一倉宏 2009年4月2日放送



ひとふでがきのいのち

                        
ストーリー 一倉宏
出演 春海四方

人生が、
一本の長い「道」のようなものであるなら、
それは、山あり谷ありの坂道、なんて人生訓じゃなくても、
たしかに、生まれてこのかた、一本の線のようなものとして
私は存在してきたわけで、さいわいにも途切れることなく、
いまに至るまで私という道のりはつづき、
その一本の道というか、線としての私は、
ある日この世に生まれ、しばらくは産着に包まれて動かず、
それから近所のあたりをウロチョロし、そして幼稚園、
小学校、中学校へとまいにち行ったり来たり、そのあいだに、
たくさんの楽しい寄り道があり、道草も食べ放題、
ともだちと遊んだりケンカをしたり、やがて変声期を迎え、
どきどきしながら女の子と待ち合わせたバス停があって、
喫茶店で5時間も話したり、遊園地でジェットコースターの
真っ逆さまや観覧車のおおきな円を描くことを楽しみ、
夜中にふらふらと家を出、ひとりで公園のブランコを揺らしたり、
1年間予備校への不安な往復をつづけ、やっと東京に出て、
また新しい女の子に出会い、若さゆえの馬鹿げた疾走のために、
何度か途切れそうな危険な目にも出会い、やがて会社に通い、
世の中にはじつにさまざまな道が、絡みあうようにあると知り、
なかには理不尽な一方通行も、謎の迷路も、あるいは
肝心なところで邪魔をする工事中も、恐ろしい落とし穴も、
あちこちにあることを知り、あきらめの迂回をおぼえて、
ずるがしこい抜け道もおぼえて、いつしかおとなになっていた
私の道のりは、なるほど険しい坂道や悪路の連続が人生で、
ときには都会の道の網から逃げて知らない街の道に迷いたい、
海外に飛んでもいいし、道なきモンゴルの草原にも憧れつつ、
結局は、仕事としがらみと電信柱の立ち並ぶ、
この日常の地図へと戻って来なければならないわけで、
そこには、まいにち文句ばっかりいってるもうひとつの道と、
それから、もうひとつのまだまだ短い道もあるわけだし、
大変な、ほんとうに疲れる、この道ではあるけれど、
とはいえ、まんざら捨てたもんでもないこともときにあり、
それは都合のいい誤解や幻想であるのかもしれないけれど、
また、どんなにややこしく絡まりあった道でも、
なんとか抜け出せるルートがあることも、それはそれなりに、
おとなになった私の経験則からもわかってきたことで、
どんなにろくでもない、情けないような私の道でも、
いつか、あの、ほんとうに行き詰まった、あのときのように、
みずからこの道を閉じてしまいたい、という結末だけは、
もう、決してないだろうと思う、その根拠としては、
どんな行き止まりや断崖絶壁に出会ったとしても、その道は、
ただ引き返せばいいのだから、ほかにも道はきっとあるのだから、
どんなに悔しくても不名誉でも、それは卑怯じゃない、
私たちの道は道としてつづくことに意味があり、それはつまり、
道とはすなわち時間だから、という意味を、私はある、
若くして病に倒れた、歌姫のメッセージから受け取っていて、
それを忘れない、なぜなら、
ほんとうの行き止まりは、宿命の時間のなかにしかないはずで、
なんどでも引き返せる、私たちの道はつづくべきで、
そうでなければ、つづけたくてもつづれられなかった、
この星の、何億の、数え切れない彼女たち、こどもたち、
その、短い短い、愛おしい、無念な、道たちにもうしわけない、
という涙が、一粒でも、私のなかにある限り、
私の道に、ピリオドはなく、
また、つづく…

出演者情報:春海四方 03-5423-5904 シスカンパニー

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一倉宏 2009年3月6日



3月は握手をして

                          
ストーリー 一倉宏
出演 山下容莉枝 

いちばん短い月 2月は 3月にいいました
さようなら 握手をしましょう
ようやく芽吹いたつぼみたちを どうぞよろしく 
雪解けのせせらぎをつくる陽射しを どうぞことしも
明るい春を待ちわびた受験生たちを
どうぞ あなたの暖かい笑顔で 迎えてあげてください
いちばん短い月 2月はそういって 
3月と やわらかな握手をしたのです

3月は 別れの月 
握手をしましょう さようならの握手を
街路樹の枝を揺らして 電線をすすり泣かせて
まだ冷たさの残る風は 吹き過ぎてゆきます
さようなら 石油ストーブと やかんの湯気
くもった窓ガラスに 指で書いた絵
さようなら 衿を立てたコート ポケットに入れた手

さようなら もう さようならの季節だから
それなのに こたつの中にいるネコは出てこない
そろそろ さようならをしないとね こたつにも
おばあちゃんは 肉球をやさしく包んで いいきかせます
なのに こたつの中のネコは さっと手をひっこめる
さようなら なごりおしいけれど
さようなら もう 春だから

さようなら 6年生の教室 ランドセル
机にも椅子にも 図書室にもプールにも さようなら
逆上がりのつらかった鉄棒 楽しみだった給食のハンバーグ
さようなら 大好きだった先生とも お別れの握手 
涙で濡れたちいさなその手を ズボンで拭いて

さようなら 住み慣れた街
引越のトラックが到着すると 部屋は 手際よく空っぽになり
何年も住んだアパートに 置き忘れたものはなにもありません
だけど 壁紙のしみ 床の傷跡 過ぎた日々
さようなら ここに何度も遊びにきて そして去った彼女 
引越する若者は その部屋のドアノブと 最後の握手をします

さようなら 過ぎてゆく日々
立ち止ることのできない 時の歩み
3月と握手した 2月の手は とても冷たかった
2月にくらべれば 3月の手は たしかに暖かいのだけれど
やがて はなやいだ4月がやってくる
さようなら あとをよろしくと また握手をして
そのとき 3月は かすかに 
自分の手の冷たさを 知るのかもしれません

さようなら 春をよろしく

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

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一倉宏 2009年2月6日



あなたがリボンをほどくとき
                       

ストーリー 一倉宏
出演   光野貴子

                
学生時代にしたバイトのひとつに 雑貨屋さんの店員がある
地元の商店街に昔からあり 渋い屋号をもつけどおしゃれな店だ
ちょっとした家具から 食器や小物類まで
ちょっとモダンで ちょっとエスニックで そしてお手頃
2代目のご主人のセンスが なかなかよくて
店内は 若い女性たちが思わずちいさな歓声をあげるような
だけど どこか落ち着いた色とデザインに満ちていた

私がここで働いて とてもよかったと思うこと
ひとつは お客がハッピーな場所は働き手もハッピーだ という
たぶんどこでも通用する真実のかけらを 手に入れたこと
もうひとつは プレゼント用の商品のつつみかた
いわゆるラッピングが 上手にできるようになったことだ

最初から箱に入っているような商品は別として
こういうお店の たとえばお皿とかカップとかは
大きさもかたちもばらばらで きれいに安全につつむには
かなりのテクニックもセンスもいる
若いお客さんたちは プレゼント選びも自分の楽しみにするから 
結婚のお祝いなんかにしても セットもので済ますのでなく 
「これとこれとこれを一緒にしてプレゼント用に」 なんていう
高度なパズルを投げかけてくることも 少なくなかった

そして このお店の包装紙が これまた私は大好きだった
雲のかたちというのか どこかのデパートのにも似てるけど
その色がまさに雲のようなグレーで 地味といえば地味
だけど これでつつみ仕上げて 鮮やかなリボンをかけると
とてもシックでチャーミングなプレゼントの出来上がり

そんな 楽しかったアルバイトの日々
ほんとうは その頃の私は
一方通行の 苦しい恋のなかにいた

あるとき へんな夢をみた
…体育座りのようなポーズでうずくまる私は
例の包装紙につつまれて 身動きもせずにいた
包装紙の裏側から 部屋のあかりがひとつ 透かして見える
たぶん私は 巨大なおにぎりのようなかたちをした
ラッピング物体となって じっと座っている …そんな夢だった

恥ずかしい夢だった
朝めざめて しばらくぼーっとして それから
その夢の意味を考え 自己分析して ある答にたどりついて… 
ほっぺたが火傷しそうなほど 熱くなった
私は その数日 その苦しい片思いの相手への
誕生日プレゼントについて ずっと悩んでいたのだ
何にも気づいていない そして 気づいてもきっと
どうにもならない相手への 壊れそうな思いを
あの 包装紙につつんで

それから私は 店で買ったワイングラスを2つ
ていねいにていねいに つつんで 彼に渡した
決して 私が使うことにはならない 透明なあきらめを
あの 包装紙につつんで

*出演者情報 光野貴子 03-5571-0038 大沢事務所


shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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一倉宏 2009年1月2日



ウッシーと歩きながら

             
ストーリー 一倉宏
出演  西尾まり

日本全国の「牛島くん」や「牛尾くん」は きっとかなりの確率で 
「ウッシー」というニックネームを持っているに違いない
けれど 私の幼なじみの「ウッシー」は 
本名を「牛山田 明」という
とってもふつうな「やまだ あきら」 ・・・の前に
「うし」がついて 「うしやまだ あきら」だ

家も近所の牛山田くんは 保育園から中学までいっしょで
母親同士も親しくしていた
いまでもときどき 「きょうウッシーに会ったわよ」と
なにかとキツイうちの母が 嬉しそうにいったりしてる
ウッシーには そんな魅力があって おとなにも好感度が高い
いつも笑顔で 礼儀正しく挨拶する

成績は中くらいで 絵と歌がうまくて
ちょっと太っていて 走るのは遅かった
ひとづきあいがよくて 友だちの多い ウッシー

そんなウッシーも 髪をツンツンにして ピアスをいっぱい付け
革のパンツなんかはいてた時代もあったけど
まもなく落ち着いて 家業の自転車屋さんを継いだ
ちょっと太めのパンクをやってたあの頃も 道で会えば  
にこにこと うちの母に挨拶していた ウッシーなのだ

このあいだ ひさしぶりに地元の同級生が集まった
JRの駅前の居酒屋で飲んで その後 カラオケに雪崩れこんだ
ひさしぶりにウッシーの歌も聴いた
「おまえ 声がよすぎなんだよ パンク歌うには」
「だいたい自転車屋が パンクなんて縁起わりーぞ」なんて
仲間にからかわれても やっぱりにこにこのウッシー
1時を過ぎても まだまだ続きそうだったので
「そろそろ帰るね」と私がいうと 「オレも」と牛山田くんがいい
いっしょに店を出た

駅前の駐輪場に 彼の自転車が置いてあった
「ねえ 乗せてってよ」というと すこし詰まってから
「自転車屋のセガレが 酔っぱらってニケツでコケたりしたら
 しゃれにもなんねえじゃん」と 断固として拒絶した
それで 自転車を押す牛山田くんと 並んで歩きはじめた

ほんとにひさしぶりに ふたりで歩いた 
そして ほんとにひさしぶりに ふたりで話した
といっても ほとんどは 私が話した
仕事はまあまあ続いてるけど なんだか先が見えないこと
そろそろ家を出たいんだけど 部屋代がやっぱり高いこと
いまの彼氏とは一年半つきあって 2回も浮気されたこと
私って これでいいのかと いつもいつも焦ってしまうこと
牛山田くんのゆるーい相槌を聞きながら 
そんな話をしているうちに 家の前に着いた

「大変だよな みんなそれぞれ
 でも ゆっくり考えて ゆっくり答を出せばいいと思うよ
 オレは・・・ そういうタイプ」と 
牛山田くんはいってくれて すごくいい声でいってくれて
その声に似合わない いつもどおりの笑顔もあって
なんだかすごく ホッとしたんだ

そっと玄関を開けると 母がまだ起きていて
「いったい何時だと思ってるの」と いきなり角を生やしたけど
「ウッシーに送ってもらった」といったとたんに 
「あら そうなの」と あっさり引っこめた

今夜は ウッシーに モー感謝!

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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一倉宏 2008年12月31日 大晦日スペシャル



 
木星からのメールが届く頃には

                
ストーリー 一倉宏
出演 一倉宏

 
僕たちの船が旅立ってから ずいぶん長い時がたちました
それ以上に いまの君と僕との距離は 気が遠くなるほどです

まだ火星のあたりにいた頃は まいにちメールしましたね
僕たちは 人類史上いちばんの長距離恋愛だ と笑って

ときどき 
地球のなんでもないことを 懐かしく思い出します
たとえば 風です
木立やカーテンを揺らしたり 
頬や髪 からだで感じる あの風
雨の降り出す前ぶれの かすかに湿った風の匂い
はじめて半袖のシャツにした朝の 風の肌ざわり
寒がりの僕があんなに悪態をついてた
刃のような木枯らしでさえ いまは懐かしい
春のある日 公園で あなたの前髪を揺らした
そよ風ならば よけいに

僕たちの乗った宇宙船では 風を感じることはなく
ただ 二酸化炭素を吸収して 酸素を補給する空気が
ダクトから しずかに流れるだけです 
 
個人専用のハードディスクに 図書館ひとつぶんも
貯め込んできた本も それから映画も 音楽も
なんだかもう 飽きてきてしまいました
それにくらべて カプセルの窓から見える宇宙は
まいにちでも見飽きない美しさです
あなたに見せたかった
ひとつひとつの星が どんなにちいさく見えても
ちゃんとそこにある それぞれに光ってる
なんていうのか 宇宙を実際に見ていると 信じられる 
宇宙という存在が はっきりとある そのすべてが

ああ なんて伝えたらいいのか わかりません
だからやっぱり 美しい としかいえない
あなたの好きだった星 シリウスは手の届きそうなほど
僕の好きな星 アルデバランも ほら そこにある

木星に近づく頃にもらった あのメールは
たしかに僕を驚かせ どうしようもなく悲しませたけれど
いまは すべてを理解できると思っています
宇宙のみごとなパノラマ以外は なんにもないここで
まいにちまいにち同じように流れる この時間でさえ
それは 気の遠くなるような長さだったのだから

一日一日の 太陽が沈み 月が浮かび
風が違い 光が違い 雲が動き 色が変わり
日付けが変わり 季節が変わり 街のショウウインドウが変わり
春が去り 夏にめぐり会い 秋を感じて 冬を迎え
さまざまなひとに会い 数えきれないエピソードがあり
まいにちまいにちが 目のまわるほどに動く
その 地球の日々で あなたが
どんなにどんなに 長い時間を過ごしたのか ということを
  
だからいまは 理解できました
ごめんなさいを 言わなければならないのは 僕のほうだった
あまりに遠く あまりに長すぎる この旅に出た
 
そろそろ木星も遠ざかる航路に就きました
僕の撮った 木星の写真を送ります
射手座生まれのあなたには 幸運の星だから

どうぞお元気で みなさんによろしく
それから 

結婚おめでとう 

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一倉宏 2008年12月5日



いつものとおりに その通りを

                
ストーリー 一倉宏
出演  平田広明

改札を出ると いくつかの道がある
私は いちばんにぎやかでない通りを歩いて帰る
にぎやかでないとはいっても ちいさな店が並ぶ

角は不動産屋 
そして キュウリ1本でも買いやすい八百屋
煮魚のコツなんかを 親切に教えてくれる魚屋のおじさん
その隣のちいさな花屋も 比較的遅くまで店を開けていて
立ち飲みに近いカウンターに店頭売りもある焼鳥屋
ここの手羽先とスナギモとナンコツをたまに買う

昔からそこにあったらしい 床屋と和菓子屋は
私が帰るころには いつも明かりが消えているけれど
地元のお年寄りとともに 若者も多いこの街では
古着屋や中古のCDショップも ぽつぽつと出来てきた
手描きの看板に 古いアメリカのポスター
どこかから拾ってきたようなオブジェに なんでも安い商品
駅前の街頭放送と かけ声はもうない

いつものとおりに 歩いてゆく
その通りは だんだん人通りも少なくなって
私のアパートのある 住宅街へとつづく
ありふれた屋号の蕎麦屋が のれんをしまう
自転車屋もとっくに明かりを消した

まだ一軒 「がんばり屋」という名前の
日用雑貨の店が 遅くまで営業している
私はここで あるとき白いちいさなケトルを買ったが
「がんばり屋」のご主人は 聞きもしないのに
そのケトルが値段の割にいい品物である話と
少年サッカーでコーチをずっとやっている話と
つぎのワールドカップとつぎの総選挙の話までして
900円のところを880円にまけてくれた
「がんばり屋」はわるい店ではないけれど
ちょっとめんどくさい

そしてもう一軒 「はずかしがり屋」が開いている
「はずかしがり屋」は しいて説明するなら
古本屋 兼 アンティーク小物屋だろうか
眼鏡をかけた か細い まだ若い 女性がいつも
本を読みながら じっと座っている
私はここで 何冊かの本と ブリキのペンケースを買った
「はずかしがり屋」さんは かすれた声でお礼をいう
話せばきっと 話が合いそうな気もするけれど
私たちはまだ ほとんど話したことがない

そして最後に 「さびしがり屋」という店で
私は いつものように ビールを飲む
「さびしがり屋」は 案外 にぎやかな店だ
いいえ そうではなくやっぱり 名前のとおりに 
常連客の集まるにぎやかな店 というべきかもしれない
私はここで どうでもいいような話をして 
ほっと息をつき なにかを軽くする

そして いつものとおりに
そして アパートへの道を また歩き出すのです

出演者情報:平田広明 http://www.hiratahiroaki.com/

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