中山佐知子 2021年3月28日「歩幅」

歩幅

   ストーリー 中山佐知子
      出演 遠藤守哉

歩幅が狭くなった。

理由はわかるような気がする。
家にいる時間が長過ぎるのだ。
家の中を大きな歩幅で歩いていると、敷居を踏む、
ドアノブに上着をひっかける、
トイレへ行こうとしてトイレのドアを行き過ぎる。
挙げ句の果てに足音がうるさいとも言われる。
そんなことを繰り返すうちに
歩幅が自宅サイズになってしまったのだろう。

そういえば、ここしばらく一生懸命に歩くということがない。
仕事はほとんど自宅のパソコンでことが済むし、
歩くといえばせいぜい買い物か散歩だ。
道端に咲いているタンポポ や
もうすぐ咲きそうな母子草を眺めながら
だらだらと歩くのがいけないのだろうか。
人が二本の足で歩くようになって
もう700万年にもなるというのに、
たった一年で歩く機能が退化するとは情けない。
なんとかしなければ。
それにはまず「歩く」ことへの意識を高めることが大事だ。

まず、家の廊下を歩いてみた。
重心は完全に後ろ足で、体重の乗らない足が前に出ている。
足音を立てないために着地は足の裏全体で行い、
その足が完全に着地してから後ろ足が床を離れ、
体重が前に移動する。
静かだし、安定感は抜群だが、
歩幅は狭くなるし、あまり早くは歩けない。
歩幅を広げようとちょっとだけ腰を落としてみると
子供の頃にやった「抜き足さし足」にそっくりだった。
家の中はもしかしたら、
歩くのに適していないのかもしれない。

次に外に出て歩いた。
会社へ行くときのように、前を見て真剣に歩いた。
後ろ足が地面を蹴り、前に出した足は体重を乗せて着地する。
体重を受け止めるのはカカトという小さな面積だ。
その衝撃がなかなか手強い。
床ならさぞ大きな音を立てるだろう。
足の裏は着地と同時に次の動きに入るので安定が悪い。
重心が足の裏に戻ってこない。
意識したことがなかったが、二足歩行はわりと危険だ。
そう考えると、
人が歩いているのは偉大なことのような気がした。

雪国では滑らないように膝を曲げ、
山道は小さい歩幅で。
田んぼでは足の裏全体を使って、人は歩く。
たくさん歩きかたを持っている人は
どんな場所でも自由自在に対処できる。

歩くことは生きること。
ふとそんな気がした。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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安藤隆 2021年3月21日「引きこもり線の思い出」

引きこもり線の思い出
   
   ストーリー 安藤隆
     出演 大川泰樹

 ヒグマさんは、私たち同様、道の真んなか
をなかなか歩けません。自動車がこないよう
な細い路でも、真んなかを歩くには勇気がい
るタイプの中年です。
 そのヒグマさんが、道の真んなかをにやに
やして歩いています。そこは草ぼうぼうの引
き込み線跡で、線路が邪魔なので、端っこよ
り真んなかのほうが歩きやすいのです。
 ヒグマさんが考えるに、引き込み線のいい
ところは道幅が狭く、ハウスのあいだをくね
って通っているところでした。適度にカーブ
して、先が見え隠れする道ほどそそられる道
はありません。
 その線路の撤去が、ついに明日はじまると
いうのです。ヒグマさんは落ち着かない気持
ちになって、缶ビール片手に引き込み線跡を
うろつくのでした。
 線路が二手に分かれる分岐点があります。
ほかより開けた場所でセイタカアワダチソウ
が茂っています。ヒグマさんは缶ビールをあ
けました。以前の夏、その場所に椅子を出し
て、昼から酒盛りをしたことがあったからで
す。沿線のハウスはぼろ家でしたが、広い庭
を作業用に使う彫刻家など、奇妙で優しい人
たちが借りて住んでいました。
 若い彫刻家の安田くんが「四国で煙突をつ
くるさいはよろしくね」と言って、年上の彫
刻家の富田さんに、与論島の強い焼酎をすす
めました。「口のなかに火がつきますよ」「え、
ラム酒より強いの?」富田さんは直射日光を
受けた赤い顔を嬉しそうにテカらせました。
クレーン車の運転免許を持っている富田さん
は、「煙突のような大物彫刻」を作る助手と
して、四国までいくことになっているのでし
た。彫刻が完成したら連絡するから必ずみに
きてねといいおいて、けっきょく四国へ移り
住んだ安田くんから、以後連絡は途絶えてい
ます。
 しかし富田さんよりも先に焼酎を飲みほし
たのは、劇団主宰者の小野さんでした。「あ
んがい甘いでしょ?」と安田くんに聞かれて、
照れたようにうなずきました。よくいる中年
のようにいつも野球帽をかぶり、影のように
おとなしい小野さんと、彼のミュージカル団
が結びつきません。その小野さんは、あの酒
盛りの日からまもなくして家出した、と聞い
たきりです。劇団員の女子学生と恋愛した、
とも聞きます。女子学生とのつきあいにおい
ても、あの広島カープの野球帽は脱がないの
かなあと、ヒグマさんは家出よりそっちを気
にしました。
 その日いたもうひとり、写真家の金森さん
は多摩川の草花の写真を撮っています。「イ
ヌノフグリはひどいよー」と笑いました。
 考えたら安田くんも、富田さんも、小野さ
んも、金森さんのこともすきでした。考えた
らあんな良い日はもうこないだろうなと思い
ました。
 缶ビールを飲んでるあいだに、セイタカア
ワダチソウが、同じ背丈に伸びています。急
に小便をもよおし、茂みに隠れました。
 ヒグマさんは、私たち同様、うずくまるば
かりの日常ですが、そのせいか「遠く」とい
う言葉がすきです。廃線の線路が、荒れた森
のなかのトンネルに消えてゆく風景を、テレ
ビでみると、「遠くの遠く」を想像してぼん
やりしてしまいます。



出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

 

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川野康之 2021年3月14日「道」

       ストーリー 川野康之
          出演 地曳豪

最初に「旅」をしたのはいつだったろうか。
その朝、僕が寝坊をして起きてくると、
兄はもうキッチンで朝食を食べていた。
手に持った小さな白い紙を真剣な顔をして読んでいた。
兄が急に大人っぽくなったように見えた。
「今日から旅を始めるよ」
と、僕を見ると言った。
「わかってる」
自分が緊張してくるのがわかった。
兄は時計を見て、
「時間だ」
と言って立ち上がった。
兄が出発した後、僕はキッチンに一人で座った。
時は少しずつ、過ぎていく。
鞄が置き忘れてあった。
その横には兄が読んでいた白い紙も。

問題
兄は毎分50メートルの速さで歩いて学校に向かいました。
兄が忘れ物をしたのに気づき、弟が5分後に走って追いかけました。
何分後に追いつけるでしょうか。
弟が走る速さは時速6kmとします。

家を出て5分後に、僕は兄に追いついた。
「忘れ物だよ」
手渡した鞄を受け取ると、兄はほっとしたように笑った。
二人ともなんだか照れくさくてあたりをキョロキョロ見回したりした。

それから僕たちは、いくつもの「旅」をした。
学校と家との間を何度も往復した。
だんだん慣れてくると、行動半径が広がった。
ある時は学校の帰りに図書館に寄って本を借りたり、
ある時は公園の池のまわりを歩いたりした。
兄も僕も、いつも正確なペースで歩くことができた。
僕たちは決められた時間に正確に出会い、追いつき、そして追い越された。
こういうことを旅と呼んでもいいのだろうか、と僕は兄に尋ねたことがある。
「いいんだよ。昔からこれは旅人算と呼ばれているんだ」
「なんで旅人なの?」
「わからない。でもそういう風に呼ばれているんだ」

一度、僕は「旅」の途中で子犬を見つけて、道草をして遊んだことがあった。
風が吹いてきて、子犬の柔らかい毛をふわふわと運んで行く。
気がつくと時間を忘れていた。
土手沿いの道をあわてて走った。
兄は、僕と出会うはずだった公園の入り口で、一人で待っていた。
足もとに白い紙が落ちていた。

それから兄はときどき僕を誘わずに、一人で「旅」に出かけるようになった。
他の人と「旅」をしていたようだ。
兄が忘れて行った紙を僕はちらっと見たことがある。

みちるさんは10km離れた隣町に住んでいます。
みちるさんは兄に会うために時速3kmで歩き始めました。
兄はみちるさんの町に向かって自転車で出発しました。

その頃から僕も一人で旅をしたいと思うようになった。
括弧付きの「旅」ではなく、ほんとうの旅を。

ボートハウスの前で兄は待っていた。
手にした白い紙を見つめて何か考え事をしているようだった。
池の水に朝の光が反射して、兄の顔の上で揺れた。
彼は顔を上げ、まぶしそうな目で僕を見た。
僕たちは背中合わせに立った。
道にライラックの花が咲いていた。
兄は僕に紙を手渡した。
「さあ、歩こう」
池を一周する道を僕たちは正反対の向きに歩き始めた。

問題
ある池のまわりを、兄は時計方向に、弟は反時計方向に同時に歩き始めた。
1分間に兄は50メートル、弟は30メートル歩くとすると、
二人が出会うのは何分後か。
ただし池のまわりの長さは・・・

そこまで読んで、僕は紙をくしゃくしゃに丸めてポケットにつっこんだ。
池の周囲は1.2kmだ。
何度も歩いたから知っている。
僕たちは15分後に出会うだろう。
しかし、僕はわかっていた。
もう兄と僕が出会うことはないだろう。
その前に僕はこの道を外れ、遠くに向かって歩き出すのだ。
池の向こうを彼が歩いているのが小さく見えた。
その姿がどんどん遠ざかって行って、
ライラックの茂みに隠れて見えなくなった。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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直川隆久 2021年3月7日「旅人たち」

旅人たち

   ストーリー 直川隆久
     出演 遠藤守哉

参った。
給油スタンドを出て300㎞のところでエンジンが止まってしまった。
昼までには次の町に着きたかったが。
イグニションキーを何度回しても、
ぎよぎよぎよといううめき声があがるばかりだ。

クルマを降りる。
先を見やれば、道は、地平線へとひたすらまっすぐに伸びている。
今来た方向を見ても、道は、地平線へとまっすぐに伸びている。
両側には、赤茶色の土の平原。
ところどころ黄色い枯草が風に揺れている以外には、生き物の気配はない。
太陽は分厚い灰色の雲のむこう側に隠れたまま。
前を見ても、後ろを見ても、まったく同じ光景。
傍らに停まったクルマがもしなかったら、
自分がどっちから来たのかさえわからなくなりそうだ。

地平線に目をこらす。
動くものはない。
あきらめて、クルマの中に戻る。
シートに身を沈め、前方、空と地表の接線にひたすら視線をあわせる。
どんなクルマが来ても、いち早く飛び出て、救援を求めなければいけない。
見る。
見る。

30分もそうしていたろうか。
遥か彼方、路上に、何か黒い点が現れた。
傍を走り去ってからでは遅い。おれは、クルマを飛び出る。

だが…
その黒い点は、なかなか大きさを増さない。
クルマじゃないのか?
動物だろうか。
ひょっとして、熊とかだったりしたら、危ない。
20分ほどじっと見ていると、形がある程度判別できるようになった。

あれは…リヤカーだ。
屋台のリヤカーだ。

屋台が、地平線の彼方から、こちらに向かってきている。
ラーメン屋?
この平原に?
ゆっくりゆっくりと、近づいてくる。
ぎっちらこ、ぎっちらこ、という車軸のきしみが、
かすかに風に乗って聞こえてくる。
その音は、一定のリズムを刻み、速くも遅くもならない。
目を凝らすと、腰をほぼ二つ折りにしながら、
屋台を引っ張っている人間が見えた。
ぎっちらこ、ぎっちらこ。
ハンドルに寄り掛かるようにしながら進んでくる。
着ているのは割烹着らしい。
婆さんのようだ。

さらに待つこと、1時間。
ぎっちらこ、ぎっちらこ、と屋台が傍らまでやってきた。
だが、近づいても、屋台は止まる様子はない。
行き過ぎかけるリアカーに慌てて声をかける。
「あの。あのう」
ぎちら、と音をたてて屋台が止まった。
「へえ」婆さんは、腰を二つ折にしたまま応える。

「おばあさん、これはなんの屋台ですか」
「くみ上げ湯葉どす」
「湯葉」
「へえ、お嫌いどすか」
「…いや…。嫌い、じゃないけれどもね。嫌いじゃないけれども」
この荒野の真ん中で、エンストのクルマを抱えて
露頭に迷っているときに出会ってうれしいものではない。

見ると、屋台には、四角いステンレスの鍋が据え付けられてあり、
そこには白い液体がなみなみと湛えられ、白い湯気を上げている。
豆乳だろう。
「お召し上がりになられおすか」
と婆さんが訊く。
腹はたしかにすいているが、しかし、いま食べたいものは湯葉ではない。
口ごもっていると、婆さんがやおら腰を伸ばす。
白粉を塗りたくった顔が俺の胸元の高さまで持ちあがった。
婆さんは俺の返答を待つつもりもない様子で、長い竹箸を手にとると、
釜の中の豆乳の表面をなぜる。
と、その端に、白く薄い膜がまとまわりついた。
婆さんは、それを小皿に乗せ、あさつきネギを散らし、
ポン酢らしきものを振りかけて、こちらによこした。
食べる。
湯気のたった湯葉はたしかに、できたてで、うまい。
大豆の風味が生きている。ポン酢も、昆布だしがきいて上品だ。
…しかし、やはり、これは今俺に必要なものではない。

「お婆さん、いま、エンストで困ってるんです。
こちらを通りがかりそうなクルマは、ありませんでしたかね」
「へえ、うち、ようわからしまへん」
「わからないかね」
「860円頂戴します」
婆さんが、また、深々と体を二つに折って頭を下げる。
これ以上訊いても無駄なようだ。
860円。一皿の湯葉にしては、高い。
だが、地平線の彼方から屋台を引いてやってきた、
その労賃を鑑みれば安いような気もする。
「よく売れるものですか。路上でも」
と、金を渡しながら愛想がわりに尋ねると、婆さんは受け取りながら
「売れるわけおへんがな。湯葉どっせ」と吐き捨てるように言った。
婆さんは、リヤカーのハンドルに手をかけると、
またぎっちらこ、ぎっちらこ、と屋台を引き始めた。

ゆっくり、ゆっくりと、その後ろ姿は来たときと同じ時間をかけて小さくなり、
やがて、地平線の上の黒い点となり、ついには、見えなくなった。

その姿を見送った俺の頭に、ユーバー・イーツ、という言葉が浮かぶ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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中山佐知子 2019年6月23日「道の長手」

道の長手

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ天の火もがも

この歌を万葉集に残したのは
狭野茅上娘子という人で、(さののちがみのおとめ)
8世紀奈良時代真ん中へんの宮中に仕える女官だった。
宮中に仕えるといっても下っ端の方で
掃除なんぞをする天皇家の女中さんのようなものだ。
ついでに言うと
狭野茅上娘子と言う名前も単なる呼び名で本名ではない。
この頃の女の人はむやみと名前を明かさない。
名前を教えることはすなわち
「私をまるごとあげるわ」という意味だったので
名前を知っているのは両親と配偶者くらいだった。
ちなみに紫式部も清少納言も
いまだに本名がわかっていない。

さて、この狭野茅上娘子、
面倒なので茅上ちゃんと呼ばせてもらうが
茅上ちゃんが恋をした。
相手は中臣宅守という下級官僚だった。
お似合いといえばお似合いだが、問題がひとつあった。
恋が成就した途端にヤカモリくんが流罪になってしまったのだ。

どういう罪に問われたのかがわからない。
ヤカモリくんのケンカが原因だという説もあるし
ヤカモリくんにはすでに妻がいたのがまずかったという話もある。
それから、そもそも宮中に仕える女性は
天皇以外の男と自由恋愛をするなよという問題もあった。

もっとも、当時のミカドは聖武天皇、皇后は光明皇后で、
皇后の両親は藤原不比等に橘美千代だ。
こんな恐ろしい嫁と嫁の実家があるのに
ミカドが女中に手を出すとは考えにくいが
だからと言ってヤカモリくんが出していいものではなかったようだ。
ヤカモリくんはあえなく流罪。
いまの福井県あたりで謹慎することになった。

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ 天の火もがも

あらためて歌の説明をすると、こんな意味になる。
ヤカモリくんが旅する長い道を手繰り寄せてたたんで丸めて
燃やす火が欲しいんだけど。

茅上ちゃんはせっせとヤカモリくんを思う歌を詠み、
ヤカモリくんもそれに応えた。
ふたりの歌は63首も万葉集に収録されているが、
茅上ちゃんの気の強そうな歌を見ていると
ある意思が伝わってくるような気がする。

ヤカモリくんは私のものだからね。
誰も手を出すんじゃないわよっ!

茅上ちゃんは堂々と世間に向かってそう宣言しているのである。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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いわたじゅんぺい 2019年6月9日「かんな 2019夏」

かんな 2019夏

     ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

娘のかんなは3歳だ。
7月に4歳になる。

かんなは昨日より前の日は全部
「2歳の時」と表現する。
明日のことは「今日寝たら」。
自分に理解できる、というか、
実感できる言葉に置き換える。

「かんなちゃん2さいのとき、
おれがみかいたくて
せいゆうでないちゃったんだよね」

仮にそれがおとといのことであっても、
かんなには2歳の時のことになる。
3歳を全力でいきている彼女にとって、
昨日より前のことなど
遠い過去になるのだろう。
ちなみに、おれがみとは折り紙のことである。

「明日遠足だね」
と僕が言うと
「きょうねたら?」
とかんなは聞く。
「そう、今日寝たら、遠足」
今日寝ないと明日は永遠にやってこないのである。
大人が決めた時間の概念に惑わされない。

長男が3歳の頃とはだいぶおもむきが違う。
長男はとにかく何かを記憶しては披露していた。

「きいろはぎんじゃせん、あおはとうじゃいせん、
ちゃいろはふくとしんせん」
というように地下鉄の路線を教えてくれたり、
1から100まで読み上げたり、
道行くクルマの名前を教えてくれたり。

それにくらべると、
かんなはあきらかに数字に弱い。
「いち、にい、さん、しい、ごお、ろく、
しち、はち、きゅう、じゅう、じゅういち、
じゅうに、じゅうろく、じゅうよん、
じゅうろく、じゅうに!」
と、後半はほぼ12と16のループなのだが、
本人的には「言えた!」
という満足そうな表情なので、
あまりとやかく言わないようにしている。
それでも、ようやく
12まではちゃんと数えられるようになって、
親としてはほっとしている。

数字には弱いが、本は好きで、
よく自分が先生役になり、
壁に向かって読み聞かせをしている。

もちろん字は読めないので、
絵を見ながら話を創作して進めていく。
時々
「さやちゃん、おしゃべりしないよ。しっ!」
と見えないお友達を注意したりする。

「どんな話を読んでるの?」と僕が聞くと
「うさぎさんのごほんだよ。
おんなのこはかわいいおはなしがすきだからだよ」
「そっか。じゃあ男の子はどんな話が好きなの?」
「おとこのこは・・ひとをころすおはなしとか?」

人を殺すお話!
予想外の角度から来た強目のパンチラインに
笑ってしまったが、
たしかに、ヒーローものも鬼退治も
人を殺すお話だ。
女の子から見えている男の子って、
そんな感じなんだろうか。

そんな長男もいまはもう8歳で、
野球を始めたせいで足が臭くて大変なのだが、
背が低いこともあり、
同級生の女の子と並ぶとお姉ちゃんと弟にしか見えない。
そんな長男に、先日突然、
「ねえ、パパ、ひにんするってなに?」と
聞かれ、たじろいだ。
まだ幼いと油断してたけど
もうそんな教育がはじまる年頃なの?
と、メンタルの弱い父はあわあわしたが、
そっちの避妊じゃなくて、
容疑を否認するの「ひにん」だったのでことなきを得た。

かんなは今年の春から
自転車で5分くらいの保育園に通っている。
夕方のお迎えは基本妻がやってくれるのだが、
この前初めて僕が迎えに行った。
するとかんなは
「なんでぱぱがくるの!ままがいい!ぱぱこないで!」
と言って大泣きになった。
「ぱぱがくるからままがこなくなるんじゃん!」
ともう取りつく島もないくらいに嗚咽して泣きじゃくり、
保育園の外に連れ出すこともできない。
それをなんとか
「ビスコがあるから自転車に乗って食べよう」
とビスコを食べさせながら自転車に乗せて
ようやく泣き止んだ。

まだ明るい4月の午後6時。
「せっかくだからサイクリングして帰ろっか」
と、ちょっと遠回りして、
運河沿いの緑道を自転車で走って帰った。
途中、ずいぶん静かになったな、
と思って後ろを見るとかんなはすっかり寝ていた。
ぐずるときは眠いときだというのを思い出した。

翌日、会社の後輩に
「リュックに鳥のフンついてますよ」
と言われてリュックを見たら
確かに白い汚れがついていた。

なんだこれと思ったが、
昨日自転車の後ろで寝てしまった
かんなにつけられた
ビスコまみれのよだれの跡であると気づき、
「そんなに汚くないから引かないで」
と言ったが後輩はあまり納得していなかった。

かんなはもうすぐ4歳。
5度目の夏が来る。



出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属





かんな 2018秋 http://www.01-radio.com/tcs/archives/30559
かんな 2018春:http://www.01-radio.com/tcs/archives/30242
かんな 2017夏:http://www.01-radio.com/tcs/archives/29355
かんな:http://www.01-radio.com/tcs/archives/28077

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