヤモヤを料理にして
味わい尽くせば、モヤモヤのモヤがすっきり
晴れていく。

ぜんぶおいしくいただきました。
ごちそうさまでした。
店を出たわたしは、ちょっと大きな歩幅で歩いていく。
.


出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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櫻井暸 2023年9月10日「焼きうどん」

「やきうどん」

ストーリー 櫻井瞭
出演 齋藤陽介

キッチン込みで、六畳一間。
東京の外れ、せまいせまい、縦長の部屋。

ソファベッドで横になるボク。
その頭のすぐそばで、ピチパチと鳴り始める音、
ただよう醤油の香り。

やきうどん。
付き合いたての頃、彼女がよく作ってくれた。

なぜ、やきうどん、なのか?
やきそば、でも、やきめし、でもなく、
どうして、やきうどん、なのか?

一番かんたんで
一番おなかいっぱいになるから
と、彼女は言っていた。

当時、2人とも大学生だったので、
その言葉には妙な納得感があった。

ただ本当は、
それしか作れる料理がなかったらしい。

でも、そのやきうどんが、
妙にモチモチで、妙に味付けバツグンで、
妙においしかった。

当時のボクと彼女は、
遠距離恋愛だった。

彼女は秋田の大学に通っていて、
秋田でひとり暮らしをしていた。

だから会えるのは、3ヶ月に1回ほど。
遠路はるばる、東京まで来てくれていた。

なのに、当時のボクは、アホだった。

相手の気持ちなんか考えず、彼女が来てくれている日も、
夜の11時から、居酒屋の夜勤のバイトを入れていた。

大学生は忙しいから。
なんて、それっぽい本質めいたことを言い訳にして。

そんな日に、彼女はよく、やきうどんを作ってくれた。
これからバイトだからお夜食に、と。

それが本当においしくて、
本当におなかいっぱいになった。

あれから9年。
彼女は、妻になった。

部屋も少しだけ広くなった。
1Kから、1LDKになった。

キッチンにスペースができて、つい料理が楽しくなってしまい、
今は、2週間に1回、京都から野菜が届くサブスクに登録している。

それから妻も、ズッキーニを豚肉で巻いたりするようになったし、
ボクも、これには岩塩が合うね〜、と平気で言うようになった。

ただ、二人の関係が、
素朴で、自然で、仲良しであることは変わらない。

お風呂に入る前は、ふたりで腹踊りをするし、
お風呂から上がってからも、また腹踊りをする。

そんな感じで、
しっかり新婚をやっている。

これから僕たちは、
いっしょに生きていく。

同じお墓をめざして、
ゆっくり生きていく。

今、妻があの頃のように、
やきうどんを作ったら
どんな味になるんだろう。

当時の幼さや、切なさや、儚さに満ちた
やきうどんもおいしかったけれど、

これから夫婦として生きていく、
清々しさでいっぱいのやきうどんも、
ボクは目一杯ほおばりたい。
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出演者情報:齋藤陽介 ヘリンボーン所属

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薄景子 2023年9月3日「最後の茶碗」

最後の茶碗

ストーリー 薄景子
     出演 中村啓子

長年使っていた5客揃えのごはん茶碗が
ひとつふたつと割れてゆき、
ついに最後の1個となってしまった。

もともと、実家の棚に眠っていた
親戚の引き出物をゆずってもらったもの。
結婚したとき「とりあえず」の茶碗として使い始め、
気づけば、20年以上愛用していた。

器の柄をまじまじと眺めたのは
いざ、最後のひとつになってから。
外側には淡い黄色や緑の繊細な花模様が、
内側には青い染め付けで草花が描かれている。

薄手で持ちやすく、
どこか品のある有田焼の茶碗は
日々の適当な食事を、ちょっとだけ
ちゃんとしたものにしてくれた。

青みがかった陶器の白が反射して
ごはん粒をつややかに照らす。
白米も、五穀米も、炊き込みご飯も、
静かに受けとめ、何ひとつ主張しないのに
ごはんが映えた。

しばらく別の茶碗で凌いだが、どうにも味気ない。
毎日使うものだから、気に入ったものを買いにいこう。
そう思い立ち、私の茶碗探しの旅がはじまった。

神楽坂、吉祥寺、銀座・・・
路地裏の小さな器屋から、
作家のギャラリー、デパートまで
器の世界は広くて深い。
これはいい!と思って手に取ると、とんでもない高級品だったり、
見た目がドンピシャでも、全く手になじまなかったり・・・。

散々歩き回って見つからないならと、
こんどはECサイトの検索にハマった。
「ごはん茶碗」「有田焼」など、検索ワードを重ねるたび
私のネット画面は茶碗の広告で埋め尽くされた。

そんなAI攻撃に嫌気がさした頃、ふと気がついた。

結局、私は、もとの茶碗が一番いいのだ。
だったら、この最後の茶碗の写真を撮って
画像検索すれば、どこかに存在するかもしれない。

予想は的中。画像検索ボタンをクリックした瞬間、
全く同じ5客揃えの有田焼が1件ヒットした。
しかも、1時間前にフリマアプリに出品されたばかりの、ほぼ新品。
これはビンゴ!と思って、即購入した。

数日後、立派な木箱に入った五客の茶碗が届いた。
薄紙に包まれた器をひとつずつ手にとると、
ぜんぶ絵柄が違っている。
そんなことにも、私は気づいていなかった。

最後の茶碗に、5客が加わり、
わが家のごはん茶碗はいきなり賑やかになった。
食器棚に重なりあう様子は
なんだかタイムスリップしたみたいだ。

結婚したてのふたりの食事。
人が来た時によくふるまった
鰻とごぼうの炊き込みごはん。
弱ったときに体にしみた卵雑炊。
茶碗の数だけ、いろんな記憶がよみがえる。

たいていは失ってから気づくのだけれど、
目の前にある当たり前こそ、とっておきなのかもしれない。
その尊さにふだんから気づける人になりたいが
これがなかなかむずかしい。

帰ってきた夫が、食器棚を開けて
うぉ!茶碗が増えてる!と、わかりやすく驚いた。

わが家の茶碗たちの、2周目の物語が始まった。
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出演者情報:中村啓子 俳協 所属

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